日中関係は1970年代以来最悪の状態にある。小泉純一郎首相がこの11月に組織した内閣でタカ派が継続的に台頭していることが確認された。そのことで日本の対中関係の早急な改善は望めなくなった。それでも、東京と北京の関係は、資本主義と地政学、統合と葛藤の地球的均衡に確実に影響する。「日本はアジアを遠ざけた。」とヒューゴ レストールは言う。「日本は孤立した。」とドイツ安全保障問題研究所の クリストフ バートラムも声を合わせる。日本ウォッチャーたちは事態悪化を日本のせいだと非難し、日本の対中政策を愚か、挑発的、独善的、不当だと評している。中国政府の公式声明も同じような調子だ。共産党の新聞チャイナデイリーは日本の軍事的膨張主義復活と軍国主義の過去についての罪の意識の欠如について鋭く述べた。北京上海そして全中国での街頭デモは中国人の不安の深さを証明した。
そしてそれはもはや官製デモではない。日本の“唯一の友人”アメリカにも日本の東北アジアでの疎外に関する懸念がある。長年日米同盟を激賞してきたワシントンは苛立ちをあらわにし始めた。アメリカは孤立して行き詰まった日本を心配している。そして世界は日本と中国のナショナリズムの衝突を心配している。しかし日本国内では、日本が国粋主義的軍国主義的タカ派的挑発的と見られているという意識がほとんどない。
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[日本は普通の国になるべきだという]普通化論者の欲する自己像が隣国と摩擦を起こそうと、彼らの自国向けの発言が外国で非常に違って受け取られようと、彼らは気にとめていないようだ。我々はじきに外交の失われた十年の話を聞くようになるだろう。しかし、日本が東北アジアの中で孤立し、疎外されるにつれ、そしてその孤立が国家的損失であることが明らかになるにつれ、政治における穏健派が表に出てくるだろう。
批判者は、小泉の靖国に対する姿勢に、過去のアジアにおける帝国主義的侵略への悔恨の念がないと見ている。そしてそれには日本は長年沈黙を保ってきた。日本の第二次大戦の記憶は選択的に戦争の最後の一年半に焦点を当ててきた。体を焼き平野を焦がす日本のほとんどの都市へのアメリカの無差別焼夷弾爆撃と空腹−−東京では一晩に12万人近い人が死んだ。忘れられているのは日本軍が中国でやったこと、1941年の真珠湾攻撃を導いたのは1937年の日本の中国侵攻だったことだ。
日本の敗戦後、日本人を犠牲者として描く国民的物語が支配的になり、定着した。この犠牲者としての物語−−広島長崎の、戦争への大衆の恐怖と憎しみの−−は平和を求める総意を形成する。そしてそれはすべての戦争を非難する傾向がある。しかしすべての戦争を無条件に悪とする考え方は、歴史とその因果関係を無視している。ゆえに、日本人のとらえ方では、人々はアメリカの爆弾というよりも抽象的に受けとめられた戦争の犠牲者だ。この歴史に基づかないとらえ方は犠牲者としての物語ともあいまって、日本の侵略を思い出させる余地をほとんど残さなかった。これはまた、なぜこれほどまでに日本で反米感情が少ないかを説明してくれる。外国の批判者は日本人の健忘症と平和主義の交錯を謎と感じる。しかしいま、多くの論者は小泉の参拝を悪意があるととらえている。
“普通の国”論者とタカ派ナショナリストは事実上、日本からこの歴史に基づかないとらえ方を取り除こうとしている。彼らは主権国家であることと交戦権の関係を復活させ、そうして歴史を“再活性化”させることを望んでいるからだ。
かれら(日本のナショナリスト)の戦いは1945年以後の秩序に対するものだったから、彼らの思考は、主権と交戦権という言葉で定義される国家からなる1945年以前の近代世界に立ち戻る。しかし、1945年以後の日本国家は多くの点でポストモダン[近代の次に来るもの]になった。主権は分割可能で、他者と共有されるべきものだ。存在理由はもはや交戦権には関係しなくなった。この日本はヨーロッパにはぴたりと合う。しかしアジアでの国際関係はまだ疑いもなく近代だ。“普通の国”論者はアジアをポストモダンに向けて動かそうと具体的な努力をするのではなく、日本をアジアのやり方に合わせて近代へ戻そうとする傾向がある。そしてこれが皮肉にも中国との摩擦の原因だ。

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