日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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金正日と「ヒロヒト」

もうこれはパブロフの犬ですね。自分たちが理解できない異人種の敵が現れると、日本を思い出す。
関連記事:9.11と「パールハーバー」と無差別都市爆撃

ニューヨークタイムズが 金正日の自殺を警戒 という記事を掲載しています。

筆者は韓国の釜山にある東西大学という新設大学で教授をやっているB.R.マイヤーズという人アメリカ人です。アフリカーンス語、英語、ドイツ語、朝鮮語、北京語、ロシア語ができるそうです。


月曜日の核実験から数時間後、ブッシュ大統領は北朝鮮に厳しい警告を発した-しかしそれは他国や非国家実体に核技術を移転させることに対してだけだった。したがって大統領の宣言は、金正日は核を売ろうとは試みるかもしれないが、自分で使おうとは夢にも見ないだろうという確信でワシントンが一致していることを反映している。なぜ? ドナルド・グレッグ前国家安全保障問題担当顧問が月曜日に説明した:「あわてるな。金正日の目的は生き残りであって自殺ではない。」

同じ気休めの理屈はイランのアフマディネジャドに適用されるが、もちろん同じではない。金氏の心理の長期的な分析は、彼はイスラム原理主義者ではない、気違いじみた行動をとりそうもないからということの遠まわしの表現だ。

しかしこの種の文化プロファイリングによって我々は本当の危険に気づく。第二次大戦中の日本の天皇ヒロヒトは宗教的でも自殺志向でもなかったが、理性的な指導者なら勝利を見込めない戦争に国を導いた。この点は重要だ。なぜなら、ジャーナリストは北朝鮮をスターリン主義国家と呼ぶことに固執するが、その世界観はファシスト日本に遥かに近いからだ。

1930年代の日本人のように、北朝鮮は自らの人種の起源を数千年前のひとつの祖先に求め、この純粋な血統により自分たちは比類なく高潔なのだと主張している。この国のマスゲーム-10万人以上が演じる政府振り付けによる見世物-は外国の記者たちにしばしばスターリン主義の実演だと誤解される。実際にはそれは民族的均質性への祝賀なのだ。2005年、「世界で我々ほど純粋で高潔な人民はいない。」と「千里馬」雑誌は読者に思い起こさせた。

国家プロパガンダで金正日はしばしば、かつてのヒロヒトがそうであったように、白馬や雪を頂いた山頂など、人種的純粋性の象徴のイメージと結び付けられる。一方南朝鮮は他人種と緊密な接触を持ちすぎて汚染されたとみなされる。最近の南北の軍高官たちの会合で、北の代表団の指導者は南が人種間の婚姻を許容していると非難した。「漢江には一滴のインクも落とすことを許されてはならない。」

もちろん、北朝鮮の人種理論は日本のファシストのそれと同じで国際法には無頓着だ。比類ないほど高潔な人々は、敵であれ味方であれ、道徳的に劣った者たちに従う理由はない。中国は何十年も軍事的経済的に援助してきたが、北朝鮮からは善意のかけらも引き出せないことを今さとった。

それは韓国も同じで、いくら現金を与えようと、北朝鮮は韓国の民族的反逆をののしるだろう。友好と和解の姿勢へのこの徹底的な鈍感さは、北朝鮮とアメリカの関係正常化の見通しを明らかに示す。

北の政権は今のところ人種プロパガンダを国内の観客向けに限定している。なぜなら、北朝鮮は世界にスターリン主義国家だと誤解され続けることを望んでいるからだ。このように我々は、1980年代によく機能した共産主義者との信頼醸成のための対話のようなものに望みをつないでいるが、それは半世紀前に純粋人種の群れとの間で散々な失敗を喫した。

北朝鮮は多数の人を殺せるが、帝国日本ほどの脅威を世界に与えるのではないし、帝国を築くことに興味を示してもいない。それでもやはり、少なくとも彼らが武器を使わないと決めてかかることをやめなければならないほど、彼らの世界観は不合理だ。

金自身は自殺志向ではないが、その性質を国民に奨励するというヒロヒトと同じ性向がある:「死んで国をまもれ」はますます一般的なスローガンになっている。2003年、太いミサイルが飛んでいる図のカラフルなポスターが外国の報道機関にばら撒かれた。そこには自殺の心構えと受け取れるスローガンがあった。「よく見ていろよ、ヤンキー。」それは悪くないアドバイスだ。


B.R.マイヤーズという人は北朝鮮とナチスと戦前の日本を混同しています。日本は国として人種の純粋性を誇ったことも、それを守ろうとしたこともありません。戦前の台湾や朝鮮でも「内地人」と台湾人や朝鮮人との婚姻は奨励されていました。

あるいは皇統の万世一系と日本人種の純粋性ということの違いがわかっていないんですね。

この人の日本に対する無知は、金正日と昭和天皇を同じような独裁者だとみなしていることにも表れています。

彼は、敵ではあっても「共産主義者」(ソ連を指す)とは対話ができたと言います。話が通じないのは同じような「純粋人種の群れ」である北朝鮮と日本。

彼は、北朝鮮と日本の「レイシズム」を非難しているように見えますが、その下に透けて見えるのが彼自身のレイシズムです。

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  1. 2006/10/21(土) 08:12:44|
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中国の利益になるよう行動するニューヨークタイムズ

日本の歴史問題--ワシントンポスト のアイケンベリー論文に対する反論がインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙に掲載されました。在米大使館の北野充公使による和解は相互通行 です。こちらに解説と要約があります。そこから一部訳文を拝借しました。ここでは全文掲載。


日本の小泉純一郎首相が離任するが、彼の時代の記録は明らかだ。-経済成長への劇的な転換と、テロとの戦いにおける欧米との緊密な協調、彼の業績は国際社会から公正に称えられている。

不幸なことに、小泉の退任は“日本の歴史問題”を証明する新たな機会を批判者に提供した。第二次大戦から60年以上たって日本は中国韓国との関係を保てないという批判である。

この見解は最近プリンストン大学のG・ジョン・アイケンベリーによって表明された。彼はワシントンポストで「日本は軍国主義の過去について中国と韓国に依然として残る疑念と不満を解消できていない」と主張した。

これは一方が満足できなければ他方は間違っているとする、誤解にもとづいた観点だ。つまり、中国と韓国が苦情を言う限り、日本が悪い。

解釈の行き違いは、たとえそれが60年以上前の過去を利用することであっても、日本を守勢に立たせることで一部の国の地勢学的利益になりうる。

次に挙げるのは、“日本の歴史問題”に関する誤解とその背後にある真実である。

小泉首相の靖国参拝は、日本が軍国主義の歴史をあきらめていないことを示す。

日本が第二次大戦中に被害を与えた側であることは疑問の余地がない。しかし、日本が過去について何度も何度も悔恨と謝罪を表明してきたのも事実だ。それ以来、戦争は民主主義と人権の大切さを強調する方向で作用してきた。

靖国神社については、参拝の目的は日本の軍国主義や神社に祀られたA級戦犯を美化することではなく、二度と戦争を起こさないという誓いを新たにするためだと首相は繰り返し表明している。

その上、日本人自身も神社参拝についての意見は広く分かれている。民主主義が日本で完全に機能していることの証左だ。

ドイツは第二次大戦にきちんとけりをつけたが、日本はつけていない。

ドイツを近隣諸国との信頼構築の手本とするのは、中国が興隆し、台湾と北朝鮮にかかわる問題がある東アジアに特有の課題を無視している。

ドイツの西欧との統合は、ソ連からの脅威という共通の認識と近隣諸国と価値観を同じくするという後押しを受けたのに対し、東アジアは地政学的にばらばらだ。

近隣諸国との問題を解決することは、誰が隣人であるかに大きく依存している。たとえば、共産党支配下の中国のメディア環境は、日本の真の姿を浮かび上がらせることを妨げ、相互理解への主要な障害になる日本への敵対感情を醸成している。

日米同盟は地域の対立を激化させるのでこれ以上拡大すべきではない。

数十年の間、日本とアメリカは普遍的価値と相互の利益にもとづいて、アジア太平洋の平和、安定、繁栄を達成するために協力してきた。共通の目標は中国が国際社会で責任ある建設的な役割を果たすよう促すこと、台湾問題の平和的解決を促すこと、北朝鮮に関する問題を解決することだ。

もちろん、日本は多くの分野で近隣諸国との建設的な関係を発展させるために努力すべきだ。しかし、地域安全保障構築に果たす日米同盟のすでに証明された価値を無視して、日本の隣人の気分を害さないために同盟の将来を再考するのはばかげている。

われわれは歴史と真摯に向き合わなければならない。しかし、歴史は現在や未来に影響力を及ぼすために利用されるべきではない。

日本は歴史と和解することを切望している。日本は、口頭でも文書でも、数多くの機会に戦争時の行為について謝罪してきた。そして日本の第二次大戦以後60年の歴史はその例証だ。歴史の和解では、一方が謝罪すれば他方はその謝罪を受け入れなければならない。一方的な行動ではないのだ。


しかし、ワシントンポストへの反論がなんでIHTなんですかね。WPはまた反論掲載を拒否したんでしょうか。IHTはニューヨーク・タイムズが出している新聞で、普段はWP以上に日本に対して辛辣なんですけど。

そのNYTですが、またいつもの調子で社説を書いています。短いです。安倍晋三のアジアの課題


日本の新首相安倍晋三が前任者小泉純一郎と同じほどの人気を得たいのなら、同じように、失敗した過去の政策を捨てる必要がある。それは明らかに、ひどく傷つけられた対中関係を再構築することから始まる。

日本の繁栄と安全保障にとって巨大な隣国との正常な関係ほど重要なことはない。醜いがだんだん遠くなる、日本の侵略と戦争犯罪の歴史が障害になっている。小泉政権の最大の過ちはこの歴史を意図して美化したことで、官僚の腐敗や政治的抑圧から国民の目をそらすために、ナショナリズムをしばしば利用する中国の指導者の利益になるように行動したことだ。

安倍はこの破壊的な力学から日本を解放する必要がある。第一歩は、戦犯の霊が祀られている靖国神社参拝という挑発的な慣行をやめると宣言することであるべきだ。この神社論争と、日本の教科書が戦争中の日本軍の行動に誠実に対処しないことが、日本が現代の軍事問題を扱うことを困難にしている。今持ち上がっている、第二次大戦後にアメリカが押し付けた平和主義憲法を改正する議論のような問題だ。日本がこのような変革をしてはならないという理由はない。しかし歴史と隣国に真摯に向き合うことをしなければ、他のアジア諸国に悪く受け止められるだろう。

ますます活気のある民主主義、復活した経済、小泉が始め、安倍が今さらに推し進める必要がある経済改革など、日本が誇るべきことはたくさんある。歴史の暗黒と恐ろしい逸脱に最も責任のある戦争犯罪者を美化する必要はない。


IHTの北野公使の反論が22日付で、このNYTの社説が27日付ですから、社説の筆者はIHTを読んで考える時間が十分にあったはずなのに、どうしてまた馬鹿の一つ覚えを繰り返すんでしょうか。社説で非難していることには、北野公使がすでに反論しています。NYTは最低限IHTの北野論文を踏まえたうえで、それに対する反論という形をとるべきでした。同じ系列なんだし。

そのNYTの社説をIHTがまた転載しているんですから、チグハグというか無責任というか。

「日本の繁栄と安全保障にとって巨大な隣国との正常な関係ほど重要なことはない。」
これなどは 安倍晋三がタカ派? で述べた、中国の要求に強制力を持たせようと躍起になっているマスコミの典型的な文句です。社説は「小泉首相は中国の指導者の利益になるように行動した」と書きましたが、中国の利益になるように行動しているのは、まさにニューヨークタイムズです。

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  1. 2006/09/30(土) 01:04:23|
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古森氏の抗議、クレモンス氏の再反論

日本に「思想警察」はあるか で取り上げたように、ワシントンポスト紙上でスティーブン クレモンス氏に攻撃された古森義久氏ですが、抗議文を彼のサイトに載せています


ワシントン・ポスト編集長殿
スティーブ・クレモンス氏の8月27日付貴紙への「日本の思想警察の台頭」と題する投稿文は単なる悪質なたくらみからの一線を越え、私の職業的誠実性へのきわめて不公正な個人攻撃のデマゴギーとなっています。同氏は完全に誤りの記述により産経新聞と私が「1930年代の軍国主義への復活を切望する極右活動家の暴力的なグループ」の一部だと言明しています。

クレモンス氏はさらに「古森義久は自分の言論が最近のテロ実行犯を頻繁にあおることや、彼らの(テロ)行動が恐怖を高めるパワーを彼の言論に与え、テロ実行犯らが議論を沈黙させることを支援していることにも、無意識ではない」と述べています。

同氏はこの記述で新聞記者であり、評論者である私が日本国内でのテロ行為を意図的に鼓舞していると非難するわけです。同氏は小泉首相の政敵の加藤紘一氏の実家への放火など、私も私の新聞もまったく関係のない事件を列記しています。ぜひ記録として強調したいのは、本紙はこの加藤氏にかかわる放火事件の直後、この行動を厳しく糾弾する社説を載せました。加藤氏自身がその社説への感謝を産経側に伝えてきました。

過去においても産経新聞は政治問題に対応する手段としての暴力はいかなるものも非難してきました。もし日本に1930年代ふうの軍国主義への復活を切望する活動家たちが実在するならば、産経も私もすぐにそれを糾弾し、反対します。

クレモンス氏は産経8月12日付に掲載された私のコラム記事(緯度経度 日本発「公的な反日論文」)の内容を間違って特徴づけています。この記事は日本国民の税金を使う政府資金運営の研究所が海外へ日本の国民、政府、政策、指導者の実態をゆがめた、客観的ではない批判を英語で発信していることを報じました。私のその記事は冷静で客観的な基調を保ち、誰からの謝罪をも要求していません。

現代の日本は民主主義かつ平和主義的であり、法の統治を守っています。米国の有力な同盟相手でもあります。産経新聞は全国規模の部数約220万部の日本の主流の新聞の一つです。クレモンス氏の主張とは対照的に、「超保守」という点は私の言論でも新聞自体でも皆無です。

たとえば、本紙は米国のグローバルなテロとの戦いへの日本の協力を各紙の間でも先頭に立って、社説などで支持しました。私自身は過去30年以上もの記者活動で政府の政策は頻繁に批判してきましたが、日本の軍国主義復活などただの一度も唱えたことはありません。

クレモンス氏が私の意見が嫌いならば、批判は自由です。しかし同氏は私にも自分の意見を表明する権利があることを忘れるべきではありません。その意見表明は自由な言論への攻撃ではないのです。

私はこれまで開かれた政府、自由な言論、複数政党制の民主主義などをいかなる形にせよ侵食する動きは一貫して批判してきました。私はまたクレモンス氏と意見を共有する人たちをも含めて、いかなる人たちに対してもその政治的見解を理由に暴力をふるうことをも激しく糾弾します。クレモンス氏にはそのことを否定する根拠はありません。

産経新聞ワシントン駐在編集特別委員 古森義久

(9月16日付産経新聞朝刊)


文章が長すぎるという理由で、ワシントンポストはこの古森氏の抗議文を掲載することを拒否したそうです。クレモンス氏の寄稿記事より短いんですけどね。短縮したものを送ってもやはり掲載されていないとのこと。「開かれた議論」はどうなっている?

さらにあきれ果てたのは、これに対するクレモンス氏の反応です。彼は自分のブログで古森氏の文章から抜き出した言葉で「単なるたくらみからデマゴギーへ」と題して反論しています


(前略)
私の見るところ、多くのアメリカの学者と一部の日本人が“反日”であるとする古森氏の非難は、信頼ある知識人への最悪の中傷に近く、彼が追求しているという自由な探求とは相容れない。しかし私は売り言葉に買い言葉のやりあいや(※)パーソナライゼーションには興味がないし、二人が駆け引きをめぐって激しくつつきあうよりも遥かに本質的で重要なことがある。古森が開かれた探求の擁護者だというのなら、よろしい、認めよう。何が開かれた探求で、何がそうでないか、会って議論しようじゃないか。
(後略)


(※)パーソナライゼーションというのは、彼の言う「遥かに本質的で重要なこと」を個人的な事象に矮小化して個人攻撃することをいうのでしょう。

おかしな人です。公開の新聞紙上で個人攻撃をしておきながら、それが事実無根であると反論されると、個人には関心がない、文句があるなら会って議論しようじゃないかと言う。クレモンス氏は、古森氏と個人的に議論がしたいのならはじめからそうすべきでした。いったん公開の場で人を非難したからには、最後まで公開の場で自説の正しいことを論証して見せるべきじゃないでしょうか。

彼が自分の誠実さを疑われたくないならば、とるべき道は二つしかありません。
○ 古森氏が右翼テロリストグループの一員であることを事実をもって証明する。
○ それができないのなら、事実無根の中傷記事で人の名誉を毀損したことを率直に謝罪する。

クレモンス氏は、古森氏が安倍晋三の助言者で、政府に影響力があると言いますが、それは古森氏と右翼テロリストとの関係を証明することにはつながりません。

彼によると、世界中の日本に関する学術研究のほとんどは日本政府の資金援助を受けているので、古森氏は政府に影響力を行使することで、それを意のままにできるのだとか。彼が力説すればするほど「極右活動家グループ」の話から外れていくんですが、それは今はおいておきましょう。私は古森氏が日本政府にどの程度の影響力があるか知らないし、世界中の日本に関する研究のほとんどが日本政府の資金援助を受けているなんてことがあるはずがないと思いますが、それも今はおいておきましょう。

日本政府が資金の提供先を何らかの方針に従って取捨選択することがなんで“思想統制”なんでしょうか。
彼は言います。「古森は歴史記憶の一手販売権を持つキープレーヤーの一人」だと。あほくさ、そんなものを持っているのは中国のような言論弾圧国の権力者だけでしょう。

また、彼はアメリカ人や日本人を「反日」であると非難することは「最悪の中傷」だと言っていますが、もしそうなら、彼自身が産経新聞のことを「超保守」(原文のままウルトラコンサーバティブと言ったほうがわかりやすいかな)と呼んだのも最悪の中傷だということになると思います。英米の新聞が安倍晋三に枕詞のようにつける「タカ派」も同じです。古森氏は書いています。「クレモンス氏の主張とは対照的に、“超保守”という点は私の言論でも新聞自体でも皆無です。」

それは賛成する人もいれば反対する人もいると言った類の意見です。言論の自由は誰もが意見を自由に表明できることを意味します。それに対して、クレモンス氏のやったことは事実無根の中傷なんです。

「私は古森に対して個人的なわだかまりはない。彼は私に対して違う感情があるようだが。」と彼は書いていますが、この陰湿な文章を読むと、むしろ反対のように思えます。
(この陰湿さを「大人」と評しているブログがありましたが、人の感じ方というのはいろいろあるものです。)


もう一つ、クレモンス氏が証明しなければならないことがありました。これです。
「1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極右活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた--そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。 」





日本に「思想警察」はあるか で私は「影響力のあるアメリカの新聞だから、やがてその結論がひとり歩きを始める。」と書きましたが、案の定です。

朝日新聞がこれを利用しました。(依存症の独り言を参照)

中国の「人民日報」が出している新聞「環球時報」もこれを要約して発展させた記事を書いています。(櫻党に抄訳あり。)

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  1. 2006/09/25(月) 04:33:48|
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9.11と「パールハーバー」と無差別都市爆撃

アメリカ人がまたいつものようにやっています。9.11と真珠湾の二題噺。

Milestone No. 5  By John Carey  The Washington Times 

この“超タカ派ナショナリスト”による寄稿記事の眼目は、アメリカが今やっている戦争を誇らしげに語って、アメリカの唯一の弱点は内部の結束の乱れにあるのだから、みんなツベコベ言わずに黙ってついて来いと説教をたれるところにあるのですが、そこのところはとりあえず割愛して、今は日本に関係するところを見ていきましょう。


1941年12月7日、日本はハワイの真珠湾においてアメリカを攻撃した。攻撃は挑発されたものではなく、通告もされなかった。攻撃以前にはいかなる戦争状態も存在しなかった。

1942年4月18日、わずか4ヶ月あまりの後、アメリカは東京を爆撃することで報復した。パイロットたちはその短期間で訓練され資格を与えられた。太平洋のアメリカ空母を飛び立ち、爆撃を敢行し、陸地の飛行場ではなく海上に不時着するというかつて試みられたこのとない事を行うために。

2001年9月11日、アメリカはニューヨークのワールドトレードセンターとワシントン郊外のペンタゴンに攻撃を受けた。攻撃は挑発されたされたものではなく、通告もされなかった。攻撃以前にはいかなる戦争状態も存在しなかった。

2001年10月7日、一ヶ月足らずの後、アメリカはアフガニスタンを攻撃した。

1941年12月7日や2001年9月11日にアメリカが受けたような攻撃の後、これほどすばやくこれほどうまく他の国が反応できるとは想像しにくい。

どちらも暗い日々だった。どちらにおいてもわれわれの団結と決意が試された。どちらの日々も敵の本拠地で歓喜のうちに終わった。そしてどちらも長く困難な苦闘の始まりを画した。
(略)
そして大統領が先週の木曜日に Katie Couricとのインタビューでこの新しい敵について語ったように、「彼らにはみな同じジハード戦士のメンタリティ、この過激主義がある。Katie 、それがこの戦争の興味深いところだ。我々は国家と対峙しているのではない。彼らはみな無辜の民を殺すことによって目的を達成しようとするイデオロギーと欲望がある。」


アメリカによる真珠湾攻撃への報復、1942年4月18日の東京爆撃とはドゥーリトル空襲のことです。まだ日本付近の制海権がない時期の、少数の爆撃機による決死隊です。これは映画「パールハーバー」でも描かれていました。映画では、まるで空襲の目印にしてくれと言わんばかりにでかでかと「○○兵器工場」と書かれた建物を攻撃する場面が出てきます。

この記事でも映画でもそれが真珠湾の報復ということになっています。軍事施設攻撃に対する報復は軍事施設攻撃、その点ではアメリカは“フェアプレー”をやったように見えます。---本当にそうでしょうか。

記事でも映画でも何も触れていませんが、アメリカがやった本当の報復とは、日本全土への無差別都市爆撃であって、それに比べればドゥーリトル空襲などは取るに足らない些細な出来事です。

それは罪のない民間人を大量に殺戮することによって日本を降伏へと導こうとするものでした。

私は身内から話を聞いたことがあります。飛行機が、パイロットの顔が見えるくらいの低空で飛んできて機関銃をダッダッダッダと掃射すると、まわりを歩いている人がばたばたと倒れていく。少しも怖くなかった、子供だったから。と、まるでただの思い出話のように淡々と語ります。彼はアメリカに何の恨みも持っていません。

当時のアメリカには確かに「無辜の民を殺すことによって目的を達成しようとするイデオロギーと欲望」がありました。そのことに対して何の反省もないまま、今、同じ考え方をする者たちを卑劣な悪魔のように言い成すのは自己矛盾もはなはだしい。アメリカがやったことは彼らよりもはるかに大規模に徹底的なものでした。

ですから、9.11と比較すべきは真珠湾ではなくて広島長崎であり東京であり、日本全土の都市なのです。

「パールハーバー」に山本五十六役で出演したマコ(この間亡くなりました)は、この映画は日本人を悪辣な人間として描いておらず、公正な扱いをしているので国際的評価に堪えるという意味のことを言っていました。

しかし、すでに述べたように、映画の中で何を描き何を描かないかについて大きな欺瞞があるのです。些細なことを大きく取り上げ、重大な意味のあることを敢えて無視することで観客に与える印象を操作する、これが彼らのやり方です。

と、こうして考えてみれば、〖まるで空襲の目印にしてくれと言わんばかりにでかでかと「○○兵器工場」と書かれた建物〗の意味が見えてきます。いくら嘘臭くても、この映画はそれが兵器工場であることを観客にわからせる必要があったのです。民間人ではなく、軍事施設への攻撃であることを。

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  1. 2006/09/12(火) 22:27:39|
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