日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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日本の核武装?心配するな

アジアタイムズより


日本の核武装?心配するな

深呼吸して。私の後に繰り返して。「日本は核兵器を開発しない」 繰り返し。安心した?

確かに、伝えられる北朝鮮の核実験は地域安全保障秩序への打撃だ。それは外交の苦い敗北だ。そして確かに、日本人(そして中国人、アメリカ人、韓国人その他)はその影響について懸念している。しかし日本が核兵器を開発するという危惧-想定?-はまったくの幻想だ。核の選択は、それが取り除くよりもさらに多くの不安定と危険性をもたらす、最後の絶望的な手段だということを日本人は理解している。

なるほど、北朝鮮の実験は日本の国家安全保障計画を複雑化し、人々の不安をかきたて、保守派やナショナリストがより強固な防衛体制を要求するための十分な材料を提供する。安倍晋三首相らは憲法改定の必要性を説くためにそれを引き合いに出すだろう。10年以上前、当時の羽田孜首相は日本は核兵器を保有する能力があると認めた。

しかし、能力だけがその国の安全保障政策を決めるのではない。意図はもっと重要だ。日本は依然として核兵器を開発する意志を欠いている。そしてそれにはもっともな理由がある。おそらくもっとも強力なのは日本の核タブーだろう。第二次大戦の記憶は人々の意識の中でまだ強く、日本の大衆には独自の核兵器能力を開発することへの強いアレルギーがある。(もうすぐこの問題についての世論調査があるだろう。質問の言葉遣いに注意)

重要なのは、日本の安全保障政策立案者が、核兵器は状況を不安定化させ、日本の安全を脅かすと考えていることだ。日本の核武装は世界の核不拡散の秩序を損ない、近隣諸国間の不信感を生み、戦略的意図について同盟諸国に疑問を持たせる。

これは最近核の選択肢を国として研究するように呼びかけた中曽根康弘前首相を駆り立てた論理だ。彼はその道を支持していない-最優先事項は非核国家であり続けることで、二番目が核不拡散条約(NPT) の下での体制を強化することだと彼は説明した。しかしこの問題について国民的に議論するのはよいことだと彼は理解している。それは安全で信頼に足る安全保障政策の基礎を築き、その政策を実行するのに必要な合意を得るための助けになるだろう。

日本人は北朝鮮の核兵器が安全保障状況をどう変えたかを問わなければならない。それは新しい波紋を付け加えたが、北朝鮮の核が本質的にどう状況を変質させるかを見通すのは難しい。アメリカの核の傘は機能している。そして、核抑止力が、世界を何度も破壊できるほどの武器を持ったソ連に対して有効だったのに、ちっぽけな武器しか持たない北朝鮮に対してなぜ有効でないのかはっきりしない。

実際、日本は核の選択肢についてすでに研究している。1960年代、佐藤内閣はその可能性を検証し、アメリカの核の傘を確保するために、その道に進むという意志を利用した。〔 アメリカが核の傘を提供しないのなら、自前の核を持つ用意があることを示した=訳者注 〕30年後、最初の朝鮮の核危機のあと日本の防衛庁の要請でなされた研究は、日本の核武装はほとんど意味を成さないと結論づけた。

それは国のイメージを損ない、NPTを無力化し、地域内の他の国の対抗手段(核開発を含む)を誘発し、おそらくアメリカとの同盟関係を脅かし(日本が自国で防衛できるのにアメリカがかかわる必要があるのかという疑問が持ち上がることで)、そしてそれと引き換えに日本にごくわずかな安全保障しかもたらさない。日本はあまりに小さく、人口が密集している。どの国の攻撃に対しても脆弱だ。

その論理は変わっていない。核兵器は日本に防衛能力を付加しないばかりか、安全保障権益の中核に深刻な損傷を与える。立派なことに、日本人はそのことがわかっている。ちょうど、、今週はじめ、安倍が「核武装は我々の選択肢のうちにないという政策を変えるつもりはない。我々の非核原則に変更はない。我々は平和的外交的手段での解決を追求したい。」と国会の委員会で説明したように。

唯一予測のつかないのが日本の安全保障へのアメリカの関与だ。もし日本政府がアメリカがぐらついていると感じたなら、自前の核が意味を持つだろう。したがって、北朝鮮の実験後のつのる不安への解答は、同盟を強化する努力-双方の政府による-を続けることだ。立派なことに彼らはそうしている。


日本の核武装って、深呼吸して安心させなければならないほど恐いことなんですかね。

この記事の目的は日本の国内状況を外国人に知らせて安心させることにありますが、もうひとつ、日本人に核を持たないほうがいいぞと説き聞かせる意図があると考えるのはうがちすぎでしょうか。


自民党の中川昭一政調会長は核兵器の保有について大いに議論しなければならないと述べましたが、そのとおりだと思います。その際に重要なのは利害得失を冷静に分析することであり、避けるべきは「日本は唯一の被爆国だから」などという情緒論だと思います。

それにしても、「議論すべきだ」と言う人はいますが、「保有すべきだ」と主張する有力な政治家はいませんね。中韓に北朝鮮制裁に本腰を入れさせるためにも、そういう人が出てきてもいいと思うんですが。




話は変わって、コメント欄にも書きましたが、「オクシデンタリズム」というオーストラリア人のブログから引いておきます。原文も日本語です。


最初ブログを始めた頃は多くの英語圏の韓国ブログの読者(ブログのライターも)が韓国側の独島(正式の名称は竹島)の主張や「日帝時代の略奪」の主張やいわゆる慰安婦問題の主張に関して完全に信ずるし、韓国が被害者であり、日本の方が反省も謝罪も賠償もしない悪魔のようなとんでもない国という意見が一般だったと言っても大げさではありません。

しかし最近、ブログの世の中は変わりつつあります。オクシデンタリズムから普及された情報によって英語圏のブログ読者やブログライターが責任を持って、無条件に韓国側の主張を信じないようになりました。このような傾向があって、自分で言いますが、オクシデンタリズムはこの肝心な情報を普及させる機関であります。


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テーマ:戦争・原爆 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/10/19(木) 06:05:25|
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