日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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「日本の心の危機」

前回に続いてニューヨーク・タイムズ、今回はオピニオンの欄に掲載された玉本偉(たまもとまさる)による論説です。

日本の心の危機
ニューヨーク・タイムズ

インターナショナル・ヘラルド・トリビューンにも同じ記事があります。
日本の心の危機

最近の出来事は日本の国際舞台への復帰を示す。少なくともそのように見える。東京はヒラリー・クリントン国務長官の就任以来の最初の外遊先だった。先週、麻生太郎はオバマのホワイトハウスを訪問した最初の外国指導者になった。ワシントンが世界第二の経済大国である日本を有力な国家だと見なしていることがうかがえる。我々が自分でそう思いさえすれば。

実のところは、日本は窮地にある。麻生の支持率は最近11%に落ち込み、彼の与党自民党の混乱は誰の目にも明らかだ。前の首相も一年余りしか持たなかった。野党の民主党も似たり寄ったりだ。

これは多分に日本が官僚国家になったことによる。国家の政策として通るのは諸官庁の利権の総和で、周到にガードされた縄張りと予算とともに、お互いに矛盾しているか過剰であることが多い。

閑古鳥のなく空港を正当化することはできない。またはどこにも通じない道路。または今月のローマのG7の会合で酔っ払っているように見えた財務大臣。日本の問題はあまりに深刻で、ときには、どの政党も官僚機構を手なづけて国家的課題に立ち向かうという本来の仕事をさせることなどできないようにも見受けられる。

しかし、ほとんどの人が気づいていないのは、日本の危機は政治的なものではなく、心理的なものだということだ。第二次大戦における日本の侵略とそれに続く敗戦の後、安全であることと予測可能であることが社会の目標になった。官僚は日常生活の細部を管理することで地位を高めた。日本は、終身雇用制と、安定した株式持合いに基づく企業システムと、平等で同質的な人々からなる中産階級の国になった。

保守派の学者は、この平等と同質性が“日本の”伝統の根幹だと好んで言う。馬鹿らしい。日本には、歴史の大部分において、社会的階層分化と、富と特権の大きな不平等があった。“平等社会”日本は1970年代の産物だ。それは、累進課税、富の再分配、補助金、競争阻害的な規制によってもたらされた。

1990年代の資産価格バブル破裂までは、これらはすべてうまく機能しているように見えた。今日、殻に閉じこもった日本人は、誰もが同じように不幸だと知ることで満足しているようだ。

19世紀中葉以来、日本は外部の手本を選んで真似ることで経済的に成功してきた。社会保障の手本はビスマルクのドイツで、国家計画はソ連で、公共工事はテネシー川流域開発公社で、自動車の組み立て製造はフォードだ。

日本の技術革新はほとんど、他人が考え出したことを完成させることによってなされた。ソニーはウォークマンで有名だが、テープレコーダーを発明したわけではない。日本の経済大国への興隆は、基本的には欧米へのキャッチアップゲームだ。

で、キャッチアップした後はどうなったか。その答えは、過去20年間の麻痺状態だ。外部の手本を真似るという日本の能力が進歩だと誤解された。しかし、望ましい未来のあり方を追求することが進歩だとするなら、日本人は少しも進歩しなかった。我々が得たのは秩序と配置の概念であり、それは本質的には停滞だ。

それに対して欧米では、進歩の意義は個人の自立と自由を確立することにある。日本では、官僚支配は安全保障と予測可能性を提供した - 個人の自由と引き換えに。

問題は、日本の現在の指導者たちが約束を守れないことだ。雇用の安全はもはや保証されない。国民年金と健康保険は長い目で見れば支払い不能のようだ。人々は不安全と不自由を同時に感じている。

絶望はいたるところで見て取れる。日本は豊かな国の中では自殺率が最も高い。“ヒキコモリ”が100万人もいる。何年もずっと自分の部屋に閉じこもっている十代から四十代までの人たち。

それに“パラサイト・シングル”‐‐親と同居している独身の大人。しかし今のところ我々の最も深刻な問題は人口の減少と老齢化だ。今の趨勢でいけば、総人口は50年以内に1億3千万近辺から9千万まで減少する。そのときには、40%の日本人は65歳以上である可能性がある。

もし我々が国家として存続することを望むなら、我々に深く根ざした移民への抵抗感を捨てねばならなない。日本を“純粋”に保とうとする広くいきわたった執着とは逆に、我々はどうしても血をうすめる必要があるのだ。老齢化する日本は、何百万もの大学教育を受けた中産階級の移民が必要だろう。
根を下ろし、家族を養う、その人たちの誇りと成功が新しい日本の価値を確かなものにする。

日本はなんとしても変わらなければならない。それはリスクがいる。リスクをとることは官僚統制にはなじまない。日本のビーチでは「自分のリスクで泳ぐこと。救護要員不在」という表示は見かけない。

このようなリスク回避の行き着くところが保護主義と鎖国政策だ。たとえば、農水省は食糧を自給したがっている。日本のマスコミには批判的考え方も反対する者もほとんどない。

それでも、よかれあしかれ、日本人が歴史時代を通じてリスクを恐れてきたということではない。真珠湾を忘れるな? 実際、日本の受動的な姿勢は、大部分、第二次大戦中の行為に対する計算された理性的な反応だ。しかし今日では、安心安全に重きを置くのはとうに賞味期限を過ぎている。

もう外部には真似るべき手本はない。革新と大志と躍動を土台にした進歩という考え方で、ゼロからはじめなければならない。それはリスク ‐ それと並々ならぬ指導力を要する。しかしそうしなければ、これからも衰退の道を転げ落ち続けることになるだろう。


ほとんど堺屋太一の受け売りのような文章ですが、堺屋さんが日本の国家と社会のあり方に主な関心を
向けているのに対して、こちらの玉本さんのほうは、「日本の問題は心理的なものだ」といっているように、日本人の心の持ち方に関心があるようです。

主張の内容については大体において賛成で、わが意を得たりと感じるところも多いのですが、どうにも鼻につくのは、日本人を上から見下ろしたようなところです。

この論説の英語の原文では「日本」や「日本人」をさす言葉として「we」と「our」を多用しています。あまりに多すぎて、日本語としては不自然になるので、訳文では「日本人」に変えたところが多いのですが。

ところが不思議なことに、その「we」(我々)には、筆者自身は含まれていないようなのです。それは次の箇所で分かります。

「もし我々が国家として存続することを望むなら、我々に深く根ざした移民への抵抗感を捨てねばならなない。日本を“純粋”に保とうとする広くいきわたった執着とは逆に、我々はどうしても血をうすめる必要があるのだ。」

筆者によれば、非常に多くの日本人が日本人の血統の純粋性にこだわり、移民に対する偏見を持っているのですが、彼はそんなものはさっさと捨ててしまえと言いいます。つまりは自分はその種の執着も偏見も持っていないのです。それでもその主語は「我々」になっている、一見すると矛盾に満ちた文章です。

筆者は自分が日本人であるから、日本人を指して「我々」と言うのでしょうが、その観点は、意識的にか無意識的にか、欧米人に近いものがあります。そして、「それに対して欧米では、進歩の意義は個人の自立と自由を確立することにある。」と書くように、欧米のほうが優れているという前提があるために、日本人を見下した感じが出てしまうんです。

前回のオーニシの記事と同じで、そんなところがニューヨークタイムズの好みに合うんでしょう。最近の報道によれば、NYTは経営の危機に瀕しているようです。ニューヨークと言えば金融危機の震源地です。厳然として存在するリスクを、革新的な技術である金融工学を駆使すれば回避できると人をたぶらかして、他人の金で博打にのめりこんで大損した挙句の大不況の真っ只中にあるわけですが、そんな読者たちの憂さを晴らすべく、ささやかななぐさみを提供することで、少しでも部数を伸ばそうというさもしい魂胆でしょうか。

玉本偉の観点が欧米人に近いというのは、日本人は血統の純粋性にこだわるという欧米人によく見られる偏見を持っていることからも言えます。
(関連記事「金正日と「ヒロヒト」)
http://nippyo.blog57.fc2.com/blog-entry-52.html

日本人で移民受け入れに反対する人が多いのは、一にも二にも、治安悪化に対する危惧からだと思います。それは単なる思い込みや偏見でもなんでもなく、事実で証明されていることです。

三番目くらいには、日本人の対人関係のあり方、社会に対する姿勢など、それらが日本製品の高品質や日本社会の良好な治安を保つのに寄与しているわけですが、その種の日本人が持つ美風が大量の移民の流入によって失われることへの懸念があって、それを称して比喩的に「日本を純粋に保とう」としていると言っているのかもしれませんが。

移民問題に対する私見を述べておきましょう。
日本は数を制限しながら徐々に外国人受け入れの方向に動いてもいいとは思います。ただし、受け入れに際しては、医師や看護師等の資格、IT関係等の技術の他に、長期ビザ申請以前の段階での日本語資格試験一級の取得を絶対の条件とすべきだと思います。

ところで、玉本偉といえばこのブログでも前に取り上げたのですが、

反日?玉本論文の内容   

自分がどんなことを書いたのか細かいことは忘れていました。こんど読み返してみて、思わずにやりとしてしまいました。彼の論説に対して、あの時もほとんど同じことを感じていたんだなあと。

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テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 2009/03/06(金) 06:24:48|
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