日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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荒木由美子が中国のテレビに(2)

これは荒木由美子が中国のテレビに(1)のつづきです。

それでは6分28秒のところから。

司会者:「このテレビドラマが中国で放送された当時は、街から人がいなくなるような感じだったんですが〔みなが家のテレビにかじりつくので=訳者注〕、今日は我々のところに、このドラマから少なからぬ影響を受けた方々に来ていただいています。話を聞きたいですか。」

荒木:「そうですねえ。」

女性:「私は張桐といいます。重慶テレビ局の『記録重慶』という番組の司会をやってます。私がこの道に進んだのは、ある意味で、小鹿純子が私の人生を変えたと言わねばなりません。
というのは、なんと言いましょうか、小鹿純子が放送されていた当時、つまり『排球女将』が放送されていた当時、私はちょうど高校一年になった時で、両親は私にこのドラマをあまり見させてくれませんでした。
私は放送学院のアナウンス科の試験を受けようと決めました。合格した後テレビ局に入りました。
当時は、テレビ局に入ったら『排球女将』を好きなだけ見られるという幼稚な考えがありました。今日はこの夢がかないました。すごくすごく感激しています。」

司会者:「日本語の歌を歌うのがお上手だそうですね。」

張桐:「小鹿純子の三つの挿入歌をすべて歌えます。」

荒木:「わあすごい。」

張桐、歌を歌う。

荒木:「すごーい」

張桐:「ありがとうございます。」

荒木:「あーすごーい」


別の女性:「私は南京から来た視聴者です。あなたがテレビで演じた小鹿純子は、母親を失い、母親を探すという健気な役柄でした。私もあなたと同じで、母を亡くしました。私が今日千里の道をはるばるやってきたのは、母に代わってあなたに会うためです。」
と懸命に涙をこらえる。荒木ももらい泣きしそうになる。

女性:「1994年、『排球女将』または『青春の火焔』は私たちの教育放送で放送されていました。そのとき私はすでに母子家庭の子供でした。母が一人で私を育てていました。容易なことではありません。母が私を遺して逝ってしまった今、劇中の母親を想う気持ちが身をもってわかります。だから、とにかく、身近な人を亡くしたとしても、人生の中で大きな困難に直面したとしても、あなたが荒木由美子であれ小鹿純子であれ、強くあってほしいと思います。ありがとうございました。」

二人、歩み寄り握手して抱き合う。

女性:「ドラマの中で、いつも試合のときは、ラーピーと跳跳があなたを励ましていました。あなたはいつも勝ちました。現実生活のなかで、わたしはこの小精霊をあなたのために持って来ました。困難にぶち当たったとき、くじけそうなときはかれらのことを思い出してください、私たち中国の視聴者のことを思い出してください。私たちはみなあなたが好きです。永遠にあなたを支持します。」

ラーピーと跳跳とは、画面をご覧になればわかると思いますが、ウサギにつけられた名前でしょう。ラーピーは英語のラビットからきていると思われます。

この番組が始めて放送されたのは去年の12月で、私が見たのはひと月ほど前の海外向けの放送です。
この時期に中国が国営放送でこんな番組を放送した意図については考えるところもあるんですが、それはまた次の機会に。

なるほど!と思った方、ふ~んそう?と思った方も
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テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

  1. 2006/08/12(土) 01:43:24|
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  4. | コメント:0
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