日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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香港人がこじ開けた日本人の脳(2)

この本は山本五十六について2章を割いています。最初の章は「山本五十六はどんな性格特色があったか?」で、彼が賭け事と女遊びを非常に好んだことを書いています。挿絵は、戦火の上を飛ぶ日本軍機が爆弾の代わりに旭日旗が描かれたさいころを落としているところです。

その次の章。



Image10_resize.jpg山本五十六は日本の軍人で、日本軍による真珠湾だまし討ちの計画者だ。山本はまた博徒であり、生涯賭博を好んだ。

のち、日本軍は戦敗を重ね、戦局はどうにもならなくなった。彼は視察飛行中に米軍機に撃墜され、戦死した。

これはおそらく彼の自殺計画の一部だ。日本軍の作戦期間中、本来はきわめて厳格に通信を制御している。すべての無線電報はたとえ暗号であっても安全でないことは明らかだ。いつでも読み取られている可能性があるため、重大機密は絶対に電報を使用しない。

事実上、当時の日本軍の暗号はすでに解読されていた。山本の軍事陣地視察の行程は最高機密だ。しかし日本軍は事前に無線通信を多用し、知ってか知らずか米軍に情報を探知されていた。

山本の潜在意識の中で自殺の動機ははっきりしている。ナポレオン失敗後の心理を彼と比べてみれば、完全に異なる心理を見て取ることができる。奮闘と賭博は異なる。



彼がかぶっている帽子、中国の映画やテレビに出てくる日本兵がかぶっているやつじゃありませんか。海軍大将の山本五十六がそんな帽子をかぶっているわけがないじゃないですか。と、そんなことはどうでもいいんですが、この挿絵はちょっとインパクトありすぎ。



Image8_resize.jpg日本のサラリーマンはなぜ家に帰りたがらないか。

日本のサラリーマンは仕事が終わっても家に帰らないことが習慣になっている。彼らは書店やゲームセンターやパチンコ店やバーなどで遊興にふけり、深夜になってようやく家に帰る。

これはすでにひとつの風潮になっている。なぜなら、帰宅が遅いと、隣近所は彼らが非常に重要な仕事をしていると思って一目置いてくれる。毎日退勤後すぐに帰宅して家でぶらぶらしていると、ただの平社員だとみなされて馬鹿にされる。

以上が日本経営管理学者ウィリアム オーウチの報道だ。

非常に多くの青年がおそらくこのようにして欺瞞心理を身につけている。自分のイメージを偽りの上に築く。見栄っ張りだ。このような錯覚を持つ人は極めて大きなストレスを受ける。無意味なイメージを作るために時間を浪費している。

見た目だけを気にして実質を顧みない、そこには真の進歩がない。

このように、李察という人は日本人の習慣などを針小棒大に取り上げてけなすことで溜飲を下げているわけですが、日本の経済発展とそれをもたらした制度、政策、国民の意識のあり方などだけは称賛しています。

「日本経済繁栄の本当の原因は何か」という章では、経済学者のミルトン フリードマンがインドと日本を比較していることを引いて、インドの統制経済政策がインドの貧困をもたらし、日本の自由経済政策が日本の繁栄をもたらしたと論じています。
(この本は発行が古いらしくて、最近のインドの経済自由化と高成長が視野に入っていません。)

そんな主旨のところをひとつ。


誠実とリスクはどんな関係にあるか?

日本のある航空会社の航空機が、滑走路から2.5マイル離れたところのサンフランシスコ湾に落ちた。機長は落ち着いて完全な三点式着水を行った。水深は10フィートしかなかったが、機体に損傷はなかった。

事情聴取のとき、取調官が機長に何が起こったのかを聞いた。自己弁護するだろうと予想していたが、、意外にも彼は率直に認めた。「私が招いた事故です。」このことで本来は複雑な調査が容易になった。皆、彼が日本に帰った後解職されるだろうと思ったが、違った。彼は変わらずに仕事を続けている。

Peter Senge は新著 The Fifth Discipline で別の角度からこの問題を観察している。日本航空の上司が機長を解雇しなかったのは一種の寛容の表現だったと彼はみなす。このような寛容はリスクの一部分だ。人に仕事を任せるということはリスクの要素がある。寛容になれなければリスクを引き受けることができない。必要なのは誠実さだ。誠実さは危険のある仕事をさらに有利に発展させることができる。誠実は勇気だからだ。


機長の行動は立派ですが、美意識の問題でもありますね。また、彼と上司のこのような行動は、、こちらでも説明できます。↓

過去ログ「戦場にかける橋」における投影性同一視 より

彼らは自分の過失を絶対に認めようとしない。
レストランの従業員が皿を割ってしまった場合でも、「この皿は今日割れる運命にあった。」などという責任逃れを平気で言う。
謝ると言うことは自分の過失を認めることであって、損失に対する全責任を負わなければならないことを意味するすることが背景にある。
日本では事情が違う。
さらを割ったくらいで弁償させられることはないだろうが、謝らなければ自分の心証を悪くして却って不利益をこうむる場合がある。


日本人からすればたいしたことではないんですが、アメリカ人や中国人にしてみれば奇異に見えるのかもしれません。


このように見てみれば、彼の中では戦争中の日本軍に対する悪感情が日本人に対する印象のかなりの部分を占めていることがわかります。その一方で日本の経済的成功には学んでいこうという姿勢もある。それが平均的な香港人の日本人観とも言えるんじゃないでしょうか。

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テーマ:香港 - ジャンル:海外情報

  1. 2006/09/18(月) 04:07:07|
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