日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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中国の利益になるよう行動するニューヨークタイムズ

日本の歴史問題--ワシントンポスト のアイケンベリー論文に対する反論がインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙に掲載されました。在米大使館の北野充公使による和解は相互通行 です。こちらに解説と要約があります。そこから一部訳文を拝借しました。ここでは全文掲載。


日本の小泉純一郎首相が離任するが、彼の時代の記録は明らかだ。-経済成長への劇的な転換と、テロとの戦いにおける欧米との緊密な協調、彼の業績は国際社会から公正に称えられている。

不幸なことに、小泉の退任は“日本の歴史問題”を証明する新たな機会を批判者に提供した。第二次大戦から60年以上たって日本は中国韓国との関係を保てないという批判である。

この見解は最近プリンストン大学のG・ジョン・アイケンベリーによって表明された。彼はワシントンポストで「日本は軍国主義の過去について中国と韓国に依然として残る疑念と不満を解消できていない」と主張した。

これは一方が満足できなければ他方は間違っているとする、誤解にもとづいた観点だ。つまり、中国と韓国が苦情を言う限り、日本が悪い。

解釈の行き違いは、たとえそれが60年以上前の過去を利用することであっても、日本を守勢に立たせることで一部の国の地勢学的利益になりうる。

次に挙げるのは、“日本の歴史問題”に関する誤解とその背後にある真実である。

小泉首相の靖国参拝は、日本が軍国主義の歴史をあきらめていないことを示す。

日本が第二次大戦中に被害を与えた側であることは疑問の余地がない。しかし、日本が過去について何度も何度も悔恨と謝罪を表明してきたのも事実だ。それ以来、戦争は民主主義と人権の大切さを強調する方向で作用してきた。

靖国神社については、参拝の目的は日本の軍国主義や神社に祀られたA級戦犯を美化することではなく、二度と戦争を起こさないという誓いを新たにするためだと首相は繰り返し表明している。

その上、日本人自身も神社参拝についての意見は広く分かれている。民主主義が日本で完全に機能していることの証左だ。

ドイツは第二次大戦にきちんとけりをつけたが、日本はつけていない。

ドイツを近隣諸国との信頼構築の手本とするのは、中国が興隆し、台湾と北朝鮮にかかわる問題がある東アジアに特有の課題を無視している。

ドイツの西欧との統合は、ソ連からの脅威という共通の認識と近隣諸国と価値観を同じくするという後押しを受けたのに対し、東アジアは地政学的にばらばらだ。

近隣諸国との問題を解決することは、誰が隣人であるかに大きく依存している。たとえば、共産党支配下の中国のメディア環境は、日本の真の姿を浮かび上がらせることを妨げ、相互理解への主要な障害になる日本への敵対感情を醸成している。

日米同盟は地域の対立を激化させるのでこれ以上拡大すべきではない。

数十年の間、日本とアメリカは普遍的価値と相互の利益にもとづいて、アジア太平洋の平和、安定、繁栄を達成するために協力してきた。共通の目標は中国が国際社会で責任ある建設的な役割を果たすよう促すこと、台湾問題の平和的解決を促すこと、北朝鮮に関する問題を解決することだ。

もちろん、日本は多くの分野で近隣諸国との建設的な関係を発展させるために努力すべきだ。しかし、地域安全保障構築に果たす日米同盟のすでに証明された価値を無視して、日本の隣人の気分を害さないために同盟の将来を再考するのはばかげている。

われわれは歴史と真摯に向き合わなければならない。しかし、歴史は現在や未来に影響力を及ぼすために利用されるべきではない。

日本は歴史と和解することを切望している。日本は、口頭でも文書でも、数多くの機会に戦争時の行為について謝罪してきた。そして日本の第二次大戦以後60年の歴史はその例証だ。歴史の和解では、一方が謝罪すれば他方はその謝罪を受け入れなければならない。一方的な行動ではないのだ。


しかし、ワシントンポストへの反論がなんでIHTなんですかね。WPはまた反論掲載を拒否したんでしょうか。IHTはニューヨーク・タイムズが出している新聞で、普段はWP以上に日本に対して辛辣なんですけど。

そのNYTですが、またいつもの調子で社説を書いています。短いです。安倍晋三のアジアの課題


日本の新首相安倍晋三が前任者小泉純一郎と同じほどの人気を得たいのなら、同じように、失敗した過去の政策を捨てる必要がある。それは明らかに、ひどく傷つけられた対中関係を再構築することから始まる。

日本の繁栄と安全保障にとって巨大な隣国との正常な関係ほど重要なことはない。醜いがだんだん遠くなる、日本の侵略と戦争犯罪の歴史が障害になっている。小泉政権の最大の過ちはこの歴史を意図して美化したことで、官僚の腐敗や政治的抑圧から国民の目をそらすために、ナショナリズムをしばしば利用する中国の指導者の利益になるように行動したことだ。

安倍はこの破壊的な力学から日本を解放する必要がある。第一歩は、戦犯の霊が祀られている靖国神社参拝という挑発的な慣行をやめると宣言することであるべきだ。この神社論争と、日本の教科書が戦争中の日本軍の行動に誠実に対処しないことが、日本が現代の軍事問題を扱うことを困難にしている。今持ち上がっている、第二次大戦後にアメリカが押し付けた平和主義憲法を改正する議論のような問題だ。日本がこのような変革をしてはならないという理由はない。しかし歴史と隣国に真摯に向き合うことをしなければ、他のアジア諸国に悪く受け止められるだろう。

ますます活気のある民主主義、復活した経済、小泉が始め、安倍が今さらに推し進める必要がある経済改革など、日本が誇るべきことはたくさんある。歴史の暗黒と恐ろしい逸脱に最も責任のある戦争犯罪者を美化する必要はない。


IHTの北野公使の反論が22日付で、このNYTの社説が27日付ですから、社説の筆者はIHTを読んで考える時間が十分にあったはずなのに、どうしてまた馬鹿の一つ覚えを繰り返すんでしょうか。社説で非難していることには、北野公使がすでに反論しています。NYTは最低限IHTの北野論文を踏まえたうえで、それに対する反論という形をとるべきでした。同じ系列なんだし。

そのNYTの社説をIHTがまた転載しているんですから、チグハグというか無責任というか。

「日本の繁栄と安全保障にとって巨大な隣国との正常な関係ほど重要なことはない。」
これなどは 安倍晋三がタカ派? で述べた、中国の要求に強制力を持たせようと躍起になっているマスコミの典型的な文句です。社説は「小泉首相は中国の指導者の利益になるように行動した」と書きましたが、中国の利益になるように行動しているのは、まさにニューヨークタイムズです。

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  1. 2006/09/30(土) 01:04:23|
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中国人教授の日本人観

上海へ初めて行ったのは十何年か前になります。大連から二泊三日の船旅でした。

甲板で中国人同士がしゃべっているなかで、彼らは声が大きいのでいやでも耳に入るのですが、耳についたのが「サポニン」という言葉でした。(「サッパンニン」とも聞こえます) サポニンとは何だろう、薬の名前かなと思っていたのですが、上海に着いてから誰かが教えてくれました。上海語で「日本人」という意味です。

周りの中国人は私を見て、おい日本人がいるぞと話していたのではありません。彼らは自分が日本人に出くわすとは想像もしていません。日本人だと言っても信じてくれないことが多いくらいですから。

当時の上海人の間では日本が話題の中心になっていたわけで、上海人の意識の中で日本人の占める位置が大きいことがうかがわれますが、中国の反日を英国人が評す中国の「ゴロツキ外人追い出し大行動 」でとりあげた上海人教授にも同じ傾向があります。

彼のブログに「中国人の致命的な二つの欠点」という記事があります。

当ブログのテーマに関するところは詳しく、あとははしょって要約します。

皆さんには、一行目を読んで目の前のパソコンを叩き潰さないよう、くれぐれもお願いしておきます。読み進んでいくと結構面白いですから。


中国人には優れた点が多い。勤勉、勇敢、善良、暇があればこの単語をずっと列挙していくことができる。それと同時に、中国人にはいくらかの欠点もある。人にはみな欠点があるものだから、本来これらはたいしたことではないが、以下の二つは致命的欠点だ。

第一の欠点は不真面目だということ。

飛行中の戦闘機のハッチが突然吹き飛んで操縦士が危うく命を落とすところだったが、それはバルブのネジを逆さまにつけていたためだった。中国の飛行機事故は主に人的要因による。それが証拠に、中国民航の人身事故で国際線は半分に過ぎず、他はすべて国内線で起きている。ある人は言う。国際線の飛行機は大きく、国内線は小さい。国際線の飛行機は新しく、国内線は古い。国際線の機長はベテランで、国内線は新米だ。私は違うと思う。本当の原因は国際線の人員は比較的真面目で、国内線はというと、どちらにせよ中国人、いい加減にできるところはいい加減にやる。

中国で広く出回っている話で、日本人は東海に不老不死の薬を求めた中国の童男童女の子孫だというのがある。私は日本文化は中国文化を真似たものだというのは信じる。日本人が中国人の子孫だというのは信じない。理由は簡単。“江山易改、本性難移”(川や山は改められるが、性格は改め難い)。このような不真面目な中国人が一つの小さな島に行けばこのように真面目に変わりうるだろうか?

私は日本人と一緒に食事をしたことがあり、授業を受けたことがあり、ヨーロッパを旅行したことがある。なぜだかわからないが、日本人は本能的に嫌いだ。しかし一方でまた、日本という民族に対して一種の敬意を持っている。

私は大学生のとき、英語の勉強のために国産の携帯用カセットプレーヤーをいくつも買った。どれもみな一二ヶ月すると同じ不具合が生じる。回転速度が遅くなるのだ。こんなとき私はいつも修理工に変身する。しかし、[ ここのところ、文字化けしていて読めないのですが、彼はソニーのウォークマンを買ったようです。alkman だけが見えています。=訳者注 ]一ヶ月目にうっかり外枠をへこませてしまった。時間がたつにつれて外観はますますみっともなくなり、最後は外枠が完全に壊れてしまった。それを十年使ったか八年使ったか記憶が定かでないが、その間は正常に作動していたことははっきり覚えている。

しばらく前、インターネットでこんな話を読んだ。:日本に留学している中国人の博士が、ヨーロッパで開かれた学術会議に参加した機会にイタリアを旅行した。途中、パスポートと金を盗まれてしまった。彼は日記にこのように書いている。:やっとのことで日本総領事館を見つけた。今日は日曜で職員はいない。私は総領事館の前の石段に長い間座っていた。偶然用足しに来た職員に出くわせばいいと思っていた。日本人は一般に事を為すのに非常に真面目で、一人つかまえたら必ず満足な対応をしてくれると信じていた。

自分の同胞を信じない理由はない。

周知のように、第二次大戦を反省する上で、ドイツ人は日本人よりもずっとよい。これは当然、まずドイツ人という民族と日本人の相違に関係しているが、しかし、被害国の反応とも密接な関連がある。“君子が仇を討つのに十年かかっても晩くない”しかし、中国人は失敗したときに面子を保つのに言い訳をする。イスラエル人は本当にやりとおす。

1957年、イスラエルの情報機関モサドは、元ナチス親衛隊将官アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという情報をつかんだ。イスラエルは6人の特殊工作員を派遣して、彼を拉致し、計略を用いてイスラエルに身柄を移し、絞首刑に処した。

われわれの政府は日本の戦犯を捕らえるために何人を派遣したか?

アメリカ人は息子に諭して言う。もし好かれたかったら人に微笑め、尊敬されたかったら鼻先に一発食らわせろ。


当ブログの読者なら感じておられるでしょう。この上海人教授の日本人観は 香港人がこじ開けた日本人の脳(1)(2) の本の著者李察氏とよく似ています。

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  1. 2006/09/27(水) 20:40:58|
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古森氏の抗議、クレモンス氏の再反論

日本に「思想警察」はあるか で取り上げたように、ワシントンポスト紙上でスティーブン クレモンス氏に攻撃された古森義久氏ですが、抗議文を彼のサイトに載せています


ワシントン・ポスト編集長殿
スティーブ・クレモンス氏の8月27日付貴紙への「日本の思想警察の台頭」と題する投稿文は単なる悪質なたくらみからの一線を越え、私の職業的誠実性へのきわめて不公正な個人攻撃のデマゴギーとなっています。同氏は完全に誤りの記述により産経新聞と私が「1930年代の軍国主義への復活を切望する極右活動家の暴力的なグループ」の一部だと言明しています。

クレモンス氏はさらに「古森義久は自分の言論が最近のテロ実行犯を頻繁にあおることや、彼らの(テロ)行動が恐怖を高めるパワーを彼の言論に与え、テロ実行犯らが議論を沈黙させることを支援していることにも、無意識ではない」と述べています。

同氏はこの記述で新聞記者であり、評論者である私が日本国内でのテロ行為を意図的に鼓舞していると非難するわけです。同氏は小泉首相の政敵の加藤紘一氏の実家への放火など、私も私の新聞もまったく関係のない事件を列記しています。ぜひ記録として強調したいのは、本紙はこの加藤氏にかかわる放火事件の直後、この行動を厳しく糾弾する社説を載せました。加藤氏自身がその社説への感謝を産経側に伝えてきました。

過去においても産経新聞は政治問題に対応する手段としての暴力はいかなるものも非難してきました。もし日本に1930年代ふうの軍国主義への復活を切望する活動家たちが実在するならば、産経も私もすぐにそれを糾弾し、反対します。

クレモンス氏は産経8月12日付に掲載された私のコラム記事(緯度経度 日本発「公的な反日論文」)の内容を間違って特徴づけています。この記事は日本国民の税金を使う政府資金運営の研究所が海外へ日本の国民、政府、政策、指導者の実態をゆがめた、客観的ではない批判を英語で発信していることを報じました。私のその記事は冷静で客観的な基調を保ち、誰からの謝罪をも要求していません。

現代の日本は民主主義かつ平和主義的であり、法の統治を守っています。米国の有力な同盟相手でもあります。産経新聞は全国規模の部数約220万部の日本の主流の新聞の一つです。クレモンス氏の主張とは対照的に、「超保守」という点は私の言論でも新聞自体でも皆無です。

たとえば、本紙は米国のグローバルなテロとの戦いへの日本の協力を各紙の間でも先頭に立って、社説などで支持しました。私自身は過去30年以上もの記者活動で政府の政策は頻繁に批判してきましたが、日本の軍国主義復活などただの一度も唱えたことはありません。

クレモンス氏が私の意見が嫌いならば、批判は自由です。しかし同氏は私にも自分の意見を表明する権利があることを忘れるべきではありません。その意見表明は自由な言論への攻撃ではないのです。

私はこれまで開かれた政府、自由な言論、複数政党制の民主主義などをいかなる形にせよ侵食する動きは一貫して批判してきました。私はまたクレモンス氏と意見を共有する人たちをも含めて、いかなる人たちに対してもその政治的見解を理由に暴力をふるうことをも激しく糾弾します。クレモンス氏にはそのことを否定する根拠はありません。

産経新聞ワシントン駐在編集特別委員 古森義久

(9月16日付産経新聞朝刊)


文章が長すぎるという理由で、ワシントンポストはこの古森氏の抗議文を掲載することを拒否したそうです。クレモンス氏の寄稿記事より短いんですけどね。短縮したものを送ってもやはり掲載されていないとのこと。「開かれた議論」はどうなっている?

さらにあきれ果てたのは、これに対するクレモンス氏の反応です。彼は自分のブログで古森氏の文章から抜き出した言葉で「単なるたくらみからデマゴギーへ」と題して反論しています


(前略)
私の見るところ、多くのアメリカの学者と一部の日本人が“反日”であるとする古森氏の非難は、信頼ある知識人への最悪の中傷に近く、彼が追求しているという自由な探求とは相容れない。しかし私は売り言葉に買い言葉のやりあいや(※)パーソナライゼーションには興味がないし、二人が駆け引きをめぐって激しくつつきあうよりも遥かに本質的で重要なことがある。古森が開かれた探求の擁護者だというのなら、よろしい、認めよう。何が開かれた探求で、何がそうでないか、会って議論しようじゃないか。
(後略)


(※)パーソナライゼーションというのは、彼の言う「遥かに本質的で重要なこと」を個人的な事象に矮小化して個人攻撃することをいうのでしょう。

おかしな人です。公開の新聞紙上で個人攻撃をしておきながら、それが事実無根であると反論されると、個人には関心がない、文句があるなら会って議論しようじゃないかと言う。クレモンス氏は、古森氏と個人的に議論がしたいのならはじめからそうすべきでした。いったん公開の場で人を非難したからには、最後まで公開の場で自説の正しいことを論証して見せるべきじゃないでしょうか。

彼が自分の誠実さを疑われたくないならば、とるべき道は二つしかありません。
○ 古森氏が右翼テロリストグループの一員であることを事実をもって証明する。
○ それができないのなら、事実無根の中傷記事で人の名誉を毀損したことを率直に謝罪する。

クレモンス氏は、古森氏が安倍晋三の助言者で、政府に影響力があると言いますが、それは古森氏と右翼テロリストとの関係を証明することにはつながりません。

彼によると、世界中の日本に関する学術研究のほとんどは日本政府の資金援助を受けているので、古森氏は政府に影響力を行使することで、それを意のままにできるのだとか。彼が力説すればするほど「極右活動家グループ」の話から外れていくんですが、それは今はおいておきましょう。私は古森氏が日本政府にどの程度の影響力があるか知らないし、世界中の日本に関する研究のほとんどが日本政府の資金援助を受けているなんてことがあるはずがないと思いますが、それも今はおいておきましょう。

日本政府が資金の提供先を何らかの方針に従って取捨選択することがなんで“思想統制”なんでしょうか。
彼は言います。「古森は歴史記憶の一手販売権を持つキープレーヤーの一人」だと。あほくさ、そんなものを持っているのは中国のような言論弾圧国の権力者だけでしょう。

また、彼はアメリカ人や日本人を「反日」であると非難することは「最悪の中傷」だと言っていますが、もしそうなら、彼自身が産経新聞のことを「超保守」(原文のままウルトラコンサーバティブと言ったほうがわかりやすいかな)と呼んだのも最悪の中傷だということになると思います。英米の新聞が安倍晋三に枕詞のようにつける「タカ派」も同じです。古森氏は書いています。「クレモンス氏の主張とは対照的に、“超保守”という点は私の言論でも新聞自体でも皆無です。」

それは賛成する人もいれば反対する人もいると言った類の意見です。言論の自由は誰もが意見を自由に表明できることを意味します。それに対して、クレモンス氏のやったことは事実無根の中傷なんです。

「私は古森に対して個人的なわだかまりはない。彼は私に対して違う感情があるようだが。」と彼は書いていますが、この陰湿な文章を読むと、むしろ反対のように思えます。
(この陰湿さを「大人」と評しているブログがありましたが、人の感じ方というのはいろいろあるものです。)


もう一つ、クレモンス氏が証明しなければならないことがありました。これです。
「1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極右活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた--そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。 」





日本に「思想警察」はあるか で私は「影響力のあるアメリカの新聞だから、やがてその結論がひとり歩きを始める。」と書きましたが、案の定です。

朝日新聞がこれを利用しました。(依存症の独り言を参照)

中国の「人民日報」が出している新聞「環球時報」もこれを要約して発展させた記事を書いています。(櫻党に抄訳あり。)

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  1. 2006/09/25(月) 04:33:48|
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安倍晋三がタカ派?

安倍晋三政権の誕生近しということで、英米の新聞から。

まずはインターナショナル ヘラルド トリビューン
Jeff Kingston 「小泉の後継者になりそうな者にとっての細く困難な道」の中ほどから。


小泉による靖国神社参拝は、国粋主義的衝動が如何に自滅的であるかを人々に思い起こさせる以外に何も成しえなかった。中国の興隆は地域の力関係に構造変化をもたらす。そしてこの過渡期に対処するための高レベルの対話は決定的に重要だ。だから両国関係を悪化させた小泉の決定は代償が大きかった。たとえば、7月に北朝鮮がミサイルを発射したとき、中国は際立って非協力的だった。

安倍は対米関係強化の話をするが、日本が中国と不必要に敵対することをアメリカ政府が懸念していることを彼は知っている。アメリカ政府は中国を国際体制におけるステークホルダーにしようとしているのだ。

安倍にとって、ワシントンとよりよい関係を築き、北朝鮮問題の行き詰まりを打開する道は北京に通じる。〔つまり、中国との良好な関係がなければこの二つのことは達成できない。〕私の推測では、安倍は、中国が熱心に差し出しているオリーブの枝〔和解のしるし〕に恐る恐る手を伸ばし、首脳会談の再開に合意するだろう。小泉がバーを低く設定したので、安倍は両国がともに必要としている関係改善のために、大したことをせずとも済む。


北朝鮮のミサイル発射の際の中国の非協力と悪化している日中関係を結び付けているが、二つには何の関係もない。中国が非協力的だったのは日本に対してだけではない。中国共産党は、政権の生き残りと自国の戦略的利害という理由から、金正日政権を崩壊に追い込むような国連決議には逆立ちしても賛成できないのだ。

同様に、彼らが日本を非難するのも内政と世界戦略上の計算に基づいたものなので、これにまともに付き合うほど馬鹿げたことはない。

ジェフ キングストンはロイターのリンダ ジークが引いている安倍さんの至極当たり前の言葉を胸に刻んでおいたほうがよい。「よりよい関係のためには双方の努力が必要だ。」

私の考えでは、中国は確かにオリーブの枝を手にしている。しかし、遠く離れた日本に向かって、ここまで走って取りに来いとどなっているだけだ。本当に関係改善を欲しているなら、せめて中間地点にまでまず自らが歩み寄るのが第一歩だ。


私自身は「安倍晋三の中国孤立化連合は是か非か」で述べた理由で、中国とは関係改善すべきでないと思っていますが。


次はイギリスの新聞「インデペンデント」
David McNeill in Tokyo
小泉の後継者はタカ派的政治指針で日本の隣人を悩ませる


精気のないテディベアのような目と弱々しいあごを持つ安倍さんはタカ派にはとても見えない。しかし、2002年に北朝鮮に対する強硬姿勢で全国的に脚光を浴びて以来、軍隊を復活させ、愛国心をよみがえらせ、60年来の平和主義憲法を変えるという保守強硬派の政治目標を実現させるために彼は戦ってきた。

戦争記念施設である靖国神社への参拝で任期を締めくくった、予測のつきにくい小泉さんの5年間の後、中国と韓国は対日関係の改善をしきりに欲している。しかし安倍さんでは楽観的になれない。中国政府を公式に代弁する新聞チャイナデイリーは先週書いた。「中日関係の改善を熱望する者は憂慮を禁じえない。」

これらの懸念の原因はまたしても歴史の暗い影だ。安倍さんは首相の靖国参拝を支持し、自らも4月に秘密裏に参拝したものの、今後も参拝するかどうかについては沈黙を守っている。安倍さんは高校教科書を改訂し、第二次大戦中の日本軍の戦争犯罪への言及を削除するために活動する自民党の右派グループを率いてきた。

去年、彼は日本の国営放送局NHKへ圧力をかけたことを認めて検閲スキャンダルの中心になった。それは、韓国や他の国から軍によって拉致された“慰安婦”性の奴隷を扱った2001年のドキュメンタリーを変えさせようとするものだった。

安倍さんは長らく二つの政策を政治的信念として鮮明に打ち出してきた。1947年憲法を書き換えることと、教育制度を改革することだ。そして、彼は政治に新風を吹き込むとしてある方面の人々からは歓迎されているものの、それはどちらも1955年以来の自民党の懸案だった。日本がアメリカに占領されているときに書かれた憲法とその戦争放棄第九条は、“軍隊”ではなく“自衛隊”を持つことしか認めていない。その憲法は常に保守派の不満の種だった。憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という日本の決意表明などの部分は特に怒りの元になってきた。それは謝罪行為を表すもので、日本の品位を下げると彼は言った。日本を中国と対立させたいアメリカのタカ派の支持を受けて、彼は憲法を変えようと堅く決心している。

さらにいっそう憂慮されるのは、1995年の日本の正式降服50周年に出された日本政府によるアジア諸国への謝罪を尊重するかどうかという問題から安倍さんが逃げていることだ。「日本はすでに20回も謝りました。私たちはいつまで謝り続けなければならないのですか。」コリアンタイムズの言葉を借りよう。「彼の政治的成功はアジア近隣諸国へのタカ派的姿勢に由来する。融和的姿勢ではない。彼は日本の未来のために自尊心をこらえることができるだろうか。」


自尊心に凝り固まって身動きが取れなくなって未来を暗くしているのは韓国のノムヒョンさんの方じゃないかな。

安倍さんがアジア諸国に対して取っているのは姿勢はタカ派的でも融和的でもない普通の姿勢であり、それが政治家としてあるべき姿だ。異常なのはいつまでも謝罪を要求し続ける“アジア近隣諸国”の方だ。

韓国人は日本の植民地支配が世界で最も苛酷で、自分たちが世界で最も不幸な民族であるかのように言う。とんでもない。イギリスの植民地政策がインドの綿織物業を壊滅させ、業者の白骨がインドの原野を白くしたと形容されたのは有名だ。安倍さんによれば日本は20回謝罪したそうだが、イギリスがインドに謝罪したことはただの一度もない。インドは謝罪を要求しないし、したとしても何の強制力もない。

同様に、アジア近隣諸国が日本に謝罪を要求したとしても本来はなんの強制力もないはずだが、それに強制力を持たせようと躍起になっているのが「日本は孤立している」「日本の未来のために」と騒ぎ立てる一部の欧米アジアのマスコミと一部の日本人だ。

この「インデペンデント」紙は、日本は他の国にあるような普通の軍隊を持つべきだと安倍さんが主張していることをもって「タカ派」と呼んでいるが、それが本当ならイギリスの歴代政権を含む世界のほとんどの政権はみな超タカ派ではないか。イギリスなどは安倍さんが口にしない核兵器まで持っているのだから、超タカ派を通り越した存在だ。

このデイビッドマクニールとかいう記者は自国の歴史と現状をもう一度よく見つめなおした方がよいのではないか。

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テーマ:安倍晋三 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/09/22(金) 04:10:46|
  2. 日本外交
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こんな写真載せる?ロシアの新聞

KiLL Time News さんより引用します。


関西の産経新聞夕刊に、思わずのけぞるような記事が載っていた。
日本では小さい扱いだった、先月16日夜に神戸で起こった馴染み客にロシア人ダンサーが刺殺された事件が、同日未明に起こった北海道根室沖の拿捕事件の「復讐」であると、ロシアで曲解報道されているというのだ。
ロシアのメディアはロクに取材せず、漁船銃撃で射殺された乗組員を怒った日本人が、復讐心からロシアンパブのダンサーを殺した後切腹した「神戸事件」を、漁船拿捕銃撃事件より大きく報道し、無意味に「サムライ」だの「ハラキリ」だのとセンセーショナルに煽り、一方的に騒いでいるらしい。
______________________
殺人:ダンサーを殺害 刺した男は重体 神戸

16日午後11時20分ごろ、神戸市中央区下山手通1の雑居ビル2階のキャバレー「ナイトレストラン ACADEMY」から「女の子が刺された。刺した男も自分を刺した」と110番通報があった。女性は病院に運ばれたが、間もなく死亡し、男は意識不明の重体。兵庫県警生田署は殺人事件として捜査している。

調べでは、客の同区内の男(47)が、自分を接客中の同店従業員でロシア国籍のダンサー、シェリェパノバ・アナスターシャさん(22)の左胸と右首を刃渡り約20センチのサバイバルナイフで刺し、その後、自分の左胸や腹などを刺したという。

男は常連客で、アナスターシャさんを指名していたらしい。アナスターシャさんは友人に「最近、男に言い寄られ困っている」と話していたという。【竹内紀臣】

毎日新聞 2006年8月17日 10時14分 (最終更新時間 8月17日 12時30分)


センセーショナルに煽っているロシアの報道を探してみたんですが、見つけられませんでした。が、そのことに触れたロシアの新聞はありました。8月22日付のセントペテルスブルクタイムズより。


一部のロシアのメディアははじめその襲撃を、ロシア国境警備隊が今月初めロシア領海で不法操業中の日本の漁師を誤って殺したことへの復讐か敵討ちとみなした。日本の警察はまだ二つの事件を関連付けてはいない。


それよりもあれなのはモスニュース

記事のほうは事実関係を述べているだけなので訳しませんが、写真がナニです。




どこかからファイル画像を引っ張ってきただけなんでしょうけど、こんな事件と無関係の写真載せるかなあ。

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  1. 2006/09/19(火) 23:54:26|
  2. 日本外交
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安倍晋三と胡錦濤、どちらが努力すべき

イギリスのエコノミスト誌の9月14日付の記事です。
小泉維新 日本の注目すべき首相はまもなく退く。彼の革命は持続するか。」

過去の同誌の記事と同じく、小泉改革をおおむね肯定的に評価した後、「中国については慎重にことを進めよ」という小見出しで、安倍さんについて書いています。


小泉さんの後継者は現官房長官の安倍晋三になることがほぼ確実だ。前任者の小泉さんと同じように、彼は多かれ少なかれ経験を積んでおらず、比較的若い。しかし彼は旧習打破者としての兆候を示していない。安倍さんは小泉さんの意中の人であり、一般に改革派の中に数えられているが、真に先鋭的な闘争者ではなかった。小泉さんのようなカリスマ性もない。だから彼は小泉さんのように日本の有権者を熱狂させられず、依然として乗り気でない党を引っ張って改革をさらに進めていくために、個人的人気を利用できないという危険性がある。

安倍さんの改革への熱意が小泉さんを上回っている分野は国際関係だ。彼はすでに憲法改正を約束した。しかし、難しいのは日本の対中関係を悪化させることなしにこれを行うことだ。日本と中国はお互いの最大貿易相手国だが、小泉の下で関係は悪化した。一つには論争の種である靖国神社を参拝するという小泉さんの挑発的な習慣のせいで、一つにはより大きな役割を果たすという日本の大望を中国が忌み嫌っているせいで。安倍さんは中国に深い疑惑を抱くタカ派だ。もし彼が神社を参拝せずに、早急に関係改善の使節を中国に派遣するなら、彼は世界での日本の地位のために多くを成しうるだろう。そうしなければ、彼は注目すべき首相である小泉さんの遺産を浪費する危険を冒す。


「もし胡錦濤が神社参拝を非難せずに、早急に関係修復の使節を日本に派遣するなら彼は世界の中での中国の地位のために多くを成しうるだろう。」となぜ書かないんですかね。

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  1. 2006/09/19(火) 03:35:44|
  2. 日本外交
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香港人がこじ開けた日本人の脳(2)

この本は山本五十六について2章を割いています。最初の章は「山本五十六はどんな性格特色があったか?」で、彼が賭け事と女遊びを非常に好んだことを書いています。挿絵は、戦火の上を飛ぶ日本軍機が爆弾の代わりに旭日旗が描かれたさいころを落としているところです。

その次の章。



Image10_resize.jpg山本五十六は日本の軍人で、日本軍による真珠湾だまし討ちの計画者だ。山本はまた博徒であり、生涯賭博を好んだ。

のち、日本軍は戦敗を重ね、戦局はどうにもならなくなった。彼は視察飛行中に米軍機に撃墜され、戦死した。

これはおそらく彼の自殺計画の一部だ。日本軍の作戦期間中、本来はきわめて厳格に通信を制御している。すべての無線電報はたとえ暗号であっても安全でないことは明らかだ。いつでも読み取られている可能性があるため、重大機密は絶対に電報を使用しない。

事実上、当時の日本軍の暗号はすでに解読されていた。山本の軍事陣地視察の行程は最高機密だ。しかし日本軍は事前に無線通信を多用し、知ってか知らずか米軍に情報を探知されていた。

山本の潜在意識の中で自殺の動機ははっきりしている。ナポレオン失敗後の心理を彼と比べてみれば、完全に異なる心理を見て取ることができる。奮闘と賭博は異なる。



彼がかぶっている帽子、中国の映画やテレビに出てくる日本兵がかぶっているやつじゃありませんか。海軍大将の山本五十六がそんな帽子をかぶっているわけがないじゃないですか。と、そんなことはどうでもいいんですが、この挿絵はちょっとインパクトありすぎ。



Image8_resize.jpg日本のサラリーマンはなぜ家に帰りたがらないか。

日本のサラリーマンは仕事が終わっても家に帰らないことが習慣になっている。彼らは書店やゲームセンターやパチンコ店やバーなどで遊興にふけり、深夜になってようやく家に帰る。

これはすでにひとつの風潮になっている。なぜなら、帰宅が遅いと、隣近所は彼らが非常に重要な仕事をしていると思って一目置いてくれる。毎日退勤後すぐに帰宅して家でぶらぶらしていると、ただの平社員だとみなされて馬鹿にされる。

以上が日本経営管理学者ウィリアム オーウチの報道だ。

非常に多くの青年がおそらくこのようにして欺瞞心理を身につけている。自分のイメージを偽りの上に築く。見栄っ張りだ。このような錯覚を持つ人は極めて大きなストレスを受ける。無意味なイメージを作るために時間を浪費している。

見た目だけを気にして実質を顧みない、そこには真の進歩がない。

このように、李察という人は日本人の習慣などを針小棒大に取り上げてけなすことで溜飲を下げているわけですが、日本の経済発展とそれをもたらした制度、政策、国民の意識のあり方などだけは称賛しています。

「日本経済繁栄の本当の原因は何か」という章では、経済学者のミルトン フリードマンがインドと日本を比較していることを引いて、インドの統制経済政策がインドの貧困をもたらし、日本の自由経済政策が日本の繁栄をもたらしたと論じています。
(この本は発行が古いらしくて、最近のインドの経済自由化と高成長が視野に入っていません。)

そんな主旨のところをひとつ。


誠実とリスクはどんな関係にあるか?

日本のある航空会社の航空機が、滑走路から2.5マイル離れたところのサンフランシスコ湾に落ちた。機長は落ち着いて完全な三点式着水を行った。水深は10フィートしかなかったが、機体に損傷はなかった。

事情聴取のとき、取調官が機長に何が起こったのかを聞いた。自己弁護するだろうと予想していたが、、意外にも彼は率直に認めた。「私が招いた事故です。」このことで本来は複雑な調査が容易になった。皆、彼が日本に帰った後解職されるだろうと思ったが、違った。彼は変わらずに仕事を続けている。

Peter Senge は新著 The Fifth Discipline で別の角度からこの問題を観察している。日本航空の上司が機長を解雇しなかったのは一種の寛容の表現だったと彼はみなす。このような寛容はリスクの一部分だ。人に仕事を任せるということはリスクの要素がある。寛容になれなければリスクを引き受けることができない。必要なのは誠実さだ。誠実さは危険のある仕事をさらに有利に発展させることができる。誠実は勇気だからだ。


機長の行動は立派ですが、美意識の問題でもありますね。また、彼と上司のこのような行動は、、こちらでも説明できます。↓

過去ログ「戦場にかける橋」における投影性同一視 より

彼らは自分の過失を絶対に認めようとしない。
レストランの従業員が皿を割ってしまった場合でも、「この皿は今日割れる運命にあった。」などという責任逃れを平気で言う。
謝ると言うことは自分の過失を認めることであって、損失に対する全責任を負わなければならないことを意味するすることが背景にある。
日本では事情が違う。
さらを割ったくらいで弁償させられることはないだろうが、謝らなければ自分の心証を悪くして却って不利益をこうむる場合がある。


日本人からすればたいしたことではないんですが、アメリカ人や中国人にしてみれば奇異に見えるのかもしれません。


このように見てみれば、彼の中では戦争中の日本軍に対する悪感情が日本人に対する印象のかなりの部分を占めていることがわかります。その一方で日本の経済的成功には学んでいこうという姿勢もある。それが平均的な香港人の日本人観とも言えるんじゃないでしょうか。

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  1. 2006/09/18(月) 04:07:07|
  2. 香港
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香港人がこじ開けた日本人の脳 (1)

香港で見つけました、まさにこのブログのためにあるような本。

李察(リチャード)著 「日本人はどんな脳を持っているか」

見開き2ページに文章が半分、挿絵が半分という構成になっています。
目次を見ると次のような章が並んでいます。
  (クリックで拡大)
  
切腹にはどんな効用があるか?
川端康成はなぜ自殺したか?
誰が好んで人肉爆弾になるか?
日本人はどのようにして中文を学ぶか?
東条英機の賭博心理はどのようなものか?
日本繁栄の本当の理由は何か?
  
それではいくつか見ていきましょう。


日本人はことのほか嘘をつくことを好むか?

日本の学者矢部正秋によれば、日本人は口で YES と言って行動で NO と言うのをいちばん好む民族だ。その上、日本語の単語は曖昧なところが多すぎる。もし人がわざと曖昧な言葉を使えば、外国人にとってわかりにくいだけでなく、日本人でもよく間違える。

だから国際的な交際においては日本人の評判はすこぶる悪い。たとえば日本の高官がアメリカへ行って日米間の問題を交渉するときの決まり文句は、「前向きに善処します」「できる限り努力します」。しかし、振り出された小切手が現金化されることはない。後でアメリカ人が日本人の言ったことをもとに要求を出しても、日本人にはなんのことかさっぱりわからないということがよくある。なぜなら、彼らははじめから承諾したつもりなどないからだ。おそらく彼らは社交辞令のつもりなんだろう。しかし外国人は日本人が承諾したと受け取ってしまう。

カーター政権のとき、日本は防衛予算を9.5パーセント増やす「保証」をすると承諾したが、実際には7.6パーセントしか増やさなかった。これにアメリカ政府は大いに不満だった。日本人の習慣はユダヤ人とは正反対だ。ユダヤ人は「契約の民」と言われ、口頭の信用を極めて重視する。



これを取り上げたのは挿絵が面白かったからです。ビルマのロンジーのようなものをはいて大きくお辞儀をしている男は日本人のつもりでしょう。その後方からなにやら気体が‥ 西洋人は鼻を押さえて「放屁」。

「放屁」を光生館「現代中国語辞典」で引いてみましょう。
(1)放屁する
(2)でたらめを言う。 :馬鹿を言え、たわけたことを、何をぬかす。



日本人は西洋から何を学んだか。

バートランドラッセルの評論がずばり本質を突いている。いわく、日本人は西洋から短所を学び、自己の短所を持ち続けた。ラッセルは西洋の主要な精神は三つあると分析する。一つ目は古代ギリシャに由来し、二つ目はユダヤの宗教と倫理に由来する。三つ目は科学精神だ。

ギリシャ文化は西洋の文学、芸術、哲学、数学等を含む。そしてユダヤから西洋人はユダヤの信仰精神、道徳、罪悪観念、それに不寛容の精神を学んだ。これはヨーロッパの宗教的迫害の根源であり、また西洋の拡張精神の根源でもある。これは短所であるが、日本人はすべて採用吸収した。

ラッセルは中国文化を高く評価する。中国文化にはギリシア文化と同様のものがあるが、ユダヤ教と科学はない。中国文化は侵略と拡張を好まない。ラッセルは言う。一人の中国人であることは、一人のイギリス人であることよりも幸福だ。なぜなら彼らにはより人情があり、より文明的な人生観があるからだ。



「中国文化は侵略と拡張を好まない」。まったくそのとおりです。チベットや東トルキスタンや南モンゴルはみな歴史的に中国の領土であり、中国の国内ですから侵略したのではありません。

と、冗談はこのくらいにして、それにしても、挿絵がすんごいです。
胸に五星紅旗をつけて、のぼりに「振興中華」「統一中国」と書いたほうがピッタリ来るんですが。

馬鹿らしくてやってられないと思ったあなた、
ここを押せばスッキリしますよ。

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  1. 2006/09/16(土) 02:58:58|
  2. 香港
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反日をあおる新聞

タイで発行されている中共系と思われる華字紙「亜洲日報」の5月25日の社説「東シナ海問題で大きな打開はありそうにない」から引用します。5月に中国で行われた東シナ海ガス田問題について論じたものです。

(原文では「東海」と呼んでいるものをここでは日本での呼称にしたがって「東シナ海」としました。)


東シナ海問題で日本が横暴理不尽なことは、日本に属する200カイリ経済水域なるものを一方的に画定し、東シナ海中間線なるものを一方的に画定したことに突出して表れている。日本が画定した200カイリ経済水域には、中国の釣魚台〔魚釣島〕と韓国の独島〔竹島〕が含まれており、総面積は65万平方キロメートルにも達し、日本本土の面積の1.7倍になる。

そして、東シナ海中間線なるものは30万平方キロメートルの中国の経済水域を日本側に組み入れている。この水域は浙江省三つ分に相当する。日本の貪欲さがよくわかる。

さらにはなはだしいのは、中国は日本が一方的に設定した中間線を認めてはいないものの、紛争を避けるために、中国の春暁ガス田、断橋ガス田、平湖ガス田等のいくつかのガス田を中間線の中国側においている。しかし、日本はなんとこのいくつかのガス田を同様に日本と一緒に「共同開発」するという要求を貫いている。その横暴理不尽なこと人を馬鹿にするにもほどがある。


東シナ海において日中の主張する経済水域に重複があることは日本でも報道されています。日本政府は陸地から200カイリまでを経済水域とする国連海洋法条約の規定に則って経済水域を設定し、中国政府は大陸棚を大陸側沿岸国の経済水域とするこれも海洋法条約の規定に則った主張をしています。日本の新聞等では両者の主張が客観的に併記されているのが普通ですが、中国では違うようです。

この社説は海洋法条約の規定には一切触れずに、中国側の主張のみを何の根拠も挙げずに絶対の真理とし、それとは相容れない主張をする日本側を横暴理不尽と決め付けています。

さらにひどいのは、中国が今採掘しているガス田は地下で日本側水域とつながっているのだから、ガス井がたとえ中国側にあっても日本側のガスも吸い取られてしまうという日本政府の主張の核心を無視して、日本が一方的に理不尽な要求をしていると反日感情を煽り立てていることです。

この新聞は東南アジアの華字紙ですが、中国国内の報道も同じようなものです。たとえば「大河網


秦剛は同時に述べた。「中日両国には、東シナ海海域の排他的経済水域の境界線の画定において紛争があるが、中国側は紛争のあることを考慮して、両国関係を良好に保つため、紛争海域での資源採掘活動を一切してしてこなかった。中国が東シナ海で採掘しているガス田はすべて日本が一方的に設定した“日中中間線”の中国側だ。」


日本政府の主張する「吸い取り効果」にはやはり触れていません。香港の「りんご日報」でも同じような記事を読んだことがあります。

国民に客観的な事実を知らせずに自国に都合のよいことばかりを書き立てる。それを信じた国民は反日感情を募らせて暴動を起こす。人民も人民なら政府も政府ですね。

中国にまともな報道機関が誕生する日は来るのでしょうか。

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  1. 2006/09/14(木) 23:18:56|
  2. 中国
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9.11と「パールハーバー」と無差別都市爆撃

アメリカ人がまたいつものようにやっています。9.11と真珠湾の二題噺。

Milestone No. 5  By John Carey  The Washington Times 

この“超タカ派ナショナリスト”による寄稿記事の眼目は、アメリカが今やっている戦争を誇らしげに語って、アメリカの唯一の弱点は内部の結束の乱れにあるのだから、みんなツベコベ言わずに黙ってついて来いと説教をたれるところにあるのですが、そこのところはとりあえず割愛して、今は日本に関係するところを見ていきましょう。


1941年12月7日、日本はハワイの真珠湾においてアメリカを攻撃した。攻撃は挑発されたものではなく、通告もされなかった。攻撃以前にはいかなる戦争状態も存在しなかった。

1942年4月18日、わずか4ヶ月あまりの後、アメリカは東京を爆撃することで報復した。パイロットたちはその短期間で訓練され資格を与えられた。太平洋のアメリカ空母を飛び立ち、爆撃を敢行し、陸地の飛行場ではなく海上に不時着するというかつて試みられたこのとない事を行うために。

2001年9月11日、アメリカはニューヨークのワールドトレードセンターとワシントン郊外のペンタゴンに攻撃を受けた。攻撃は挑発されたされたものではなく、通告もされなかった。攻撃以前にはいかなる戦争状態も存在しなかった。

2001年10月7日、一ヶ月足らずの後、アメリカはアフガニスタンを攻撃した。

1941年12月7日や2001年9月11日にアメリカが受けたような攻撃の後、これほどすばやくこれほどうまく他の国が反応できるとは想像しにくい。

どちらも暗い日々だった。どちらにおいてもわれわれの団結と決意が試された。どちらの日々も敵の本拠地で歓喜のうちに終わった。そしてどちらも長く困難な苦闘の始まりを画した。
(略)
そして大統領が先週の木曜日に Katie Couricとのインタビューでこの新しい敵について語ったように、「彼らにはみな同じジハード戦士のメンタリティ、この過激主義がある。Katie 、それがこの戦争の興味深いところだ。我々は国家と対峙しているのではない。彼らはみな無辜の民を殺すことによって目的を達成しようとするイデオロギーと欲望がある。」


アメリカによる真珠湾攻撃への報復、1942年4月18日の東京爆撃とはドゥーリトル空襲のことです。まだ日本付近の制海権がない時期の、少数の爆撃機による決死隊です。これは映画「パールハーバー」でも描かれていました。映画では、まるで空襲の目印にしてくれと言わんばかりにでかでかと「○○兵器工場」と書かれた建物を攻撃する場面が出てきます。

この記事でも映画でもそれが真珠湾の報復ということになっています。軍事施設攻撃に対する報復は軍事施設攻撃、その点ではアメリカは“フェアプレー”をやったように見えます。---本当にそうでしょうか。

記事でも映画でも何も触れていませんが、アメリカがやった本当の報復とは、日本全土への無差別都市爆撃であって、それに比べればドゥーリトル空襲などは取るに足らない些細な出来事です。

それは罪のない民間人を大量に殺戮することによって日本を降伏へと導こうとするものでした。

私は身内から話を聞いたことがあります。飛行機が、パイロットの顔が見えるくらいの低空で飛んできて機関銃をダッダッダッダと掃射すると、まわりを歩いている人がばたばたと倒れていく。少しも怖くなかった、子供だったから。と、まるでただの思い出話のように淡々と語ります。彼はアメリカに何の恨みも持っていません。

当時のアメリカには確かに「無辜の民を殺すことによって目的を達成しようとするイデオロギーと欲望」がありました。そのことに対して何の反省もないまま、今、同じ考え方をする者たちを卑劣な悪魔のように言い成すのは自己矛盾もはなはだしい。アメリカがやったことは彼らよりもはるかに大規模に徹底的なものでした。

ですから、9.11と比較すべきは真珠湾ではなくて広島長崎であり東京であり、日本全土の都市なのです。

「パールハーバー」に山本五十六役で出演したマコ(この間亡くなりました)は、この映画は日本人を悪辣な人間として描いておらず、公正な扱いをしているので国際的評価に堪えるという意味のことを言っていました。

しかし、すでに述べたように、映画の中で何を描き何を描かないかについて大きな欺瞞があるのです。些細なことを大きく取り上げ、重大な意味のあることを敢えて無視することで観客に与える印象を操作する、これが彼らのやり方です。

と、こうして考えてみれば、〖まるで空襲の目印にしてくれと言わんばかりにでかでかと「○○兵器工場」と書かれた建物〗の意味が見えてきます。いくら嘘臭くても、この映画はそれが兵器工場であることを観客にわからせる必要があったのです。民間人ではなく、軍事施設への攻撃であることを。

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  1. 2006/09/12(火) 22:27:39|
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中国の「ゴロツキ外人追い出し大行動」

中国の反日を英国人が評す の続きです。

中国のこういう現象で影響が大きいのは「上海ベイビー」だと思います。この小説は発禁になりましたが、地下で出回ってかなり読まれたでしょうから。私は最初の2ページでやめましたが。

“クズ外人”を追い出す方法というのは、まず、文章を読んだ人がEメール等を通じて多くの人に話を広め、それをマスコミが取り上げ、関係当局に圧力をかけることだと彼は言います。私の考えでは、そんな回り道をしなくとも、例のブログを当局に通報するだけで彼は国外追放になるでしょう。“国家分裂を図る言動”も風紀の乱れも中国政府が非常に嫌うことですから。

この教授の記事についたコメントはというと、予想通り「支持」「支持!」「全力支持」という調子のものが圧倒的です。中でも非常に多いのが、「切断しろ」「去勢しろ」「太監(宦官)にしろ」という類のもの。いやはや、中国人ていうのは。

ケッサクなのはこれ。「日本人が成りすましているんじゃない?」

数少ない冷静な意見としては、
「何をそんなに憤っているんですか?女性には自分で性のパートナーを選ぶ権利があり、外国人にも性のパートナーを批評する権利があります。そんなに憤慨するなら、その西洋人は外国女性に対するときも同じようにしていると想像することもできるのでは? 国人[中国人]は何かあると第一の反応は人の欠点を探そうとします、自分ではなくて!」

「もし興味があるならこの日本のサイトに行ってみれば?」というコメントもあって、リンクされていたのは「上海サウナ」でした。

もうひとつ、これは英語でのコメントなので、たぶん外国人か、外国にいるので中国語を打ち込めない中国人でしょう。
「この外国の悪人に対するあなたの意見がどうであっても、彼には、これがまさに中国人には欠けているのだが、個人としての人格があると思う。彼が法の範囲内でやっている限り、あなたの“ゴロツキ外人追い出し大行動”は茶番だと思う。それは一部の教育のある中国人も無学な中国人と同じほど単純で幼稚だということを示すに過ぎない。」

さて、前回予告しておいた彼の“悲惨な体験”というのはこれです。


私は2006年3月7日婦女節の前の日の火曜日のことを永遠に忘れない。なぜならその日に起こった事件で私は三つの重要な決定をしたからだ。

その日ははじめは普段の日と変わらなかった。昼に一人のフランス人女性と食事をした。帰ってきて職場の入り口のところで、遠くのほうにゴミ拾いのおじいさんが手押し車を押しているのが見えた。そのときフランス小姐[若い女性のこと]が私をつついた。「見た?」「なにを?」私は不思議に思った。「あなたの目の前。」私はやっとわかった。前にいるのは、背の曲がった頭に長く汚い乱れた髪の毛が何本かあるだけの外国人の老人で、すこし近眼気味のわたしがゴミ拾いの人だと思ったのも無理はない。彼が押している車の中は廃品ではなくて混血の子供だった。

そばにいるのは中国人の女の子。若くてきれいですらりとした女の子。

フランス小姐は笑い出した。「あなたたち中国の女はいったいどうして?」フランス小姐が笑ったのは、今しがたの食事のときに私たちがちょうどそのことを話題にしていたから。実は前からこのような外国人男性と中国人女性の話は見たり聞いたりしていたが、大して気に留めていなかった。しかし目の前のこのカップルの対比は強烈だった。--花のような宝石のような中国の若い娘と、老いた醜い汚い背の低い頭の禿げた干からびた外国人男性、それから彼らが押している乳母車の赤ん坊。

一方ではフランス小姐が腰を曲げて笑っている。(彼女がなぜそんなに笑ったのかわからない。)そのとき私は一人の中国人として自尊心を深く傷つけられた。

数日後、私は三つの決心をした。:第一、私の知るある種の外国人男性の醜い真相をみなに伝えていくこと。第二、中国女性が外国人男性に群がることを阻止すべく、中国人に決起を促す。

第三、これが最も重要で、一人の中国学者としてしばらく通常の仕事を中断し、まだ誰もやったことのない研究に全力を投入する。つまり、外国人女性の目に映った中国人男性像を研究し、それによって最終的には中国人男性が外国人女性を追い求めるのを助けること。


研究するのは、どうやって知り合うか、どうやって話しかけるかなどだそうです。
中国女性が外国男性になびくことを憂えてるいるのだから、中国女性の目に映った中国人男性と外国人男性研究するのかと思ったら、さにあらず。外国人女性攻略法を研究しようというのです。これじゃあ自分が批判している中国人女性と変わらないじゃないですか。女性のほうが簡単に目的を達成できるというだけのこと。

この種の不良外人は日本にも多そうですね。
自国の女性が外国人と付き合うのを不愉快に思うのは、たぶん世界中の男に共通する心情で、私にもよく理解できるのですが、彼はその嫉妬心を公憤に変えて国民的運動を起こそうというのです。そしてそれに呼応する人も多くて、例の“クズ”がどこそこで何をしていたという情報を寄せている人もいました。いかにも中国らしい現象ですねえ。“愛国無罪”の国ですから。

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  1. 2006/09/07(木) 04:42:41|
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中国の反日を英国人が評す

正確に言うと、「中国の反日をイギリス人が評するのを読んで中国人が猛り狂う」です。

自称“中国の女たらし”上海在住のイギリス人教師が自分のブログで書いていることについて中国人の心理学教授が自分のブログで書いているので、そこから抜き出します。
http://blog.phoenixtv.com/user3/zhangjiehai/archives/2006/299423.html (中国語)

( )は原文にあるもの、[ ]は私がつけた注釈です。


彼[そのイギリス人]は言う。
「[中国人は]中国の不幸をすべて他人のせいにする。中国は自分を責めるべきだ。国家主席から一般民衆までそれは言える。総じて言えるのは中国人は自分の社会について何も知らないし、理解しようとすることに興味を示さない。」

お笑いだ、まったくもって可笑しすぎる。

我慢しようにもできないのは、このクズが中国の教壇で中国人の民族感情を勝手気ままに毀損し、中国を分裂させる言論をおおっぴらに広めたことだ。

周知のように、この15日に日本首相小泉はまた敬国神社[原文のまま・北京語では敬と靖は同じ発音]に参拝した。当然のようにまた中国及び広範なアジア諸国で強烈な反対が激しく起こった。しかし、このクズはブログで公然と中国人の民族感情を毀損した! 

彼は言う、「私は彼ら(中国の学生を指す)の祖先の憤怒を理解できる。しかし彼らは日本人に傷つけられたことはない。」
彼は同済大学での授業のとき、一人の学生に聞いた。
「もう60年もたっているのに、君たちはなぜそんなに憤っているんだ?」
「これはひとつには中国政府が人民の感情を操った結果だ。もうひとつは、中国は自分の痛苦を熱愛するからだ。彼らは自分たちの痛苦とロマンチックな踊りを踊る。」

全世界の人はみな認めている。ドイツは戦争を反省することでは日本よりはるかによい。しかし私の先生のユダヤ系アメリカ人教授はドイツの製品を一切使わない。たずねよう、なぜ彼はこれほどまでに理解がないのか? これもアメリカ政府が彼の感情を操った結果なのか?

私はかつて≪中国人の致命的欠陥≫で、イスラエル人が一切の代償を惜しまずにナチスを千里追い回し、ついには自らが設けた絞首台に送ったことを高く評価した。ひとつの小国でもこのようにできるのに、堂々たる中国がやったことはなんだ? もしイスラエル人がナチスに対処したように中国人が日本の軍国主義者に対処できていたなら、日本人はとっくの昔に我々に謝りたいと思っていただろうし、二度と靖国神社なんぞに参拝できないだろう。

このように、このクズは中国人がやりすぎだと感じている。このクズは忘れてしまったようだ。:彼の祖国もかつてナチスの鉄蹄の下で呻吟したことを。

それゆえ、私はここで厳粛に呼びかける、イスラエル人にならって同胞たちが行動を起こし、“クズ外人を追い出すインターネット大行動”を徹底的にやり抜いて、彼を中国から叩き出そう。

彼はなんと教壇で公然と中国分裂活動に従事している。たとえば、彼は新疆出身の学生に聞いた。「新疆は本当に中国の一部分であるべきか?」同時に彼は無数の学生に向かって言う。「台湾はもともと独立国家だ。」


このイギリス人、よくクビにならなかったもんですね。

とまあ、ここまでは当「日本の評判」ブログのテーマに沿った部分を取り上げたんですが、この上海科学院の心理学教授がこれほどまで猛り狂っているのは実はほかに主要な理由があるんです。

ではこの記事の一番最初から行きましょう。


今日私は比べようもないほどの憤怒の心情を抱いて、外国のゴロツキについて皆さんに訴える。そして中国同胞の皆さんが一致した行動でこの外国のゴロツキを中国から追い出すよう呼びかける。

それはこのような経緯だ。:数日前、ネット仲間が上海在住のイギリス人のブログについて知らせてくれた。それを読んで私は驚き、憤り、吐き気がした。そして念頭に浮かんだのはただひとつ、我慢すべきか否か。絶対にこのクズを探し出して中国から追い払わなければならない!!!

彼--上海在住のイギリス人教師--はブログに、教師の身分を利用して中国の女性をもてあそんだ経過を卑猥にして醜悪極まりない言葉で記録する。その中国人女性の大部分は彼の学生だ。そして彼は口を極めて中国政府と中国人男性を侮辱し傷つけ歪曲する。

彼のブログはのっけからこのような上海生活の描写から始まる。:「だから、ほら、この土曜日はスター[女の子の名前]と一緒で、日曜日はインインと一緒で、間にMSNでチェリーと連絡を取って、SMSでチューリップをからかって、リナに電話して、スーザンにEメールでいちゃついて、ウェンディのブログで求愛した。」

このクズはブログで、これらの女子学生を弄んでいるだけだと公然と宣言する。彼は言う、
「俺たちは愛を語らず、結婚を語らず、一緒に住もうとも言わない。」
なんと厚顔無恥にも言う、
「もう彼女には飽きた。X(女性○○器)はXだ。[“X”は原文のまま。“○○”のほうはちゃんと漢字で書いてあるんですが、ここでは勘弁]俺が彼女と手を切らないのはこの次にまた弄ぶためだ。」

このクズのお得意は、卑猥な言葉を使って中国女性の体と彼らが愛しあう様子を描写することだ。このように。
「俺のかわいいティンティン、ああ、想わずにはいられない、君の極上のきれいな体、きれいな肌、かわいくてつややかな乳房、色っぽくてつやのある精緻な下腹、甘やかで優雅な太ももと腕、ああ、もちろん両ひざのあいだ。君はなんときれいで色っぽくて美しいんだろう!」

このクズは極度のうぬぼれ屋だ。彼の書くところによると、中国女は服を脱ぐ前にみな恥ずかしげに言う、「私の乳房は小さいの。」そして彼がパンツを下ろした後に驚いて言う、「あなたの鶏把はなんて大きいの!」[お分かりだとは思いますが、○○とは男の○○です。英語のc○○kの直訳かな、それとも偶然の一致か。]この女が処女だったとしても、これが初めてだったとしても例外ではない。

ティンティンは既婚女性で、このクズはティンティンを弄ぶ様子を描写するときに彼女の夫を皮肉ることを忘れない。それから、中国男はみな中国女を満足させられないと指摘する。

彼に言わせれば、中国男は性能力が低いほか、醜いことこの上ない。あるとき彼は三つの dull(にぶい)で中国男を形容した。(Chinese men are dull dull dull.)


この後、中国女は世辞を理解するが男は理解できないとか、彼が使った Chinaman が「中国人に対する蔑称であることに注意」とかがあって、最初に紹介したところに続くわけです。

そのあと、どのようにして追い出すかを具体的に述べているのですが、それはまた明日にしましょう。それから、彼がここまでいきり立つには以前の悲惨な体験が伏線としてあるのですが、それも。

あ、件のイギリス人のブログ Sex and Shanghai / 欲望上海 ですが、アクセスできませんでした。

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  1. 2006/09/06(水) 01:43:03|
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反日?玉本論文の内容

古森氏が「反日的」だと批判した玉本氏の論文を読んでみましょう。
日本はどのように中国をイメージし、自分自身を見るか
長いので部分的にしか紹介できないのが残念です。

(これは 日本に「思想警察」はあるか の続きです。)

冒頭の部分と終わりに近いところから。


日中関係は1970年代以来最悪の状態にある。小泉純一郎首相がこの11月に組織した内閣でタカ派が継続的に台頭していることが確認された。そのことで日本の対中関係の早急な改善は望めなくなった。それでも、東京と北京の関係は、資本主義と地政学、統合と葛藤の地球的均衡に確実に影響する。「日本はアジアを遠ざけた。」とヒューゴ レストールは言う。「日本は孤立した。」とドイツ安全保障問題研究所の クリストフ バートラムも声を合わせる。日本ウォッチャーたちは事態悪化を日本のせいだと非難し、日本の対中政策を愚か、挑発的、独善的、不当だと評している。中国政府の公式声明も同じような調子だ。共産党の新聞チャイナデイリーは日本の軍事的膨張主義復活と軍国主義の過去についての罪の意識の欠如について鋭く述べた。北京上海そして全中国での街頭デモは中国人の不安の深さを証明した。
そしてそれはもはや官製デモではない。日本の“唯一の友人”アメリカにも日本の東北アジアでの疎外に関する懸念がある。長年日米同盟を激賞してきたワシントンは苛立ちをあらわにし始めた。アメリカは孤立して行き詰まった日本を心配している。そして世界は日本と中国のナショナリズムの衝突を心配している。しかし日本国内では、日本が国粋主義的軍国主義的タカ派的挑発的と見られているという意識がほとんどない。
(略)
[日本は普通の国になるべきだという]普通化論者の欲する自己像が隣国と摩擦を起こそうと、彼らの自国向けの発言が外国で非常に違って受け取られようと、彼らは気にとめていないようだ。我々はじきに外交の失われた十年の話を聞くようになるだろう。しかし、日本が東北アジアの中で孤立し、疎外されるにつれ、そしてその孤立が国家的損失であることが明らかになるにつれ、政治における穏健派が表に出てくるだろう。


コメント欄でも少し触れましたが、東北アジアには日本のほかには中国と朝鮮半島の二国しかありません。そこでの孤立を恐れていると、彼らの要求に従うほかなくなります。

なかなか興味深いことも言っています。


批判者は、小泉の靖国に対する姿勢に、過去のアジアにおける帝国主義的侵略への悔恨の念がないと見ている。そしてそれには日本は長年沈黙を保ってきた。日本の第二次大戦の記憶は選択的に戦争の最後の一年半に焦点を当ててきた。体を焼き平野を焦がす日本のほとんどの都市へのアメリカの無差別焼夷弾爆撃と空腹--東京では一晩に12万人近い人が死んだ。忘れられているのは日本軍が中国でやったこと、1941年の真珠湾攻撃を導いたのは1937年の日本の中国侵攻だったことだ。
日本の敗戦後、日本人を犠牲者として描く国民的物語が支配的になり、定着した。この犠牲者としての物語--広島長崎の、戦争への大衆の恐怖と憎しみの--は平和を求める総意を形成する。そしてそれはすべての戦争を非難する傾向がある。しかしすべての戦争を無条件に悪とする考え方は、歴史とその因果関係を無視している。ゆえに、日本人のとらえ方では、人々はアメリカの爆弾というよりも抽象的に受けとめられた戦争の犠牲者だ。この歴史に基づかないとらえ方は犠牲者としての物語ともあいまって、日本の侵略を思い出させる余地をほとんど残さなかった。これはまた、なぜこれほどまでに日本で反米感情が少ないかを説明してくれる。外国の批判者は日本人の健忘症と平和主義の交錯を謎と感じる。しかしいま、多くの論者は小泉の参拝を悪意があるととらえている。
“普通の国”論者とタカ派ナショナリストは事実上、日本からこの歴史に基づかないとらえ方を取り除こうとしている。彼らは主権国家であることと交戦権の関係を復活させ、そうして歴史を“再活性化”させることを望んでいるからだ。


日本軍が中国でやったことを日本人が忘れているとは思いません。それはテレビ新聞雑誌書籍等で繰り返し取り上げられてきました。日本は六・七十年前のことは心に刻み付けているのに四・五十年前のことはきれいさっぱり忘れてしまう中国のような“選択的健忘症”ではありません。
が、「犠牲者としての物語」「歴史に基づかないとらえ方」という部分には感じるものがあります。毎年7月末から8月15日までNHKで聞かされるこの種の物語にはうんざりしていますから。



かれら(日本のナショナリスト)の戦いは1945年以後の秩序に対するものだったから、彼らの思考は、主権と交戦権という言葉で定義される国家からなる1945年以前の近代世界に立ち戻る。しかし、1945年以後の日本国家は多くの点でポストモダン[近代の次に来るもの]になった。主権は分割可能で、他者と共有されるべきものだ。存在理由はもはや交戦権には関係しなくなった。この日本はヨーロッパにはぴたりと合う。しかしアジアでの国際関係はまだ疑いもなく近代だ。“普通の国”論者はアジアをポストモダンに向けて動かそうと具体的な努力をするのではなく、日本をアジアのやり方に合わせて近代へ戻そうとする傾向がある。そしてこれが皮肉にも中国との摩擦の原因だ。


玉本氏はアイケンベリー氏とは違って、アジアの状況を無視して日本はドイツを見習えと言ったりはしません。彼はアジアとヨーロッパの違いを認識して、その上で日本はアジアを変える努力をしろと言います。努力すればアジアを変えられると思っているようです。結局、アジアの現実を見ていない、見ようとしない点で両者は共通していると言えます。

日本はその点では東アジア諸国に対して何の影響力もありません。また、影響力を及ぼそうとすれば彼らはますます凝り固まってしまうでしょう。
あるいは、北風と太陽の寓話に倣って日本が低姿勢になれば彼らも変わると考えているのでしょうか。それこそアジアを知らない者の空想です。
中国は“1945年以前の近代”的な世界戦略に沿って軍事外交面で着々と布石を打っています。日本などはその前に立ちふさがる障害物でしかありません。彼らが日本の歴史問題を非難し続けるのも障害物を取り除こうとする努力の一環でしょう。
中国がポストモダンに移行するなどは、このまま中国が高度成長を続け、戦争と帝国解体を経た後にようやく実現するかどうかの遠い将来のひとつの可能性でしかありません。それまで日本はアジアの現実に合わせて生きていくほかありません。

全般的に言って、この玉本論文から強く感じられるのは「彼ら日本人」という感覚です。彼は意識的にも無意識的にもそういう姿勢を保とうとしているように見受けられます。それはたとえば、「“日本の唯一の友人”アメリカ」や「日本はアメリカからの評価を無闇に欲しがる」(当ブログが典型か?笑)というような表現にも表れています。
それが「反日的」だとみなされたひとつの要因でしょう。

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  1. 2006/09/03(日) 18:02:44|
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“言論統制”

わたし(nippyo)がkom’s log というブログのコメント欄に投稿したものを採録します。


nippyo
『お邪魔します。ワシントンポストのサイトについているリンクからたどってきました。私も同じ記事について書いたので読んでみてください。
http://nippyo.blog57.fc2.com/blog-date-20060829.html』

#
kmiura
『はじめまして。nippyoさんの記事から引用します。

”政府に属する機関が発行している刊行物が政府批判を行っているとしたら自己矛盾もはなはだしいことで、税金の無駄遣いだとして批判されるのは当然だ。執筆者や編集者は、批判があるならまず政府関係者に直接進言すべきで、聞き入れられないのなら抗議の辞任をして民間の自由な立場から政府を批判するべきだ。日本ではそれが許されている。だから日本国際問題研究所(JIIA)が批判を受けて記事を取り下げたのは何も驚くべきことではない。驚くべきなのはむしろJIIAがそのような記事を載せたことのほうだ。”

わたしは記事の取り下げは驚くべきことだなあ、と思います。政府内部でも大いに批判は行うべきだし、その議論の内容に日本にかかわる人間がすべてアクセスすることができる、というのが理想だと思います。政府という機関の内部にいる人間がその属する組織を批判することを禁じる、というのは私はおかしいことだと思う。矛盾を抱え込んで一歩一歩すすんでいく、というのが私のイメージ。』

#
nippyo
『それはそういう考え方もあるということでかまいません。そのことで強く主張しようとは思いません。日本政府からは補助金をもらっているだけだという指摘もありましたね。お読みになればわかると思いますが、あの記事で強調しているのは小森氏が右翼テロリストの一員であるかのような、日本に思想統制があるかのようなクレモンス氏の記述に問題があるということです。そっちの肝心の本論のほうは賛成していただけるのでしょうか。』

#
kmiura
『お答えする前に質問します。1935年から1945年の日本に思想統制はあったと思いますか。』

#
nippyo
『記事をお読みになればお分かりのとおり、私もクレモンス氏も1930年代に思想統制があったことを前提に話をしています。↓
「この記事には、1930年代に思想統制とテロが同時に横行したことを取り上げて両者を混同させようとしている気配がある。」
http://nippyo.blog57.fc2.com/blog-entry-23.html
わかりきったことを質問する前にやるべきことがあるのでは。』

#
kmiura
『たとえば当時の蓑田胸喜の言論活動はnoppyさんの言う”思想統制”に含まれるのでしょうか。彼は具体的なテロ活動はおこなっていませんが、イエロージャーナリズム的な形で大学における言論活動に圧力をかけました。蓑田胸喜自身が当時の政府の工作員だった、といった気配はないので、彼は自分の意志でそうした活動をおこなったわけです。効果は実にあらたかで、ずいぶん大勢の真摯な学者が大学から追放され、結果として翼賛体制が強化されていったわけです。つまり、ハードな意味の統制によって批判を禁じたわけではないのですが、批判をすることを実に低次元な見方から糾弾することでソフトに(環境型ともいいますが)統制がおこなわれたわけです。
件のWPの記事は、批判をうけて日本国際問題研究所がサイトを一時的に閉鎖していることに、驚くほど素直だ、素直すぎる、というようなコメントをしています。私からすれば、これは日本ではよくあることだなあ、と思います。面倒なことにはなるべくかかわらないようにする、あるいは、問題がおきたらその問題の場自体を隠蔽する、という反応です。じつに日本的なはからいかたなので、アメリカ人は異様にうつるのでしょう。でも、こうした問題や対立を嫌う傾向が、上で述べたような”ソフトな統制”の駆動メカニズムの一部なのではないか、と私は思います。こうした形での統制については第二次世界大戦後にずいぶんと多くの学者や研究者が頭を悩ませ、いろいろな論考がありますが、いまだにクリアーな定義はないのではないでしょうか。これは日本の人間が考え抜くべきテーマのひとつだと思います。
クレモント氏はおそらくこうした詳しい背景をよくしらないと思います。したがって、それを言い表す言葉として、”軍国主義”や”思想統制”といったシンボル的な表現にとどまっているのだと思います。そこで、私はクレモント氏の記事は見方が単純だな、とは思いますが、コモリ氏の活動は上に説明したようなソフトな統制に含まれる、と思います。さらにえば、クレモント氏が指摘しなければ私はそのことをしりえなかったので、よい記事だな、と思っています。』

#
sivad
『もっと「空気を読まない力」を醸成しないと、日本で「自由な議論」てのは難しいですね。』

#
nippyo
『昔の話を持ち出しても結局、小森氏が右翼テロリストの一員であるかのような、日本に思想統制があるかのようなクレモンス氏の記述が正しいことを証明できませんでした。あなたは気がついていないようです。彼がやったような事実に基づかない非難攻撃はあなたが“言論統制”の事例としてあげたものと同種であること、攻撃されているのが自分の気に食わない人物であるからといってそれを容認することがいかに危険であるかということ。その意味であなたはイェロウジャーナリズムが効果を表す世界の住人です。』

#
nippyo
『「コモリ氏の活動は上に説明したようなソフトな統制に含まれる‥」
もう一度古森氏の記事を読み返したほうがいいでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/kaz1910032/d/20060812』

#
kmiura
クレモント氏の記事について。
一昨日のコメント欄より。

nippyo 『昔の話を持ち出しても結局、小森氏が右翼テロリストの一員であるかのような、日本に思想統制があるかのようなクレモンス氏の記述が正しいことを証明できませんでした。あなたは気がついていないようです。彼がやったような事実に基づかない非難攻撃はあなたが“言論統制”の事例としてあげたものと同種であること、攻撃されているのが自分の気に食わない人物であるからといってそれを容認することがいかに危険であるかということ。その意味であなたはイェロウジャーナリズムが効果を表す世界の住人です。』

# nippyo 『「コモリ氏の活動は上に説明したようなソフトな統制に含まれる‥」

もう一度古森氏記事のを読み返したほうがいいでしょう。

http://blog.goo.ne.jp/kaz1910032/d/20060812』

というわけで、もう少し詳しく説明する必要がありそうなので、あらためて書きます。

まず事実関係。サンケイのコモリ氏(古森義久)はJIIAの理事長であるサトウ氏(佐藤幸雄)に、コイズミ首相のヤスクニ参拝を批判するような文章を書くようなフトドキ者(すなわちタマモト氏=玉本偉、英文編集長のことですが)を援助するために日本の税金を使ったことに謝罪せよ、と要求しました。また、それに応じてサトウ氏は24時間以内に当該サイトを閉じました。サトウ氏に対する文章は「公開質問状」として上記nippyoさんのリンクでみることができます。

この経緯に関する情報は、クレモント氏によるワシントンポストの記事以外にも、アジアタイムスが記事にしています。

Open debate under threat in Japan By Sheila A Smith and Brad Glosserman

クレモント氏のワシントンポストの記事における、コモリ氏の評価にあたるのは次の部分です。

What's alarming and significant about today's intimidation by the right is that it's working -- and that it has found some mutualism in the media. Sankei's Komori has no direct connection to those guilty of the most recent acts, but he's not unaware that his words frequently animate them -- and that their actions in turn lend fear-fueled power to his pronouncements, helping them silence debate.

The Rise of Japan’s Thought Police

By Steven Clemons Sunday, August 27, 2006; Page B02

なお、クレモント氏は自分のブログも持っています。そこでも今回の件について触れている。

japan’s Right Wingers Out of Control @ The Washington Notes,

このブログでは、コモリ氏の評価は以下のようにもう少し詳しく書かれています。

I know both of these writers/intellectuals -- and Komori has established a kind of franchise on the debate about Japan's historical memory. He is the authoritative right-wing commentator on the politics of Japan's war memory and on Japan-China relations. He's part of a group that understandably argues that Japan needs to get beyond its kow-towing to China and other nations in the region over World War II -- particularly given the behavior of the Chinese government towards its own people in the 1960s and 1970s.

他にもウェブ上でクレモント氏は関連して以下のような記事を書いています。Japan ― trend: right-wing nationalism

さて、それではクレモント氏はコモリ氏をnippyoさんがおっしゃるように「右翼テロリスト」扱いしているでしょうか?記事を読む限りコモリ氏が右翼である、とは言っていますが、テロリスト、とはいっていない。記事の中にはテロリストという単語は一度もでてきません。もちろん、テロリスト、という単語が911以降政治的に使われることが多く、その意味がくるくると変わってしまう実に微妙な便利すぎる言葉であり、言論を生活の糧とするクレモント氏はその用法に慎重にならざるを得ないでしょうから当然です。では「右翼」はどうでしょうか。コモリ氏の文章を読む限りコモリ氏自身は自分のことを右翼だと自己規定していません。どちらかといえば、それが「普通である」という考え方をしているように見えます*1。したがって、自己規定と他者による評価が分かれることになりますが、私にもコモリ氏の意見は明確な右翼と思えるので、クレモント氏を支持します。

上記引用にあるように、実際に手を下した行動派の右翼とコモリ氏とは直接コンタクトはない、といっています。ではクレモント氏がなにを問題にしているのかというと、コモリ氏の言論は行動派の右翼のアクションの引き金になっている、一方で、行動派右翼の実力行使が逆にコモリ氏の言論に実質的な権力を与えているというメディアを介した相互関係を問題にしているです。はたしてこの関係性は論証可能なのでしょうか。これはしかし、恋愛関係を証明しろというようなもので、問題設定がまちがっている。蓋然性の話なのです。だから先日のコメント欄で、私は蓑田胸喜の例を挙げました。蓑田は実際にはなにも手を下していない。しかしながら、言論と暴力の相互の関係から、蓑田胸喜のペンの権力は戦前の帝国大学教授を何人も更迭させるほどの力を得たのです。これをもって「蓑田胸喜はあの時代のテロとは関係がなかった」と今の時代の私たちは評価するのでしょうか。

私はコモリ氏だけではない、と思います。この10年ですっかり右傾化した日本の言論状況が -もちろんその右をいっている人たちは自分たちが”普通である”と主張していることも承知ですがー、実際の実力行使となってたとえば加藤紘一の実家の放火を図らずも促しているのではないか、と思います。そしてこうしたむちゃくちゃな行為がさらに「口寒し」な状況を加速させ、”普通である”はずの主張に威光を与えるのです。私はこれを事実上の思想統制(あるいはクレモント氏の言葉を使えば思想警察、ですが)である、と考えますnippyoさんは、このクレモント氏の批判自身こそ思想統制ではないか、とおっしゃりますが、決定的な違いはコモリ氏はその実家を放火されることはおそらくないだろう、ということです。一方で、タマモト氏はヤバイかもしれませんね。

なお、ここで私のいう思想統制がいかなるものであるのかをもう一度確認するため、私がコメント欄に書いたことを再掲します。お名前を間違っていたので、その部分訂正しました。

たとえば当時の蓑田胸喜の言論活動はnippyoさんの言う”思想統制”に含まれるのでしょうか。彼は具体的なテロ活動はおこなっていませんが、イエロージャーナリズム的な形で大学における言論活動に圧力をかけました。蓑田胸喜自身が当時の政府の工作員だった、といった気配はないので、彼は自分の意志でそうした活動をおこなったわけです。効果は実にあらたかで、ずいぶん大勢の真摯な学者が大学から追放され、結果として翼賛体制が強化されていったわけです。つまり、ハードな意味の統制によって批判を禁じたわけではないのですが、批判をすることを実に低次元な見方から糾弾することでソフトに(環境型ともいいますが)統制がおこなわれたわけです。

件のWPの記事は、批判をうけて日本国際問題研究所がサイトを一時的に閉鎖していることに、驚くほど素直だ、素直すぎる、というようなコメントをしています。私からすれば、これは日本ではよくあることだなあ、と思います。面倒なことにはなるべくかかわらないようにする、あるいは、問題がおきたらその問題の場自体を隠蔽する、という反応です。じつに日本的なはからいかたなので、アメリカ人は異様にうつるのでしょう。でも、こうした問題や対立を嫌う傾向が、上で述べたような”ソフトな統制”の駆動メカニズムの一部なのではないか、と私は思います。こうした形での統制については第二次世界大戦後にずいぶんと多くの学者や研究者が頭を悩ませ、いろいろな論考がありますが、いまだにクリアーな定義はないのではないでしょうか。これは日本の人間が考え抜くべきテーマのひとつだと思います。

*1:"このような「下からの」ナショナリズム、いわばポピュリズム型運動を、たとえば「自民党・文部省が一貫して企ててきた教科書攻撃の一環」「右翼」「ファシスト」などと攻撃しても彼らには届かないであろう。なぜなら、こうした運動の参加者には、自分たちが、「体制側」であるという自覚も、「右翼」的な「イデオロギー」を信奉しているという意識もなく、「健康」な「常識」=「リアリズム」に従っているだけだと思っているからである。" 小熊英二『「左」を忌避するポピュリズム』世界1998年12月号より


nippyo
『テロリストという言葉を使っているかどうかは問題ではありません。クレモント氏が記事の中で繰り返し取り上げた放火や脅迫は疑いもなくテロ行為であり、その実行者はテロリストです。古森氏の記事がそのような活動の「最新の攻撃」だと決め付けたんですから、テロリスト扱いしたのと同じです。

恋愛関係を証明しろと言うのと同じだとのこと。
そうです。そのような因果関係のはっきり証明できないことを断定的に書くべきではないということです。

民主主義社会ではさまざまな意見が入り乱れています。どういう意見を表明しようとプライバシーに触れたり暴力行為を教唆するものでない限りすべて自由であり、なんら非難すべきことではありません。ある人と似通った思想を持つ人がテロを起こしたとしても、それはその人のあずかり知らないところです。kmiuraさんはそのことをもってして意見の表明を控えろとおっしゃるのですか。それこそ言論統制的考え方だと思いますが。

アジアタイムズの記事はワシントンタイムズのものとよく似ています。ただクレモント氏のような乱暴な決め付けをしていません。ワ紙のほうが後だったかな。だったら盗作くさいですね。

蓑田胸喜のやったというイェロウジャーナリズムというの具体的にはどのようなものなんでしょうか。それと古森氏の記事との間にどのような共通点が見出されるのでしょうか。』

kmiura
『”古森氏の記事がそのような活動の「最新の攻撃」だと決め付けたんですから、テロリスト扱いしたのと同じです”というのは間違ったクレモント氏の記事の読みかただ、と私は思います。テロリストか否か、という問題のたてかたは事態を単純に見すぎています。たしかに今の世界では、某国の大統領をはじめ、”テロリストか否か”という明快なラベリングが跋扈しています。二元論は確かにとてもわかりやすい。とくに今の世の中のように情報が消化しきれないほど流通している中では、白か黒か、というバイナリー思考はものごとをすっきりさせるのに有効です。しかしながらそのことには弊害もある。わかた気にはさせてくれるけれど、その理解した内容は現実とは程遠いのです。こうしたバイナリーフィクションの明確な結果がたとえば今のイラクの内戦状況です。テロか否か、という単純思考が複雑なバランスを土足で踏み破ったのです。
私たちはもう少し世の中の複雑さをもう少しそのままの複雑さで考える必要がある。これまでにも説明したように、テロリストもいれば、アジテーターもいるわけです。しかもそのアジテーターの中にもさまざまなレベルのアジテーターがいる。実行犯の耳元でけしかける輩もいるかもしれないし、社会全体の雰囲気、すなわち世論を、例えば加藤紘一の実家を放火した犯人は「義挙である天誅である」というような見方にもってゆこうとするアジテーターもいるかもしれません(実際にネット上ではそうした意見も散見します)。こうしたさまざまなレベルの活動が存在し、同期して行動し、マスメディアを介して互いに黙ってうなずきあっている(らしい)ことの全体をさして「右翼の活動」と記事ではまとめられているわけです。このことをもって、コモリ氏をテロリスト扱いした、と判断するのは拙速ではないでしょうか。なぜならば、テロリストであるかないか、という問題の建て方をすると、中間のグレーゾーンを捨象してしまうことになるからです。
nippyoさんの次の意見は「コモリ氏の言説と、実際に起きているテロリズムはおのおの独立した事象である。したがってそこに関係性を見出す記事は書くべきではない。」ということです。この考え方に対しては、いくつも反論をすることが可能なのですが、いくつか書いてみましょう。
まず純粋に論理的に考えてみましょう。コモリ氏の言説と、実際のテロ行動が完全に独立している、と証明することは可能でしょうか?例えば三文週刊誌の記事のようですが、次のような可能性もあります。「コモリ氏はとある日本右翼黒幕の広報係としての任務があり、その指示に従って記事を書いている。一方でおなじ黒幕がテロの実行の支持も下している」。もちろんこのような陰謀説は考えにくいことでしょうが、可能性としてはなきにもあらずです。もちろんほかにもさまざまな可能性がありますが、nippyoさんの考え方にしたがえば、こうした関係性が全くない、ということも確認してから上のように判断すべきであるということになります。
次に、「因果関係が事実でないならば書くべきではない」とことですが、このクレモント氏の記事は「opinion」です。この事象とこの事象の間に関係性を見出すことができるのではないか、という記事を意見として書くことができないならば、opinionのページは白紙とするしかありません。意見は、蓋然性に基づいて書くことでいっこうにかまわないのです。なぜならば、意見は読まれるためのものであり、その妥当性を解釈するのは読者ひとりひとりだからです。
nippyoさんのコメントを読んでいて私が思うのは、どうやらnippyoさんは、批判をすることと、禁止
することを混同しているらしい、ということです。クレモント氏の記事は、コモリ氏の行動を批判していますが、それをしてはいけないと訴えている記事ではありません。この点をなにやら「コモリ氏はそうしてはいけない」とまでnippyoさんは解釈しているように見受けられます。また、私の今回の一連の文章に関しても、私はコモリ氏に批判的ですが、一度たりともコモリ氏は「意見の表明を控えろ」と思ったことも書いてもいませんが、なぜかその批判をnippyoさんは「控えろ」といっていっている、と一方的な解釈をしています。くりかえしますが批判は禁止の要望ではありません。指摘しているだけなのです。
批判はどのような批判であってもオープンであるべきです。もっと踏み込んでいえば、誰がどのようになにを書こうが私はいっこうに構わないと思います。因果関係が証明できていない、とおっしゃいますが哲学的に考えればあらゆることの因果関係は、物理法則でさえ証明することはできないのです。そこで重要なのは、私やnippyoさんなどの読者それぞれがその文章をどのように受け取るか、ということでしかない。真摯な文章から電波な文章まで、それを読んでその内容にどこまで同意するか、という判断は個々人にまかされているのです。表現の自由とは、書く人間の人間の自由だけではないのです。読む人間の判断の自由でもある。私から見れば、nippyoさんの文章の読み方は、その文章を読むというよりも、自分の中にある知識に合う部分だけをピックアップしてつなぎ合わせているだけのように思います。これは「読む」こととはいえません。進歩がないからです。(繰り返しますが、これが批判です。「黙れ」と言っているのではありません)。
そこで、私は記事の妥当性を判断するための材料として、蓑田胸喜のことを書き添えました。最後の質問に対する答えになりますが、もしこの人についてこれまでしらなかったのならば、関連する文書を少し読んでみたらいいのではないかと思います。ウェブ上でわたしがすぐにみつけたのは、
http://www2s.biglobe.ne.jp/~fdj/minoda.html
あたりでどんなことであったのか、知ることができると思います。もうすこし詳しくしりたいならば、立花隆氏の「天皇と東大」を読んでみて下さい。分厚い本ですが文章は読みやすいです。大きい図書館にいけば、蓑田本人の全集をみつけることもできるかもしれません。
最後になりますが、おおもとの問題について、以上の私の文章を踏まえた上で意見を述べておきます。コモリ氏がなしたことは、タマダ氏の文章そのもののまともな批判(テキストの批判)ではありません。片言節句の揚げ足取り、レッテル貼りです。なにやら「テロリスト」レッテル貼りとよくにていますね。そしてなによりもタマダ氏の態度を問題にしているわけです。公僕たるものがお上にたてつくなどけしからん、ということです。事実上タマダ氏を名指しで「首にしろ」といっているわけです。これは私が上に述べたような批判というよりもパージです。「公開質問状」とは名づけられていますが、事実上の解雇要望書です。私が蓑田胸喜を連想したのは、こうしたやり口です。言説を生業とするものとしては、一番卑怯で筋の通らぬやりかただと思います。』

#
nippyo
『ワ紙の記事で取り上げられた放火や脅迫をなした者がテロリストであることには疑問をさしはさむ余地がありません。これは人を殺した人を殺人者と呼ぶのと同じです。はっきり二元論で割り切れるものです。もちろんそれらを「義挙である天誅である」と正当化しようとする非常識な人もいるでしょう。彼らは心情的なテロリストです。kmiuraさんは自分が嵌まり込んだ袋小路を脱出するために、仮にでも右翼テロリストの側に身をおいてしまったことにお気づきでしょうか。
蓑田胸喜がやったことを具体的に示して古森氏の記事と比較することをお願いしておいたのですが。
古森氏は誰の辞任も要求していません。あの記事は読む人の思想や立場によって賛成する人もいれば反対する人もいるといった類の意見です。たいして、クレモント氏の記事は明らかに事実に反しているのです。それを正当化しようとすれば、明らかなテロ行為を「テロかどうかわからない。」「レッテルはりだ。」「義挙である天誅であるというような見方もある」といったテロリストを擁護する発言をせざるを得なくなってしまうのです。』


kmiura
『論証ではなくて、印象ですね。あと、クレクレ君はやめましょう。自分で調べてください。』


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  1. 2006/09/01(金) 18:42:33|
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