日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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ある「日本人」との対話 (3)

ある「日本人」との対話 (2)の続きです。


「中国人が団結心があって偉大などと考えないほうがいい。韓国人は国家に困難が生じたときは、全国民が政府に献金できる。君たち中国にそれができるかね?」

私は言葉を失った。
そうだ。彼が言うことはまったくそのとおりだ! 中国人にそれができるだろうか? みんな想像してみれば良い、あなたならできますか?

「それは語らずともよい。誰もが自分の考えがある。」

彼は例の紙に戻って地図を指して言った。

「やはり君たちに我々の大一統について紹介しよう。これが世界だ。15年後は我々日本人のものだ。」

彼は紙の上に繁体字で書いた。

「大一統」

「私たちは繁体字を使いません。すみませんがもう書かないでください。読めませんから。」

私たちは彼のやり方に非常に腹を立てた。

「問題ない。これも君たちの文化の一部だ。君たちは先祖が書いていた文字さえ捨て去った。」

彼は軽蔑したように笑った。

「わが国には計画がある。全世界が我々のアニメを見、我々のテレビドラマを見、我々の電気製品を使う。多くの人が狂ったように日本を崇拝する。中国でも少なくないだろう? 君たちが触れているのはみな表面的な文化だ。そして中国人は自分の文化に興味を持たない。いつかある日目が覚めて、身の回りの物がすべて他人の物だと気が付いて後悔したとしても遅いんだ! 」
「順調にことが運んで、いつかあるとき、君たちの国土は我々のものに変る。なぜなら君たちの多くがすでに我々の物、我々の思想を自分のものと思っているからだ。」

なんと哀しいことだろう。彼が言うことは何から何までまったくそのとおりだ。我々の身近な者の少なからずが、日本やアメリカのものに夢中になっている。哈日<日本かぶれ>、哈韓などという言葉さえできるくらいだ。ヨーロッパではビッグマックがアメリカの文化侵略だとしてボイコットの対象になった。中国の最近の調査では、中国の子供のうち47%が、マクドナルドが中国のブランドだと思っている。これはどのような結果を招くだろうか。

私は口では反論したが、心中はなんとも言えない気持ちだった。これはなんという感覚だろう? この時の気持ちを分かってもらえるだろうか。

「劣等民族はこのように自由に生きるべきではない。我々が来て君たちを救出してやる。日本には我々のような人が多い。全世界にいる。我々には組織がある。私の父親は老兵だ。我々はみな天皇を信奉している。私はアメリカや中国だけではなく、ヨーロッパにも行かなければならない。全世界に我々の日本文化と思想を宣伝するのだ。」

「もういいよ。この自大狂。」
「あなたはしきりに中国文化について語るけど、中国の文化にはあなたが学べていないことがあります。」

「ほう、なんだね? 教えてもらおうか。」

「それは人を尊重することです。あなたたち日本人が永遠に学べないことです。あなたはペコペコお辞儀をすることが尊重だと思っているでしょう? 全然違います。人を尊重できない人は、人から尊重されることもありません。」

「私は君たちを尊重する必要がない。君たちが劣等民族だからだ。」

そのとき私の中で大きな炎が燃え上がったが、表には出さなかった。中国人の度量を保ち、鬼子が我々民族全体を侮辱するのを受け入れた。粗暴なことをするのは野蛮人だ。しかし彼に対しては他に何ができるだろうか。

「早くここを立ち去れ。我慢できなくなった僕に殴られないうちに。」

「乱暴なこと言うなよ、小僧。君が私を殴れば犯罪だ。しかし私が君を殴り殺してもどうってことない。友達にそんなことがあったが、最後には安全無事に日本へ送り返されたよ。」
「相当怒ったようだな。もう話を聞かないだろう。邪魔したな。」

そう言い終ると彼は立ち去った。テーブルの上には「奉天」、「大一統」などの文字、それに走り書きだが慣れた描き方の世界地図が残っていた。

……彼が去った後、何人かの友達はみな物思いにふけった。彼が言ったのは本当にほとんど真実だった。どうしてこうなったのだろう?

その夜、空が明るくなるまで、私たちは非常に多くのことを考えぬいた。

次の日、私は教師に20分もらって、前の日に見たこと聞いたこと考えたことを技巧を交えず、内心から発するままに専門課程の同級生に語って聞かせた。私は演壇に上がった時に決めた: 私には人を変える権利はないが、人に話すことはできる、我々に非常に近いこと、我々が警戒しなければならないこと、あることは我々にはできないが、あることは我々が必ず成さねばならない!!!

次の年、韓国の青年が日本領事館前で“指を切って志を明らかにした”。事の後韓国青年が指を包んで苦痛する写真を見て、心中で心からの敬意を発した。

同じ年、中国の意気地のない女優が日本軍旗で作った服を着て非難された。たぶん彼女は知らなかったのだろう、些細なことで大騒ぎしすぎると多くの人が彼女の味方になった。その後彼女を顔を見ると胸糞悪くなった。

同じ年の8月、日本の首相が靖国神社に参拝した。戦争中の衣服を着た日本の老兵を見ると、心中であの日本人が私に言った多くの話を思い出した。

同じ年の冬、王選<※>の事績を初めて見た。この“英雄”を心から支持する。私にとって彼女は英雄だ。日本がかつて中国に何をしたか、当時日本語科が日本週間を挙行したが、私はさまざまな感情が入り混じった思いがした。彼らの宣伝材料はすべて日本がどんなに良いかを言うものだ。(中略)
彼らは名前を書くにも日本語で書く<ひらがな?> 、心中さらに腹が立った。日本に媚びるために日本語を学ぶ人がいるのか? 私は大勢の面前ですべての宣伝材料を破り捨てた。--君らが夢中になるのはいいが、人をそそのかすのは許さない!!!

2002年夏、私は瀋陽に行って9.18<柳条湖事件(満州事変の発端)=注>記念館を参観した。日本兵が着ていた軍装を間近に見たとき、私は心で泣いた。本当にそれを取り出して焼いてしまいたかった。それを見て思った、数十年前これを着た者がやったことは何だ?? まったくたえられない!!!

記念館を出るとき、備え付けのノートに多くのことを書いた。2ページにもなる。しかし思う、いくら多く書いても私の心情を表現することはできない、それはまさに苦痛だ! いつか金持ちになったら、絶対に9.18記念館に寄付をする、もっと多くの若者が見れるように、もっと多くの人が忘れることのできない歴史を知ることができるように!!!

また九・一八がやって来た。この日私は実家にいる。大連、瀋陽、ハルピン、長春すべての自動車は二十二時に一分間クラクションを鳴らす。東北のすべての汽車も警笛を鳴らす。汽笛を聞くときどんな気持ちになるか? それは一種の咆哮だ! 過去の一切の不当への咆哮だ! ―このとき私は涙を流す!!!― 一種の無名の熱涙だ!!!


<※>王選女史についてはこちらで読めます。


日本侵略軍細菌戦を訴える中国人女性、王選さんー3

この8年間、王選さんは自費で中国国内半分以上の地域を実地調査する一方、中国と日本を頻繁に往来して、細菌戦の証拠を一生懸命探しています。また、彼女は講演や座談会などを通して、何度も細菌戦の真相を語り続けています。



あとまだ「p.s.後記」というのがあります。

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  1. 2006/11/18(土) 04:41:48|
  2. ある「日本人」との対話
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