日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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インド式教育ブーム

アメリカ人からよく聞かされてうんざりする日本人評のひとつに、「日本人はアジアを見下している」というのがありますが、ニューヨーク・タイムズのマーチン・ファックラーはそこに大きな変化を感じとったようで、いかにもアチラの記者らしい皮肉たっぷりの記事を書いています。

同じ記事がインターナショナル・ヘラルド・トリビューンにも掲載されていて、両者には文章表現上で若干の異同があるのですが、今回はIHTのほうから訳します。

ニューヨーク・タイムズ
優位を失い、日本人はインドの学校を羨望する

インターナショナル・ヘラルド・トリビューン
日本の新しい教育モデル : インド

三鷹、日本 景気は上向いてきたものの、日本は、インドと中国という勃興するアジアのライバルと競争する能力について、最近危機感に取りつかれている。その結果として、流行に取り付かれやすいこの国で、インド式教育がはやりになってきた。

このちょっとしたインドブームは、かつては国際的なテストでトップランクに位置する生徒を輩出したこの国の学校や施設について多くの日本人が感じている不安感を反映している。今ではインドを見習おうという人が多い。インドは多くの日本人が興隆する教育大国だと見ている。

本屋は「究極のインド数学ドリル」とか「インド人の知られざる秘密」のような題の本であふれかえっている。新聞は、日本の小学生にとっての標準である九九をはるかに越えた掛け算を覚えているインドの子供について伝えている。そして日本のインド人インターナショナルスクールは、日本人家庭からの入学申し込みが急増している。

リトルエンジジェルス イングリッシュアカデミー & インターナショナル・キンダーガーテンでは、教科書はインドのもので、ほとんどの教師は南アジア人で、教室の掲示物には、羽で飾られたターバンを巻いて踊る象のような、インドの伝説上の動物が描かれている。幼稚園児は、インド国旗の色である緑と濃黄色を使ってインド地図に色を塗ることまでする。

リトルエンジェルスは東京郊外の三鷹にある。45人のうちインド人は一人だけで、ほとんどは日本人だ。

ほかのアジアの国を教育における手本と見る考え方など、数年前は聞いたこともなかったと教育の専門家や歴史家は言う。

日本人の多くは、自国がアジアで最も進んだ国であることを誇り、長年アジアを見下してきた。実際、日本は100年以上にわたってアジアで優位に立ってきた。最初は帝国主義大国として、そして最近はアジアで最初に欧米並みの経済発展を果たした国として。

しかし近年では、インドと中国の後ろで影が薄くなっているのではないかという不安がますます高まっている。インドと中国は急速に経済的重みを増し、洗練されてきている。日本政府は日本の技術的優位を保ち、軍事力を強化しようと努めてきた。しかし、日本人は従来の近隣諸国への無関心を改めざるを得なくなった。

思いがけなくも、日本は、しぶしぶながら、新しい敬意の念を示し始めた。

「今まで、日本人は中国とインドを遅れた貧しい国だと見なしていました。」と村井吉敬
上智大学アジア学教授は言う。「日本が自信を失うのにつれ、アジアに対する態度は変わりつつあります。インドと中国を、何か取り入れるべき物がある国だと見なし始めています。」

教育においては、見たところ日本人の関心は、国際的なテストでアジアの競争相手に如何に引けをとったかにちょうど比例して高まっているようだ。先月、数学能力についての国際調査で日本は2000年の一位から台湾・香港・韓国よりも下位の10位に落ちたというOECDの発表を受けて、驚きの悲鳴があがった。

日本は理科では2000年の2位から6位に落ちた。

中国が政治経済おける挑戦者だという懸念をかきたてている中、インドは教育の分野でのもっと好ましいライバルとして現れた。これはある程度、中国製品が安物で、技術の模倣者だという日本でのイメージが関係している。それに対してインドは、日本が食い込めなかったソフトウェア開発やインターネットビジネス、知識集約産業で成功したことで、羨望をかきたてずにおかない。

多くの日本人が悔しい思いをしているのは、今彼らが賞賛しているインド教育とは、かつて日本が勤勉と規律で名声を博したものとほとんど同じだからだ。すなわち、早い年齢から多くを学習すること、丸暗記と詰め込み教育への重度の依存、特に数学と理科における基礎重視だ。

インドの教育は子供に多くのことを要求するが、それはリトルエンジェルス・キンダーガーテンで見て取れる。だからこそ人気があるのだ。そこの生徒は2歳で20まで数えるよう教えられ、3歳でコンピューターの手ほどきを受け、5歳では掛け算をおぼえ、文章問題を解き、英語で1ページの作文をする。それは日本のほとんどの学校では2年生になるまで教えない。

日本人が落ちる一方の競争力について心配していることは、まさに、20年前に日本が経済的に成り上がっていた頃の他の国のあせりを思わせる。

「日本がインドの教育から学ぶことに関心を持つのは、アメリカが日本の教育から学ぶことに関心を持つこととよく似ています。」と岡本薫政策研究大学院大学教授は言う。

日本では新しいことは大抵そうだが、インド式教育への関心は誰もが追随する社会的流行になった。

インド式教育は、トークショーから教育に関する会議まで、公共の場でよく話題に上る。大衆向けの本は、二桁以上の数字の掛け算割り算を解くインド人の秘訣をあかすと謳う。

保守的なことで悪名高い日本の文部科学省までが、インド式教授法を検討し始めたと文科省国際課のタカイ・ジュンは言った。

熱心な親は、子供を日本に五・六校あるインド人学校へやろうと試みる。競争の激しい大学入試で有利になるだろうと思うからだ。

東京には、主にインド人滞在者向けの、幼稚園から中学までのインド人学校の大きなものが二つあるが、去年から日本人の親からの問い合わせが急増している。

グローバル インディアン スクールは、今は200人の生徒のうち20人が日本人で、インド人と日本人の親たちの要求が高いので、近くの横浜市に第二キャンパスを建設中だと言う。

もうひとつ、インディア インターナショナル スクール イン ジャパンは生徒を170人に増やしたばかりで、そのうちの10人は日本人だ。また増やす計画をしている。

「日本人の親ごさんには非常に非常にか興味を持っています。」とインディア インターナショナル スクールの Nirmal Jain 校長は言う。

ブームは、多くの日本人が他のアジア人に対して少しは寛容になるという副次的効果を生んだ。

リトルエンジェルス スクールの創設者である Jeevarani Angelina は、元インド チェンナイの石油会社の役員で、1990年に夫とともに日本に来たが、最初はインド女性が学校を始めるために土地を借りようとしても、地主を説き伏せるのが難しかったという。しかし今では、彼女と3人のフルタイムの教師が非日本人のアジア人だということがこの学校のセールスポイントだ。

「私が始めたときは、コーケイジアン《いわゆる白人=訳者注》ではないアジア人が教える英語《を教授言語として使う》学校は初めてでした。」と彼女は、古くからあったアメリカ系とヨーロッパ系のインターナショナルスクールを引き合いに出して言った。

他のインド人学校と違ってリトルエンジェルスは、彼女が自分の息子を日本の幼稚園に通わせたときに感じた欠点を補うために、第一に日本人の子供を対象としているとAngelina は言う。

「インド式教育ブームが始まったときに始められたのはラッキーでした。」と50歳のAngelina は言う。彼女は Rani Sanku と名乗っている。そのほうが日本人が発音しやすいからだ。( Sanku は夫のファミリーネーム。)

Angelina は、グループ活動を増やし、丸暗記を減らし、インドの歴史を省くなどして日本式のカリキュラムを採用した。彼女は、幼稚園の成功に意を強くして、今年インド式小学校の開設を計画している。

親たちは学校が厳しい規範をとることを熱望している。

「うちの息子は同じ年のほかの日本人の子よりもレベルが高いんです。」とキクタケ エイコは言う。「インド式教育はほんとにすごいです! こんなことは日本の幼稚園ではとてもできません。」

インディア インターナショナル スクール イン ジャパンのサイトがありました。表紙は子供たちが日印両国の国旗を振る前を安倍夫妻とマンモハン・シン首相が並んで歩いているところです。

日本人に興味を持っているということは、つまり入学させたいということなんでしょうけど、日本語のページはないようです。インドのカリキュラムを使って教えるから、インドに帰ったときも困らないとか、インド人向けのことしか書いてありませんし。

リトルエンジェルスの方は第一に日本人を対象としていると言うだけあって、日本語のサイトがあります。この幼稚園はテレビで何度も取り上げられたようで、 International Herald Tribune The Asahi Shimbun でも一度記事にしています。

なんだかこの幼稚園の宣伝みたいになってしまいましたからバランスをとっておきましょう。

日本人が子供をインド人学校に入れたがるのは、英語を身につけさせたいということが大きいんでしょうが、インド人は訛りがきついですよ。それがインドでの標準英語として流通していて、彼らは改める必要を感じていませんからね。イギリスに留学したインド人がインドに帰ってきてイギリス英語を話したら白い眼で見られたという話があるくらいで。

何も英米人が話す英語だけが英語じゃない、それぞれが自分の訛りで堂々と話せばいいという考え方もありますが、日本人がインド人訛りを覚えるのも如何なものでしょうか。

まあそんなことは小さなことです。一番大きな問題だと思うのは、インディアンスクールにしろアメリカンスクールにしろ、子供を外国人学校に入れたがる親というのは、自分の子供をいったい何人にしたいのかということです。

外国人学校でも日本語を教科として教えてはいるのでしょうが、それだけで足りるものではありません。普通の日本人が学校の理科や社会で学んでいること、それらはすべて日本語の勉強でもあります。それを通じて、たとえば「細胞」とか「需要と供給」などの言葉を覚えていくのです。ですから、理科や社会を英語で学んだならば、日常会話を超えた少しでも抽象的なことになると英語でしか考えられない人間になるでしょう。自分で努力して読書なり勉強なりすることなしに、日本でまともな社会生活がおくれるとは思えません。かといって英語も完璧にはならないし、ひどく宙ぶらりんな人間になると思いますね。

最後に個人的な感想をひとこと。だいぶ昔のことですが、香港の、インド人が多く住んでいることで有名な雑居ビル(チョンキンマンション)のエレベータでインド系らしい女性が自分の子供に「ワンツースリー・・・」と英語で数を数えさせていました。自分の母語ではなく、地元の人が話す広東語でもない言葉を幼児に覚えさせようと懸命になっている親というのはなんだか哀しいなあと思いました。


マーチン・ファックラーのものの見方についても言いたいことはあるんですが、次にします。


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  1. 2008/01/04(金) 20:28:34|
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最先端都市東京

対で発行されている英字新聞「ネーション」が、別刷りの「エクスプロア」の1面で「東京の舞台裏」という特集を組んでいます。元記事は「デイリーヨミウリ」。


皇居の濠の白鳥、ライトアップされた夜の東京タワー、四つに組む相撲力士、数百円あればなじみのある東京の風景の絵葉書が買える。しかし、東京に来る普通の旅行者が見逃してしまうような最先端の細部に焦点を合わせようとすれば、もう少し金をはずんで、専門のガイドを雇わなければならない。

Loic Bizel はそのようなガイドだ。かれは、東京の次の大きなトレンドを見極ようとするファッションの業界人を手助けする。
Stephan de Roeck は建築とデザインの分野で同様のサービスを提供する。
Anne Geismann Alene は美術関係のグループを案内する。
Charles Spreckley と Nicole Fall は贅沢な人のために注文に応じる。

「日本はファッションのための大きな実験室のようなものです。」と渋谷のカフェで Bizel は言った。「東京で新しいトレンドを見つけようとして、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアからたくさんの人が来ます。いくつか見本を買い、それと同じものをつくって自分たちの国で売ろうとします。」

「20年前は日本人が同じことをしていたのだからおかしなものです。-ニューヨークやパリに行って何でもかんでも写真にとって、日本に帰ってそれを日本式でやるという。」

「日本のファッションは半年から一年西洋の先を行っています。」と Bizel は言った。かれが東京ファッションツアーのビジネスをはじめてから7年になる。

彼のウェブサイトによれば、一日のガイドサービスは平均で9万7千円だ。ファッションの未来を垣間見るためのこのツアーは、一般の観光旅行客向けではない。

「私のツアーはプロのためのものです。」
彼の顧客はティンバーランドやクイックシルバー、コーチなどの国際ブランドのデザイナーや、ノードストロムギャラリーラファイエットのような百貨店のバイヤーだ。

「ここでは誰もが人と違うものを着たがります、人生の大半を制服を着てすごすので。」
Bizel が言うのは特に15歳から25歳の女性だ。地味な制服を脱ぎ捨てた彼女たちは、「ママチャリにまたがった野暮ったい主婦」になる前のこの瞬間だけ自分が輝いていると感じる。

カフェの前を連れ立って歩く金髪に髪を染めた渋谷の少女をあごで指しながら Bizel は言う、「彼女たちが流行を追うときはとことんまで行くので、ときにはとてもユニークになります。アメリカやヨーロッパではとてもそこまでできません。あまりに行き過ぎると、売るのが難しくなります...だから(ここで)新しい流行ができるのです。

流行はすぐに変わる。今日のトップブランドは半年後にはゴミになる。 Bizel は、自分はずっとここにいるので、風がどちらに吹いているかをクライアントに教えることができるのだと言う。

「誰もが109に行きます。」と彼は言う。多数の店が集まった「ファッションビル」のことだ。「しかし109の中では、私の仕事は『この店は落ち目なので入りません。こことここに行きましょう』とクライアントに言うことです。」

Bizel はそのファッションツアーで物理的に多くのところを回るが、それを月に15回ほどやる。7年前にはじめたときは三四回だった。


「私の専門はインテリア建築です。現代建築と東京におけるデザインの状況について広い知識があります。」と Roeck は言う。そこから彼の「東京デザインコネクションツアー」のねらいがわかる。

Roeck がガイドビジネスを始めたのは2006年11月。彼は東京に1年半住んでいるが、15年前から日本には何度も来ている。

彼はロンドンメトロポリタン大学で学び、長年インテリア建築の会社を経営したあと、オーストラリアに移ってイタリアのデザイン会社の代表を務めたと言う。

彼のツアーの大まかな料金は、4時間4万円から1日の「マラソン」10万円まで。



Roeck は、ヨーロッパの車の内装をデザインをする会社から一風変わった注文を受けたことがある。その会社の主任デザイナーは、1年に一二回東京に来て、インテリアに使われる皮革や皮革のようなものを見て、日本の消費者が手触りや仕上がりについてどんな感覚をもっているか知りたがる。たとえば、日本人は皮革の仕上がりや縫い合わせに対してもつ好みはヨーロッパ人とは少し違う。

建物のインテリアの流行から、数年先の車のインテリアの流行を見通せることが多いと彼は言う。

休暇で日本に来て東京の都市再開発の状況を見ていく建築家もいる。あるいは新幹線や地下鉄の新駅のようなインフラを見る。

東京の住人でさえも行きたがる新しいビルはと聞かれれば、彼は六本木地下鉄駅近くの東京ミッドタウンの安藤忠雄の2121デザインサイトをすすめる。

それはほとんどが地下にあって、見かけよりもずっと大きい。それは地面の下にありながら自然光をうまく取り入れていると彼は言う。

東京には面白いものがたくさんあるのに見逃している人が多いと彼は言う。…「次から次へと新しいものができるのでついていくのがたいへんだ。週に一回はチェックしなければならない。」

(中略)

(Spreckley は言う) 「私は東京が好きです。世界で一番クールなところだと思います。東京に住めるのは一種の特権です。いつも道を歩きながら考えています。『ここに住めるなんて、自分は世界で一番ラッキーな人間だ。とても面白い。それから、人を連れて東京を案内できるなんてほんとに素敵だ。』



東京が流行の最先端だなんて、知らなかったなあ。
じゃあ、そろそろニューヨークあたりでこうゆうのが流行りだすかな。

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  1. 2007/06/30(土) 02:15:42|
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“言論統制”

わたし(nippyo)がkom’s log というブログのコメント欄に投稿したものを採録します。


nippyo
『お邪魔します。ワシントンポストのサイトについているリンクからたどってきました。私も同じ記事について書いたので読んでみてください。
http://nippyo.blog57.fc2.com/blog-date-20060829.html』

#
kmiura
『はじめまして。nippyoさんの記事から引用します。

”政府に属する機関が発行している刊行物が政府批判を行っているとしたら自己矛盾もはなはだしいことで、税金の無駄遣いだとして批判されるのは当然だ。執筆者や編集者は、批判があるならまず政府関係者に直接進言すべきで、聞き入れられないのなら抗議の辞任をして民間の自由な立場から政府を批判するべきだ。日本ではそれが許されている。だから日本国際問題研究所(JIIA)が批判を受けて記事を取り下げたのは何も驚くべきことではない。驚くべきなのはむしろJIIAがそのような記事を載せたことのほうだ。”

わたしは記事の取り下げは驚くべきことだなあ、と思います。政府内部でも大いに批判は行うべきだし、その議論の内容に日本にかかわる人間がすべてアクセスすることができる、というのが理想だと思います。政府という機関の内部にいる人間がその属する組織を批判することを禁じる、というのは私はおかしいことだと思う。矛盾を抱え込んで一歩一歩すすんでいく、というのが私のイメージ。』

#
nippyo
『それはそういう考え方もあるということでかまいません。そのことで強く主張しようとは思いません。日本政府からは補助金をもらっているだけだという指摘もありましたね。お読みになればわかると思いますが、あの記事で強調しているのは小森氏が右翼テロリストの一員であるかのような、日本に思想統制があるかのようなクレモンス氏の記述に問題があるということです。そっちの肝心の本論のほうは賛成していただけるのでしょうか。』

#
kmiura
『お答えする前に質問します。1935年から1945年の日本に思想統制はあったと思いますか。』

#
nippyo
『記事をお読みになればお分かりのとおり、私もクレモンス氏も1930年代に思想統制があったことを前提に話をしています。↓
「この記事には、1930年代に思想統制とテロが同時に横行したことを取り上げて両者を混同させようとしている気配がある。」
http://nippyo.blog57.fc2.com/blog-entry-23.html
わかりきったことを質問する前にやるべきことがあるのでは。』

#
kmiura
『たとえば当時の蓑田胸喜の言論活動はnoppyさんの言う”思想統制”に含まれるのでしょうか。彼は具体的なテロ活動はおこなっていませんが、イエロージャーナリズム的な形で大学における言論活動に圧力をかけました。蓑田胸喜自身が当時の政府の工作員だった、といった気配はないので、彼は自分の意志でそうした活動をおこなったわけです。効果は実にあらたかで、ずいぶん大勢の真摯な学者が大学から追放され、結果として翼賛体制が強化されていったわけです。つまり、ハードな意味の統制によって批判を禁じたわけではないのですが、批判をすることを実に低次元な見方から糾弾することでソフトに(環境型ともいいますが)統制がおこなわれたわけです。
件のWPの記事は、批判をうけて日本国際問題研究所がサイトを一時的に閉鎖していることに、驚くほど素直だ、素直すぎる、というようなコメントをしています。私からすれば、これは日本ではよくあることだなあ、と思います。面倒なことにはなるべくかかわらないようにする、あるいは、問題がおきたらその問題の場自体を隠蔽する、という反応です。じつに日本的なはからいかたなので、アメリカ人は異様にうつるのでしょう。でも、こうした問題や対立を嫌う傾向が、上で述べたような”ソフトな統制”の駆動メカニズムの一部なのではないか、と私は思います。こうした形での統制については第二次世界大戦後にずいぶんと多くの学者や研究者が頭を悩ませ、いろいろな論考がありますが、いまだにクリアーな定義はないのではないでしょうか。これは日本の人間が考え抜くべきテーマのひとつだと思います。
クレモント氏はおそらくこうした詳しい背景をよくしらないと思います。したがって、それを言い表す言葉として、”軍国主義”や”思想統制”といったシンボル的な表現にとどまっているのだと思います。そこで、私はクレモント氏の記事は見方が単純だな、とは思いますが、コモリ氏の活動は上に説明したようなソフトな統制に含まれる、と思います。さらにえば、クレモント氏が指摘しなければ私はそのことをしりえなかったので、よい記事だな、と思っています。』

#
sivad
『もっと「空気を読まない力」を醸成しないと、日本で「自由な議論」てのは難しいですね。』

#
nippyo
『昔の話を持ち出しても結局、小森氏が右翼テロリストの一員であるかのような、日本に思想統制があるかのようなクレモンス氏の記述が正しいことを証明できませんでした。あなたは気がついていないようです。彼がやったような事実に基づかない非難攻撃はあなたが“言論統制”の事例としてあげたものと同種であること、攻撃されているのが自分の気に食わない人物であるからといってそれを容認することがいかに危険であるかということ。その意味であなたはイェロウジャーナリズムが効果を表す世界の住人です。』

#
nippyo
『「コモリ氏の活動は上に説明したようなソフトな統制に含まれる‥」
もう一度古森氏の記事を読み返したほうがいいでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/kaz1910032/d/20060812』

#
kmiura
クレモント氏の記事について。
一昨日のコメント欄より。

nippyo 『昔の話を持ち出しても結局、小森氏が右翼テロリストの一員であるかのような、日本に思想統制があるかのようなクレモンス氏の記述が正しいことを証明できませんでした。あなたは気がついていないようです。彼がやったような事実に基づかない非難攻撃はあなたが“言論統制”の事例としてあげたものと同種であること、攻撃されているのが自分の気に食わない人物であるからといってそれを容認することがいかに危険であるかということ。その意味であなたはイェロウジャーナリズムが効果を表す世界の住人です。』

# nippyo 『「コモリ氏の活動は上に説明したようなソフトな統制に含まれる‥」

もう一度古森氏記事のを読み返したほうがいいでしょう。

http://blog.goo.ne.jp/kaz1910032/d/20060812』

というわけで、もう少し詳しく説明する必要がありそうなので、あらためて書きます。

まず事実関係。サンケイのコモリ氏(古森義久)はJIIAの理事長であるサトウ氏(佐藤幸雄)に、コイズミ首相のヤスクニ参拝を批判するような文章を書くようなフトドキ者(すなわちタマモト氏=玉本偉、英文編集長のことですが)を援助するために日本の税金を使ったことに謝罪せよ、と要求しました。また、それに応じてサトウ氏は24時間以内に当該サイトを閉じました。サトウ氏に対する文章は「公開質問状」として上記nippyoさんのリンクでみることができます。

この経緯に関する情報は、クレモント氏によるワシントンポストの記事以外にも、アジアタイムスが記事にしています。

Open debate under threat in Japan By Sheila A Smith and Brad Glosserman

クレモント氏のワシントンポストの記事における、コモリ氏の評価にあたるのは次の部分です。

What's alarming and significant about today's intimidation by the right is that it's working -- and that it has found some mutualism in the media. Sankei's Komori has no direct connection to those guilty of the most recent acts, but he's not unaware that his words frequently animate them -- and that their actions in turn lend fear-fueled power to his pronouncements, helping them silence debate.

The Rise of Japan’s Thought Police

By Steven Clemons Sunday, August 27, 2006; Page B02

なお、クレモント氏は自分のブログも持っています。そこでも今回の件について触れている。

japan’s Right Wingers Out of Control @ The Washington Notes,

このブログでは、コモリ氏の評価は以下のようにもう少し詳しく書かれています。

I know both of these writers/intellectuals -- and Komori has established a kind of franchise on the debate about Japan's historical memory. He is the authoritative right-wing commentator on the politics of Japan's war memory and on Japan-China relations. He's part of a group that understandably argues that Japan needs to get beyond its kow-towing to China and other nations in the region over World War II -- particularly given the behavior of the Chinese government towards its own people in the 1960s and 1970s.

他にもウェブ上でクレモント氏は関連して以下のような記事を書いています。Japan ― trend: right-wing nationalism

さて、それではクレモント氏はコモリ氏をnippyoさんがおっしゃるように「右翼テロリスト」扱いしているでしょうか?記事を読む限りコモリ氏が右翼である、とは言っていますが、テロリスト、とはいっていない。記事の中にはテロリストという単語は一度もでてきません。もちろん、テロリスト、という単語が911以降政治的に使われることが多く、その意味がくるくると変わってしまう実に微妙な便利すぎる言葉であり、言論を生活の糧とするクレモント氏はその用法に慎重にならざるを得ないでしょうから当然です。では「右翼」はどうでしょうか。コモリ氏の文章を読む限りコモリ氏自身は自分のことを右翼だと自己規定していません。どちらかといえば、それが「普通である」という考え方をしているように見えます*1。したがって、自己規定と他者による評価が分かれることになりますが、私にもコモリ氏の意見は明確な右翼と思えるので、クレモント氏を支持します。

上記引用にあるように、実際に手を下した行動派の右翼とコモリ氏とは直接コンタクトはない、といっています。ではクレモント氏がなにを問題にしているのかというと、コモリ氏の言論は行動派の右翼のアクションの引き金になっている、一方で、行動派右翼の実力行使が逆にコモリ氏の言論に実質的な権力を与えているというメディアを介した相互関係を問題にしているです。はたしてこの関係性は論証可能なのでしょうか。これはしかし、恋愛関係を証明しろというようなもので、問題設定がまちがっている。蓋然性の話なのです。だから先日のコメント欄で、私は蓑田胸喜の例を挙げました。蓑田は実際にはなにも手を下していない。しかしながら、言論と暴力の相互の関係から、蓑田胸喜のペンの権力は戦前の帝国大学教授を何人も更迭させるほどの力を得たのです。これをもって「蓑田胸喜はあの時代のテロとは関係がなかった」と今の時代の私たちは評価するのでしょうか。

私はコモリ氏だけではない、と思います。この10年ですっかり右傾化した日本の言論状況が -もちろんその右をいっている人たちは自分たちが”普通である”と主張していることも承知ですがー、実際の実力行使となってたとえば加藤紘一の実家の放火を図らずも促しているのではないか、と思います。そしてこうしたむちゃくちゃな行為がさらに「口寒し」な状況を加速させ、”普通である”はずの主張に威光を与えるのです。私はこれを事実上の思想統制(あるいはクレモント氏の言葉を使えば思想警察、ですが)である、と考えますnippyoさんは、このクレモント氏の批判自身こそ思想統制ではないか、とおっしゃりますが、決定的な違いはコモリ氏はその実家を放火されることはおそらくないだろう、ということです。一方で、タマモト氏はヤバイかもしれませんね。

なお、ここで私のいう思想統制がいかなるものであるのかをもう一度確認するため、私がコメント欄に書いたことを再掲します。お名前を間違っていたので、その部分訂正しました。

たとえば当時の蓑田胸喜の言論活動はnippyoさんの言う”思想統制”に含まれるのでしょうか。彼は具体的なテロ活動はおこなっていませんが、イエロージャーナリズム的な形で大学における言論活動に圧力をかけました。蓑田胸喜自身が当時の政府の工作員だった、といった気配はないので、彼は自分の意志でそうした活動をおこなったわけです。効果は実にあらたかで、ずいぶん大勢の真摯な学者が大学から追放され、結果として翼賛体制が強化されていったわけです。つまり、ハードな意味の統制によって批判を禁じたわけではないのですが、批判をすることを実に低次元な見方から糾弾することでソフトに(環境型ともいいますが)統制がおこなわれたわけです。

件のWPの記事は、批判をうけて日本国際問題研究所がサイトを一時的に閉鎖していることに、驚くほど素直だ、素直すぎる、というようなコメントをしています。私からすれば、これは日本ではよくあることだなあ、と思います。面倒なことにはなるべくかかわらないようにする、あるいは、問題がおきたらその問題の場自体を隠蔽する、という反応です。じつに日本的なはからいかたなので、アメリカ人は異様にうつるのでしょう。でも、こうした問題や対立を嫌う傾向が、上で述べたような”ソフトな統制”の駆動メカニズムの一部なのではないか、と私は思います。こうした形での統制については第二次世界大戦後にずいぶんと多くの学者や研究者が頭を悩ませ、いろいろな論考がありますが、いまだにクリアーな定義はないのではないでしょうか。これは日本の人間が考え抜くべきテーマのひとつだと思います。

*1:"このような「下からの」ナショナリズム、いわばポピュリズム型運動を、たとえば「自民党・文部省が一貫して企ててきた教科書攻撃の一環」「右翼」「ファシスト」などと攻撃しても彼らには届かないであろう。なぜなら、こうした運動の参加者には、自分たちが、「体制側」であるという自覚も、「右翼」的な「イデオロギー」を信奉しているという意識もなく、「健康」な「常識」=「リアリズム」に従っているだけだと思っているからである。" 小熊英二『「左」を忌避するポピュリズム』世界1998年12月号より


nippyo
『テロリストという言葉を使っているかどうかは問題ではありません。クレモント氏が記事の中で繰り返し取り上げた放火や脅迫は疑いもなくテロ行為であり、その実行者はテロリストです。古森氏の記事がそのような活動の「最新の攻撃」だと決め付けたんですから、テロリスト扱いしたのと同じです。

恋愛関係を証明しろと言うのと同じだとのこと。
そうです。そのような因果関係のはっきり証明できないことを断定的に書くべきではないということです。

民主主義社会ではさまざまな意見が入り乱れています。どういう意見を表明しようとプライバシーに触れたり暴力行為を教唆するものでない限りすべて自由であり、なんら非難すべきことではありません。ある人と似通った思想を持つ人がテロを起こしたとしても、それはその人のあずかり知らないところです。kmiuraさんはそのことをもってして意見の表明を控えろとおっしゃるのですか。それこそ言論統制的考え方だと思いますが。

アジアタイムズの記事はワシントンタイムズのものとよく似ています。ただクレモント氏のような乱暴な決め付けをしていません。ワ紙のほうが後だったかな。だったら盗作くさいですね。

蓑田胸喜のやったというイェロウジャーナリズムというの具体的にはどのようなものなんでしょうか。それと古森氏の記事との間にどのような共通点が見出されるのでしょうか。』

kmiura
『”古森氏の記事がそのような活動の「最新の攻撃」だと決め付けたんですから、テロリスト扱いしたのと同じです”というのは間違ったクレモント氏の記事の読みかただ、と私は思います。テロリストか否か、という問題のたてかたは事態を単純に見すぎています。たしかに今の世界では、某国の大統領をはじめ、”テロリストか否か”という明快なラベリングが跋扈しています。二元論は確かにとてもわかりやすい。とくに今の世の中のように情報が消化しきれないほど流通している中では、白か黒か、というバイナリー思考はものごとをすっきりさせるのに有効です。しかしながらそのことには弊害もある。わかた気にはさせてくれるけれど、その理解した内容は現実とは程遠いのです。こうしたバイナリーフィクションの明確な結果がたとえば今のイラクの内戦状況です。テロか否か、という単純思考が複雑なバランスを土足で踏み破ったのです。
私たちはもう少し世の中の複雑さをもう少しそのままの複雑さで考える必要がある。これまでにも説明したように、テロリストもいれば、アジテーターもいるわけです。しかもそのアジテーターの中にもさまざまなレベルのアジテーターがいる。実行犯の耳元でけしかける輩もいるかもしれないし、社会全体の雰囲気、すなわち世論を、例えば加藤紘一の実家を放火した犯人は「義挙である天誅である」というような見方にもってゆこうとするアジテーターもいるかもしれません(実際にネット上ではそうした意見も散見します)。こうしたさまざまなレベルの活動が存在し、同期して行動し、マスメディアを介して互いに黙ってうなずきあっている(らしい)ことの全体をさして「右翼の活動」と記事ではまとめられているわけです。このことをもって、コモリ氏をテロリスト扱いした、と判断するのは拙速ではないでしょうか。なぜならば、テロリストであるかないか、という問題の建て方をすると、中間のグレーゾーンを捨象してしまうことになるからです。
nippyoさんの次の意見は「コモリ氏の言説と、実際に起きているテロリズムはおのおの独立した事象である。したがってそこに関係性を見出す記事は書くべきではない。」ということです。この考え方に対しては、いくつも反論をすることが可能なのですが、いくつか書いてみましょう。
まず純粋に論理的に考えてみましょう。コモリ氏の言説と、実際のテロ行動が完全に独立している、と証明することは可能でしょうか?例えば三文週刊誌の記事のようですが、次のような可能性もあります。「コモリ氏はとある日本右翼黒幕の広報係としての任務があり、その指示に従って記事を書いている。一方でおなじ黒幕がテロの実行の支持も下している」。もちろんこのような陰謀説は考えにくいことでしょうが、可能性としてはなきにもあらずです。もちろんほかにもさまざまな可能性がありますが、nippyoさんの考え方にしたがえば、こうした関係性が全くない、ということも確認してから上のように判断すべきであるということになります。
次に、「因果関係が事実でないならば書くべきではない」とことですが、このクレモント氏の記事は「opinion」です。この事象とこの事象の間に関係性を見出すことができるのではないか、という記事を意見として書くことができないならば、opinionのページは白紙とするしかありません。意見は、蓋然性に基づいて書くことでいっこうにかまわないのです。なぜならば、意見は読まれるためのものであり、その妥当性を解釈するのは読者ひとりひとりだからです。
nippyoさんのコメントを読んでいて私が思うのは、どうやらnippyoさんは、批判をすることと、禁止
することを混同しているらしい、ということです。クレモント氏の記事は、コモリ氏の行動を批判していますが、それをしてはいけないと訴えている記事ではありません。この点をなにやら「コモリ氏はそうしてはいけない」とまでnippyoさんは解釈しているように見受けられます。また、私の今回の一連の文章に関しても、私はコモリ氏に批判的ですが、一度たりともコモリ氏は「意見の表明を控えろ」と思ったことも書いてもいませんが、なぜかその批判をnippyoさんは「控えろ」といっていっている、と一方的な解釈をしています。くりかえしますが批判は禁止の要望ではありません。指摘しているだけなのです。
批判はどのような批判であってもオープンであるべきです。もっと踏み込んでいえば、誰がどのようになにを書こうが私はいっこうに構わないと思います。因果関係が証明できていない、とおっしゃいますが哲学的に考えればあらゆることの因果関係は、物理法則でさえ証明することはできないのです。そこで重要なのは、私やnippyoさんなどの読者それぞれがその文章をどのように受け取るか、ということでしかない。真摯な文章から電波な文章まで、それを読んでその内容にどこまで同意するか、という判断は個々人にまかされているのです。表現の自由とは、書く人間の人間の自由だけではないのです。読む人間の判断の自由でもある。私から見れば、nippyoさんの文章の読み方は、その文章を読むというよりも、自分の中にある知識に合う部分だけをピックアップしてつなぎ合わせているだけのように思います。これは「読む」こととはいえません。進歩がないからです。(繰り返しますが、これが批判です。「黙れ」と言っているのではありません)。
そこで、私は記事の妥当性を判断するための材料として、蓑田胸喜のことを書き添えました。最後の質問に対する答えになりますが、もしこの人についてこれまでしらなかったのならば、関連する文書を少し読んでみたらいいのではないかと思います。ウェブ上でわたしがすぐにみつけたのは、
http://www2s.biglobe.ne.jp/~fdj/minoda.html
あたりでどんなことであったのか、知ることができると思います。もうすこし詳しくしりたいならば、立花隆氏の「天皇と東大」を読んでみて下さい。分厚い本ですが文章は読みやすいです。大きい図書館にいけば、蓑田本人の全集をみつけることもできるかもしれません。
最後になりますが、おおもとの問題について、以上の私の文章を踏まえた上で意見を述べておきます。コモリ氏がなしたことは、タマダ氏の文章そのもののまともな批判(テキストの批判)ではありません。片言節句の揚げ足取り、レッテル貼りです。なにやら「テロリスト」レッテル貼りとよくにていますね。そしてなによりもタマダ氏の態度を問題にしているわけです。公僕たるものがお上にたてつくなどけしからん、ということです。事実上タマダ氏を名指しで「首にしろ」といっているわけです。これは私が上に述べたような批判というよりもパージです。「公開質問状」とは名づけられていますが、事実上の解雇要望書です。私が蓑田胸喜を連想したのは、こうしたやり口です。言説を生業とするものとしては、一番卑怯で筋の通らぬやりかただと思います。』

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nippyo
『ワ紙の記事で取り上げられた放火や脅迫をなした者がテロリストであることには疑問をさしはさむ余地がありません。これは人を殺した人を殺人者と呼ぶのと同じです。はっきり二元論で割り切れるものです。もちろんそれらを「義挙である天誅である」と正当化しようとする非常識な人もいるでしょう。彼らは心情的なテロリストです。kmiuraさんは自分が嵌まり込んだ袋小路を脱出するために、仮にでも右翼テロリストの側に身をおいてしまったことにお気づきでしょうか。
蓑田胸喜がやったことを具体的に示して古森氏の記事と比較することをお願いしておいたのですが。
古森氏は誰の辞任も要求していません。あの記事は読む人の思想や立場によって賛成する人もいれば反対する人もいるといった類の意見です。たいして、クレモント氏の記事は明らかに事実に反しているのです。それを正当化しようとすれば、明らかなテロ行為を「テロかどうかわからない。」「レッテルはりだ。」「義挙である天誅であるというような見方もある」といったテロリストを擁護する発言をせざるを得なくなってしまうのです。』


kmiura
『論証ではなくて、印象ですね。あと、クレクレ君はやめましょう。自分で調べてください。』


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  1. 2006/09/01(金) 18:42:33|
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日本に「思想警察」はあるか

ワシントンポストが27日付で Steven Clemons による「日本の思想警察の台頭」という記事を載せています。相当に偏った見方をしていますが、それは後で明らかにします。


それは政治かかわる人々のどこにでもある取るに足らない争いのように演じられた。しかし、採用すべきナショナリズムの形を模索している国日本で、著名な新聞論説委員と首相の外交政策シンクタンク編集者の言葉の戦いには警告以上の意味がある。それは公的人物を脅迫する右翼の活動における最新の攻撃で、言論の自由を押しつぶし市民社会を後戻りさせるよう脅かすものだ。

8月12日、古森義久--ワシントンを本拠とする超保守産経新聞の論説委員--は日本国際問題研究所が運営するオンラインジャーナル「コメンタリー」の編集者玉本偉(たまもとまさる)の記事を攻撃した。その記事は、対中脅威論の煽り立てや、戦死者を祀る靖国神社への中国の抗議を無視しての参拝に表れたような日本の新しい声高な“タカ派ナショナリズム”の台頭に懸念を表明するものだった。古森はそれを「反日」と決め付け、主な執筆者を「極左知識人」と攻撃した。

しかし彼はそこにとどまらない。古森は、第二次大戦の戦犯を祀る靖国神社への中国の抗議を無視しての参拝に疑問を呈した執筆者を税金を使って支持したことを謝罪するよう研究所の所長佐藤行雄に要求した。

驚いたことに、佐藤はそれに応じた。24時間以内に彼は「コメンタリー」を閉鎖し、サイトの過去の掲載記事--「コメンタリー」が外交政策と国家アイデンティティ確立についての率直な討論の場であるとする彼自身の文章を含む--をすべて削除した。佐藤はまた先週産経の編集部に手紙を出して許しを乞い、「コメンタリー」編集部の完全な見直しを約束した。

息を呑むような屈服だ。しかし、日本を覆いつくす政治的雰囲気を考えれば驚くほどのことでもない。最近のナショナリズムの台頭に勢いづけられ、1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極右活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた--そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。

つい先週、そのような過激派が、かつての首相候補加藤紘一の実家を放火した。彼は今年小泉の参拝を批判していた。数年前、小林“トニー”陽太郎富士ゼロックスCEO兼会長も、小泉は靖国参拝をやめるべきだと意見を表明した後、手製爆弾の標的になった。爆弾は取り除かれたが、小林は殺しの脅迫を受け続けている。圧力は効果があった。彼が率いている大きな経済団体は小泉が中国に対してタカ派であることと、靖国を参拝することへの批判を取り下げた。小林は今ボディガードつきで移動する。

2003年、当時の外務審議官田中均は自宅で時限爆弾を発見した。彼は北朝鮮に対して弱腰だとして標的にされた。保守派東京都知事石原慎太郎は演説で、田中は「当然の報いを受けた」と言った。

自由な思想が脅迫を受けたもう一つの例は、国際的名声のある岩男寿美子慶応大学名誉教授の件だ。2月、日本人の大部分は女性の皇位継承を受け入れる用意があると示唆する記事の発表後、右翼の活動家が彼女を脅迫した。彼女は記事を撤回し、今は姿を隠していると伝えられる。

このような過激派は憂うべき過去の記憶を呼び覚ます。1932年5月、日本の犬養毅首相は、満州における中国主権を承認し、議会制民主主義を頑強に擁護する彼の立場に反対する右翼活動家のグループに暗殺された。第二次大戦後右翼狂信者は影に潜んだが、日本の国家アイデンティティや戦争責任や天皇制に関する敏感な問題について禁忌に触れるような率直過ぎる発言をした人には時折脅迫してきた。

今日の右翼による脅迫で警戒すべき重要な点は、それが効果を表していること、メディアにおいて呼応する動きがあることだ。産経の古森は最近の活動をしでかした者たちに直接の関係はない。しかし古森は自分の言葉が彼らを刺激し、彼らが討論を押さえつけることを助けることで、彼らの行動が今度は自分の発言に恐怖に裏打ちされた力を与えていることに気づいていないわけではない。さらに悪いのは、日本の現首相も来月の総裁選で後を継ぐことになりそうな安倍晋三も、日本の指導的な立場にいる穏健派の言論の自由を圧殺しようとする試みをなんら非難していないことだ。

さらに多くの脅迫の事例がある。過去数日、私は何十人もの日本の一流の学者、ジャーナリスト、官僚と話しをした。彼らの多くはあれやこれやの出来事を公にしないでくれと私に頼んだ。右翼からの暴力や嫌がらせがあるからだ。ある一流政治評論家は私に書いた。「右翼が私の書いたものを読んでさらなる嫌がらせをしようと待ち構えているのを知っている。こんな者たちのために時間や労力を浪費したくない。」

日本はナショナリズムを必要としている。しかしそれは健全なナショナリズムだ。この国の名士たちの意見表明を抑えつけるようなタカ派の金切り声のナショナリズムではない。


テロの恐怖が政治や言論の世界を覆い、政治の方向性まで決定づけてしまうとしたら恐ろしいことで、確かに座視できない問題だ。しかしこの記事には明らかな嘘と誇張がある。

政府に属する機関が発行している刊行物が政府批判を行っているとしたら自己矛盾もはなはだしいことで、税金の無駄遣いだとして批判されるのは当然だ。執筆者や編集者は、批判があるならまず政府関係者に直接進言すべきで、聞き入れられないのなら抗議の辞任をして民間の自由な立場から政府を批判するべきだ。日本ではそれが許されている。だから日本国際問題研究所(JIIA)が批判を受けて記事を取り下げたのは何も驚くべきことではない。驚くべきなのはむしろJIIAがそのような記事を載せたことのほうだ。

さらに私が驚いたのは、clemons氏が古森氏の記事を指して、
「公的人物を脅迫する右翼の活動における最新の攻撃で、言論の自由を押しつぶし市民社会を後戻りさせるよう脅かすものだ。」
と攻撃したことだ。新聞紙上での言論活動をまるで過激派のテロ行為であるかのように言う。

後半で彼は次のように若干の修正をしている。
「産経の古森は最近の行動をしでかした者たちに直接の関係はない。しかし古森は自分の言葉が彼らを刺激し、彼らが討論を押さえつけることを助けることで、彼らの行動が今度は自分の発言に恐怖に裏打ちされた力を与えていることに気づいていないわけではない。」
しかしここでもやはり、古森氏と右翼テロリストがあたかも暗黙裡の共犯関係にあるかのように論じている。Clemons氏は両者に直接の関係はないと言うが、間接的な関係も非常に薄いだろう。古森氏の思想に右翼テロリストのそれと一部共通するところがあったとしてもそれは彼の責任ではない。彼は新聞紙上で暴力や脅迫行為を教唆したわけではない。古森氏と産経新聞はこの暴論に対してClemons氏とワシントンポストに抗議して謝罪を要求すべきだ。

民間の言論機関が政府に属する組織を批判し、政府側がそれを妥当と認めて行いを正すことは民主主義が健全に機能していることの証左であり、その逆ではない。このワシントンポストの記事は“思想警察”と題されているが、それは政府が民間の思想を弾圧するための権力装置であり、Clemons氏が「最新の攻撃」としてあげた事例とはまったくの逆である。今のところ日本が思想統制社会に移行する兆しはない。

記事の中で繰り返し取り上げられているのは狂信者による暴力・脅迫事件であり、政府による思想統制とは別のものだ。彼もそのことに気づいている。だから次のように詭弁を用いて両者間に橋をかけようと試みている。
「最近のナショナリズムの台頭に勢いづけられ、1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極左活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた--そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。」
思想統制を熱望する右翼が主流に向かって移動を始めていると言いながら、何の具体的な事例も証拠も挙げていない。ただの自分勝手な印象なんだろう。主流と言うからには政治的に有力な人物の名を挙げなければいけないはずだが。

この記事には、1930年代に思想統制とテロが同時に横行したことを取り上げて両者を混同させようとしている気配がある。彼らはこのようにして嘘をつく。断片的事例を自分の書いたシナリオに合わせてつなぎ合わせる。影響力のあるアメリカの新聞だから、やがてその結論がひとり歩きを始める。


産経新聞の古森氏の記事は日本戦略研究所で読めます

ワシントンポストはまた同じ27日付で「日本の歴史問題」への反論か?でも取り上げた記事の執筆者ウィル氏による「日本の軍隊を解き放て」という記事も載せています。ウィル氏はそこで日本が憲法を改正して“普通の国”になることを支持しています。

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  1. 2006/08/29(火) 23:19:00|
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シミ付パンティ販売機

The Love Machine と題したあちらの記事です。

読者の皆さんは抱腹絶倒したり、何を言ってやがると憤慨したり、フムフムなるほどと納得したり、大忙しになりそうですから覚悟して読んでくださいね。


要点 日本の自動販売機では少女がはいたと称するパンティを売っている。

状況 真実
 
出所 少女がはいたとされる使用済み下着が日本の自動販売機で売られている。
   現在の値段は分からないが、1993年には50米ドル相当で売られていた。

そのようなことは1993年以降なくなったと読んだことがあるし、この記事の元になった記事(2001年に書かれた)もそのように伝えている。
しかしそれ以後も日本に住む多くの読者が、販売機はなくなっていないばかりか自分でも見たことがあると書いてきている。

日本は繁栄するブルセラ産業の本場であって、シミつきパンティの売買はほんの一部に過ぎない。
「ブルセラ」または「ブラセラ」はその国の女子校生に対する男の執心を表す言葉だ。
「ブル」は「ブルマー」の英語化された日本語(ジャプリッシュ)だ。「セラ」は「セイラー」の略で、水兵服を意味する。中学高校の女子の制服に多く見られるスタイルだ。
日本には数百とは行かないまでも数十のブルセラ専門誌があって、制服を着た少女がスカートをまくり上げてパンティを見せている写真を載せている。
普通そのような写真では少女の顔は隠されているが、中にはそうでないものもある。

女性を人間としてよりは性的玩具とみなす長い歴史と文化を持つ日本では、少女のような幼さと純真無垢はセクシーであると考えられている。
汚れを知らない少女性へのこのような執念のために、いい年こいた三十路の女が異性の関心をつなぎとめようとして、少女じみたクスクス笑いをしたり、、テディベアを抱きしめたりするような悲しい光景が生じるのである。
西洋社会も女性の若さに重きをおくとは言えるものの、日本では未熟さや性的に無垢であると思わせることよりも、少女のような外見のほうに執着がある。
西洋では魅力的だと思われるきれいな26歳は日本では皆からどうしょうもない年増だと見られる。

西洋の社会では成熟した態度を身につけた堅固で若々しい体が求められる。--われわれは女性が若くあってほしいとは思うが、若い振りをしてほしいとは思わない。
西洋では十代の少女の性的魅力は、どれだけ年上のように見られるか振る舞えるかにかかっている。だから子供っぽく見えないように少しでも女らしく見えるようにと、化粧や大きく胸の開いたドレスや装身具などに気を使う。
日本では理想は正反対だ。昇る太陽の国ではセクシーとはつまるところ子供っぽいしぐさと服装であることがそれを物語っている。
それは時には高校の制服を思わせるような服装をすることにつながる。イブニングドレスを着ているときでさえ、母親の服を着て歩き回っているところを見つかった幼稚園児のように見えるように努める。
同様に、子供っぽくふくれて口をとがらせたり癇癪を起こしたりすることは性的魅力だと認められる。なぜなら、そのような仕草はからかわれた女子校生のような印象を与えるから。

ロリコン(「ロリータコンプレックス」を意味するジャプリッシュ)に支配された性文化においてブラセラフェティシズムは強固に根付く。
少女に対する欲望を性向として持つ人は、十代の少女のわいせつな写真を見たり少女が身につけたものに触れることに興味のはけ口を見出す。

金のためにブルセラ物を提供する少女は、朝学校へ行く途中にブルセラショップに立ち寄って店が用意した新しいパンティをはき、放課後同じ店でそれを脱いでじぶんのものにはき替える。
少女はまた、自分のはき古した下着をその人のために脱ぐことでも利益を得る。一般的に言って、物が使い古されているほど高値で取引される。
ブルセラ物を扱う店ではまた少女が着た制服も販売している。

少女がはいたとして売られているものがすべて本当にそうだという保証はない。そんな些細なことは詮索されない。ボディチェックされることはない。
しかし、使用済み下着の少なくともいくらかは十代の少女から来ていることは確かだ。だからこの「日本の女子校生の下着」物語は作り話などではない。

日本には西洋社会から見れば異常だと見えるものを販売機で売る伝統がある。いかにも自販機で売っていそうなもののほかにも、ポルノ雑誌、使い捨てカメラ、新品のパンスト、星占いなど多くのものが当たり前のように自販機で売られている。

そのような販売機の利点は便利であることがひとつだが、プライバシーの心配もまたマニアにとっては重要な点だ。店でコンドームを買えばレジで精算して店員に袋に入れてもらわなければならないが、自販機なら恥ずかしい思いをすることもない。
同様に、「ピンクビデオ」(西洋でいうところの「ブルームービー」)を誰にも見られずに購入できれば、顔を赤らめるような経験をせずに済む。

そんなわけで、「女子校生パンティ」販売機を待ち望む市場があった。そのようなものを手に入れようとする人は、自分の欲望を満たすためにブルセラショップに突入するという勇気を持たないのであるから。
このような機械による販売は、千葉市(千葉県)のポルノ雑誌やアダルトビデオ販売機があることで知られる地区で1993年に出現した。
ほとんど即座に抗議の声が上がったが、それらを撤去させるには問題があった。他の種類のものを扱うには免許が必要とされが、シミ付下着を規制するための法律はなかったのである。そんなものが取引される可能性を誰も予測できなかったので。
それらに立ち向かうために適用されうる特別の法令がなかったという意味で、これらの販売機は法律の枠外に存在した。

解決策は奇妙に聞こえるほど独創的だった。
骨董品や中古品を扱う業者は自治体から許可を受けなければならないという法律である古物営業法を適用することによって販売機は排除されたのである。
1993年、3人の経営者がこの法令に基づく許可を得ずに使用済みパンティを販売したかどで告発された。
これでこの日からこのような販売機は姿を消したはずだが、この記事の最初で触れたように、数多くの読者が販売機はまだあると書いてきている。

バーバラ“私にあなたのお尻を売って”ミケルソン


ウーム、ミケルソンさんは、
すべての日本女性はナンチャッテ女子高生である
と喝破したんですね。 


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  1. 2006/08/17(木) 19:14:43|
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