日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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インド式教育ブーム

アメリカ人からよく聞かされてうんざりする日本人評のひとつに、「日本人はアジアを見下している」というのがありますが、ニューヨーク・タイムズのマーチン・ファックラーはそこに大きな変化を感じとったようで、いかにもアチラの記者らしい皮肉たっぷりの記事を書いています。

同じ記事がインターナショナル・ヘラルド・トリビューンにも掲載されていて、両者には文章表現上で若干の異同があるのですが、今回はIHTのほうから訳します。

ニューヨーク・タイムズ
優位を失い、日本人はインドの学校を羨望する

インターナショナル・ヘラルド・トリビューン
日本の新しい教育モデル : インド

三鷹、日本 景気は上向いてきたものの、日本は、インドと中国という勃興するアジアのライバルと競争する能力について、最近危機感に取りつかれている。その結果として、流行に取り付かれやすいこの国で、インド式教育がはやりになってきた。

このちょっとしたインドブームは、かつては国際的なテストでトップランクに位置する生徒を輩出したこの国の学校や施設について多くの日本人が感じている不安感を反映している。今ではインドを見習おうという人が多い。インドは多くの日本人が興隆する教育大国だと見ている。

本屋は「究極のインド数学ドリル」とか「インド人の知られざる秘密」のような題の本であふれかえっている。新聞は、日本の小学生にとっての標準である九九をはるかに越えた掛け算を覚えているインドの子供について伝えている。そして日本のインド人インターナショナルスクールは、日本人家庭からの入学申し込みが急増している。

リトルエンジジェルス イングリッシュアカデミー & インターナショナル・キンダーガーテンでは、教科書はインドのもので、ほとんどの教師は南アジア人で、教室の掲示物には、羽で飾られたターバンを巻いて踊る象のような、インドの伝説上の動物が描かれている。幼稚園児は、インド国旗の色である緑と濃黄色を使ってインド地図に色を塗ることまでする。

リトルエンジェルスは東京郊外の三鷹にある。45人のうちインド人は一人だけで、ほとんどは日本人だ。

ほかのアジアの国を教育における手本と見る考え方など、数年前は聞いたこともなかったと教育の専門家や歴史家は言う。

日本人の多くは、自国がアジアで最も進んだ国であることを誇り、長年アジアを見下してきた。実際、日本は100年以上にわたってアジアで優位に立ってきた。最初は帝国主義大国として、そして最近はアジアで最初に欧米並みの経済発展を果たした国として。

しかし近年では、インドと中国の後ろで影が薄くなっているのではないかという不安がますます高まっている。インドと中国は急速に経済的重みを増し、洗練されてきている。日本政府は日本の技術的優位を保ち、軍事力を強化しようと努めてきた。しかし、日本人は従来の近隣諸国への無関心を改めざるを得なくなった。

思いがけなくも、日本は、しぶしぶながら、新しい敬意の念を示し始めた。

「今まで、日本人は中国とインドを遅れた貧しい国だと見なしていました。」と村井吉敬
上智大学アジア学教授は言う。「日本が自信を失うのにつれ、アジアに対する態度は変わりつつあります。インドと中国を、何か取り入れるべき物がある国だと見なし始めています。」

教育においては、見たところ日本人の関心は、国際的なテストでアジアの競争相手に如何に引けをとったかにちょうど比例して高まっているようだ。先月、数学能力についての国際調査で日本は2000年の一位から台湾・香港・韓国よりも下位の10位に落ちたというOECDの発表を受けて、驚きの悲鳴があがった。

日本は理科では2000年の2位から6位に落ちた。

中国が政治経済おける挑戦者だという懸念をかきたてている中、インドは教育の分野でのもっと好ましいライバルとして現れた。これはある程度、中国製品が安物で、技術の模倣者だという日本でのイメージが関係している。それに対してインドは、日本が食い込めなかったソフトウェア開発やインターネットビジネス、知識集約産業で成功したことで、羨望をかきたてずにおかない。

多くの日本人が悔しい思いをしているのは、今彼らが賞賛しているインド教育とは、かつて日本が勤勉と規律で名声を博したものとほとんど同じだからだ。すなわち、早い年齢から多くを学習すること、丸暗記と詰め込み教育への重度の依存、特に数学と理科における基礎重視だ。

インドの教育は子供に多くのことを要求するが、それはリトルエンジェルス・キンダーガーテンで見て取れる。だからこそ人気があるのだ。そこの生徒は2歳で20まで数えるよう教えられ、3歳でコンピューターの手ほどきを受け、5歳では掛け算をおぼえ、文章問題を解き、英語で1ページの作文をする。それは日本のほとんどの学校では2年生になるまで教えない。

日本人が落ちる一方の競争力について心配していることは、まさに、20年前に日本が経済的に成り上がっていた頃の他の国のあせりを思わせる。

「日本がインドの教育から学ぶことに関心を持つのは、アメリカが日本の教育から学ぶことに関心を持つこととよく似ています。」と岡本薫政策研究大学院大学教授は言う。

日本では新しいことは大抵そうだが、インド式教育への関心は誰もが追随する社会的流行になった。

インド式教育は、トークショーから教育に関する会議まで、公共の場でよく話題に上る。大衆向けの本は、二桁以上の数字の掛け算割り算を解くインド人の秘訣をあかすと謳う。

保守的なことで悪名高い日本の文部科学省までが、インド式教授法を検討し始めたと文科省国際課のタカイ・ジュンは言った。

熱心な親は、子供を日本に五・六校あるインド人学校へやろうと試みる。競争の激しい大学入試で有利になるだろうと思うからだ。

東京には、主にインド人滞在者向けの、幼稚園から中学までのインド人学校の大きなものが二つあるが、去年から日本人の親からの問い合わせが急増している。

グローバル インディアン スクールは、今は200人の生徒のうち20人が日本人で、インド人と日本人の親たちの要求が高いので、近くの横浜市に第二キャンパスを建設中だと言う。

もうひとつ、インディア インターナショナル スクール イン ジャパンは生徒を170人に増やしたばかりで、そのうちの10人は日本人だ。また増やす計画をしている。

「日本人の親ごさんには非常に非常にか興味を持っています。」とインディア インターナショナル スクールの Nirmal Jain 校長は言う。

ブームは、多くの日本人が他のアジア人に対して少しは寛容になるという副次的効果を生んだ。

リトルエンジェルス スクールの創設者である Jeevarani Angelina は、元インド チェンナイの石油会社の役員で、1990年に夫とともに日本に来たが、最初はインド女性が学校を始めるために土地を借りようとしても、地主を説き伏せるのが難しかったという。しかし今では、彼女と3人のフルタイムの教師が非日本人のアジア人だということがこの学校のセールスポイントだ。

「私が始めたときは、コーケイジアン《いわゆる白人=訳者注》ではないアジア人が教える英語《を教授言語として使う》学校は初めてでした。」と彼女は、古くからあったアメリカ系とヨーロッパ系のインターナショナルスクールを引き合いに出して言った。

他のインド人学校と違ってリトルエンジェルスは、彼女が自分の息子を日本の幼稚園に通わせたときに感じた欠点を補うために、第一に日本人の子供を対象としているとAngelina は言う。

「インド式教育ブームが始まったときに始められたのはラッキーでした。」と50歳のAngelina は言う。彼女は Rani Sanku と名乗っている。そのほうが日本人が発音しやすいからだ。( Sanku は夫のファミリーネーム。)

Angelina は、グループ活動を増やし、丸暗記を減らし、インドの歴史を省くなどして日本式のカリキュラムを採用した。彼女は、幼稚園の成功に意を強くして、今年インド式小学校の開設を計画している。

親たちは学校が厳しい規範をとることを熱望している。

「うちの息子は同じ年のほかの日本人の子よりもレベルが高いんです。」とキクタケ エイコは言う。「インド式教育はほんとにすごいです! こんなことは日本の幼稚園ではとてもできません。」

インディア インターナショナル スクール イン ジャパンのサイトがありました。表紙は子供たちが日印両国の国旗を振る前を安倍夫妻とマンモハン・シン首相が並んで歩いているところです。

日本人に興味を持っているということは、つまり入学させたいということなんでしょうけど、日本語のページはないようです。インドのカリキュラムを使って教えるから、インドに帰ったときも困らないとか、インド人向けのことしか書いてありませんし。

リトルエンジェルスの方は第一に日本人を対象としていると言うだけあって、日本語のサイトがあります。この幼稚園はテレビで何度も取り上げられたようで、 International Herald Tribune The Asahi Shimbun でも一度記事にしています。

なんだかこの幼稚園の宣伝みたいになってしまいましたからバランスをとっておきましょう。

日本人が子供をインド人学校に入れたがるのは、英語を身につけさせたいということが大きいんでしょうが、インド人は訛りがきついですよ。それがインドでの標準英語として流通していて、彼らは改める必要を感じていませんからね。イギリスに留学したインド人がインドに帰ってきてイギリス英語を話したら白い眼で見られたという話があるくらいで。

何も英米人が話す英語だけが英語じゃない、それぞれが自分の訛りで堂々と話せばいいという考え方もありますが、日本人がインド人訛りを覚えるのも如何なものでしょうか。

まあそんなことは小さなことです。一番大きな問題だと思うのは、インディアンスクールにしろアメリカンスクールにしろ、子供を外国人学校に入れたがる親というのは、自分の子供をいったい何人にしたいのかということです。

外国人学校でも日本語を教科として教えてはいるのでしょうが、それだけで足りるものではありません。普通の日本人が学校の理科や社会で学んでいること、それらはすべて日本語の勉強でもあります。それを通じて、たとえば「細胞」とか「需要と供給」などの言葉を覚えていくのです。ですから、理科や社会を英語で学んだならば、日常会話を超えた少しでも抽象的なことになると英語でしか考えられない人間になるでしょう。自分で努力して読書なり勉強なりすることなしに、日本でまともな社会生活がおくれるとは思えません。かといって英語も完璧にはならないし、ひどく宙ぶらりんな人間になると思いますね。

最後に個人的な感想をひとこと。だいぶ昔のことですが、香港の、インド人が多く住んでいることで有名な雑居ビル(チョンキンマンション)のエレベータでインド系らしい女性が自分の子供に「ワンツースリー・・・」と英語で数を数えさせていました。自分の母語ではなく、地元の人が話す広東語でもない言葉を幼児に覚えさせようと懸命になっている親というのはなんだか哀しいなあと思いました。


マーチン・ファックラーのものの見方についても言いたいことはあるんですが、次にします。


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テーマ:子供の教育 - ジャンル:学校・教育

  1. 2008/01/04(金) 20:28:34|
  2. 日本社会
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

語学に関して言えば、母国語以上に上手には外国語を話せないと思います。
なのでまず日本語をしっかり学ぶことが重要でしょう。
  1. 2008/01/06(日) 16:56:40 |
  2. URL |
  3. ホンロン #mQop/nM.
  4. [ 編集]

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