日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

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日本に「思想警察」はあるか

ワシントンポストが27日付で Steven Clemons による「日本の思想警察の台頭」という記事を載せています。相当に偏った見方をしていますが、それは後で明らかにします。


それは政治かかわる人々のどこにでもある取るに足らない争いのように演じられた。しかし、採用すべきナショナリズムの形を模索している国日本で、著名な新聞論説委員と首相の外交政策シンクタンク編集者の言葉の戦いには警告以上の意味がある。それは公的人物を脅迫する右翼の活動における最新の攻撃で、言論の自由を押しつぶし市民社会を後戻りさせるよう脅かすものだ。

8月12日、古森義久--ワシントンを本拠とする超保守産経新聞の論説委員--は日本国際問題研究所が運営するオンラインジャーナル「コメンタリー」の編集者玉本偉(たまもとまさる)の記事を攻撃した。その記事は、対中脅威論の煽り立てや、戦死者を祀る靖国神社への中国の抗議を無視しての参拝に表れたような日本の新しい声高な“タカ派ナショナリズム”の台頭に懸念を表明するものだった。古森はそれを「反日」と決め付け、主な執筆者を「極左知識人」と攻撃した。

しかし彼はそこにとどまらない。古森は、第二次大戦の戦犯を祀る靖国神社への中国の抗議を無視しての参拝に疑問を呈した執筆者を税金を使って支持したことを謝罪するよう研究所の所長佐藤行雄に要求した。

驚いたことに、佐藤はそれに応じた。24時間以内に彼は「コメンタリー」を閉鎖し、サイトの過去の掲載記事--「コメンタリー」が外交政策と国家アイデンティティ確立についての率直な討論の場であるとする彼自身の文章を含む--をすべて削除した。佐藤はまた先週産経の編集部に手紙を出して許しを乞い、「コメンタリー」編集部の完全な見直しを約束した。

息を呑むような屈服だ。しかし、日本を覆いつくす政治的雰囲気を考えれば驚くほどのことでもない。最近のナショナリズムの台頭に勢いづけられ、1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極右活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた--そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。

つい先週、そのような過激派が、かつての首相候補加藤紘一の実家を放火した。彼は今年小泉の参拝を批判していた。数年前、小林“トニー”陽太郎富士ゼロックスCEO兼会長も、小泉は靖国参拝をやめるべきだと意見を表明した後、手製爆弾の標的になった。爆弾は取り除かれたが、小林は殺しの脅迫を受け続けている。圧力は効果があった。彼が率いている大きな経済団体は小泉が中国に対してタカ派であることと、靖国を参拝することへの批判を取り下げた。小林は今ボディガードつきで移動する。

2003年、当時の外務審議官田中均は自宅で時限爆弾を発見した。彼は北朝鮮に対して弱腰だとして標的にされた。保守派東京都知事石原慎太郎は演説で、田中は「当然の報いを受けた」と言った。

自由な思想が脅迫を受けたもう一つの例は、国際的名声のある岩男寿美子慶応大学名誉教授の件だ。2月、日本人の大部分は女性の皇位継承を受け入れる用意があると示唆する記事の発表後、右翼の活動家が彼女を脅迫した。彼女は記事を撤回し、今は姿を隠していると伝えられる。

このような過激派は憂うべき過去の記憶を呼び覚ます。1932年5月、日本の犬養毅首相は、満州における中国主権を承認し、議会制民主主義を頑強に擁護する彼の立場に反対する右翼活動家のグループに暗殺された。第二次大戦後右翼狂信者は影に潜んだが、日本の国家アイデンティティや戦争責任や天皇制に関する敏感な問題について禁忌に触れるような率直過ぎる発言をした人には時折脅迫してきた。

今日の右翼による脅迫で警戒すべき重要な点は、それが効果を表していること、メディアにおいて呼応する動きがあることだ。産経の古森は最近の活動をしでかした者たちに直接の関係はない。しかし古森は自分の言葉が彼らを刺激し、彼らが討論を押さえつけることを助けることで、彼らの行動が今度は自分の発言に恐怖に裏打ちされた力を与えていることに気づいていないわけではない。さらに悪いのは、日本の現首相も来月の総裁選で後を継ぐことになりそうな安倍晋三も、日本の指導的な立場にいる穏健派の言論の自由を圧殺しようとする試みをなんら非難していないことだ。

さらに多くの脅迫の事例がある。過去数日、私は何十人もの日本の一流の学者、ジャーナリスト、官僚と話しをした。彼らの多くはあれやこれやの出来事を公にしないでくれと私に頼んだ。右翼からの暴力や嫌がらせがあるからだ。ある一流政治評論家は私に書いた。「右翼が私の書いたものを読んでさらなる嫌がらせをしようと待ち構えているのを知っている。こんな者たちのために時間や労力を浪費したくない。」

日本はナショナリズムを必要としている。しかしそれは健全なナショナリズムだ。この国の名士たちの意見表明を抑えつけるようなタカ派の金切り声のナショナリズムではない。


テロの恐怖が政治や言論の世界を覆い、政治の方向性まで決定づけてしまうとしたら恐ろしいことで、確かに座視できない問題だ。しかしこの記事には明らかな嘘と誇張がある。

政府に属する機関が発行している刊行物が政府批判を行っているとしたら自己矛盾もはなはだしいことで、税金の無駄遣いだとして批判されるのは当然だ。執筆者や編集者は、批判があるならまず政府関係者に直接進言すべきで、聞き入れられないのなら抗議の辞任をして民間の自由な立場から政府を批判するべきだ。日本ではそれが許されている。だから日本国際問題研究所(JIIA)が批判を受けて記事を取り下げたのは何も驚くべきことではない。驚くべきなのはむしろJIIAがそのような記事を載せたことのほうだ。

さらに私が驚いたのは、clemons氏が古森氏の記事を指して、
「公的人物を脅迫する右翼の活動における最新の攻撃で、言論の自由を押しつぶし市民社会を後戻りさせるよう脅かすものだ。」
と攻撃したことだ。新聞紙上での言論活動をまるで過激派のテロ行為であるかのように言う。

後半で彼は次のように若干の修正をしている。
「産経の古森は最近の行動をしでかした者たちに直接の関係はない。しかし古森は自分の言葉が彼らを刺激し、彼らが討論を押さえつけることを助けることで、彼らの行動が今度は自分の発言に恐怖に裏打ちされた力を与えていることに気づいていないわけではない。」
しかしここでもやはり、古森氏と右翼テロリストがあたかも暗黙裡の共犯関係にあるかのように論じている。Clemons氏は両者に直接の関係はないと言うが、間接的な関係も非常に薄いだろう。古森氏の思想に右翼テロリストのそれと一部共通するところがあったとしてもそれは彼の責任ではない。彼は新聞紙上で暴力や脅迫行為を教唆したわけではない。古森氏と産経新聞はこの暴論に対してClemons氏とワシントンポストに抗議して謝罪を要求すべきだ。

民間の言論機関が政府に属する組織を批判し、政府側がそれを妥当と認めて行いを正すことは民主主義が健全に機能していることの証左であり、その逆ではない。このワシントンポストの記事は“思想警察”と題されているが、それは政府が民間の思想を弾圧するための権力装置であり、Clemons氏が「最新の攻撃」としてあげた事例とはまったくの逆である。今のところ日本が思想統制社会に移行する兆しはない。

記事の中で繰り返し取り上げられているのは狂信者による暴力・脅迫事件であり、政府による思想統制とは別のものだ。彼もそのことに気づいている。だから次のように詭弁を用いて両者間に橋をかけようと試みている。
「最近のナショナリズムの台頭に勢いづけられ、1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極左活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた--そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。」
思想統制を熱望する右翼が主流に向かって移動を始めていると言いながら、何の具体的な事例も証拠も挙げていない。ただの自分勝手な印象なんだろう。主流と言うからには政治的に有力な人物の名を挙げなければいけないはずだが。

この記事には、1930年代に思想統制とテロが同時に横行したことを取り上げて両者を混同させようとしている気配がある。彼らはこのようにして嘘をつく。断片的事例を自分の書いたシナリオに合わせてつなぎ合わせる。影響力のあるアメリカの新聞だから、やがてその結論がひとり歩きを始める。


産経新聞の古森氏の記事は日本戦略研究所で読めます

ワシントンポストはまた同じ27日付で「日本の歴史問題」への反論か?でも取り上げた記事の執筆者ウィル氏による「日本の軍隊を解き放て」という記事も載せています。ウィル氏はそこで日本が憲法を改正して“普通の国”になることを支持しています。

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  1. 2006/08/29(火) 23:19:00|
  2. 日本社会
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中国人?Sonagi 氏へ反論

Sonagi 氏に反論しておきました。


毛沢東は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすと想像したわけでもない。日本の帝国政府は善意から中国を侵略したのではないし

毛が飢饉を報告した地方指導者を粛清したのは善意からだったのか。

「未必の故意」という言葉を知っているだろうか。ビルの10階から群集に向けて煉瓦を投げれば、害をなそうという意図があろうとなかろうと殺人罪に問われる。そんなことをすれば死傷者が出ることがわかっていたはずだから。

実際、毛は自分の政策が数千万人の死をもたらしたことはわかっていたが、それでもそれを続けた。中国人の半分が死んでもかまわないと彼がうそぶいたというのは有名な話だ。

毛と金正日を比べるな。毛は衰退する王朝の下に生まれ‥

金正日はロシアに生まれ、全能の独裁者の息子として育った。‥


時代状況と毛の革命家としての経歴は毛の犯罪を免罪できない。
(もし時代状況が政治犯罪を免罪するなら、誰も帝国日本を非難できない。)
独裁者の息子として生まれたのは金正日の責任ではない。彼が責められるべきなのは、国民を飢えさせ、政治的反対者を投獄し拷問することによって抑圧体制を維持しているからだ。その点で二人は極めてよく似ている。

ロシア、中国キューバその他の国々は共産主義革命後、特に識字率と医療衛生面で初歩的な進歩を果たした。

日本植民地支配下の朝鮮は特に識字率と医療衛生面で大きな進歩を果たしたと言えば朝鮮人は激怒するだろう。本当の話だが。

もしカナダ人が日本と韓国の間にある二つの岩礁について朝鮮日報を引き合いに出したらどうする。

そうね、一番馬鹿なのは、そのカナダ人にこう言って反論することだ。「朝鮮人の見方を反映している朝鮮日報を引き合いに出すのは間違っている。」
大事なことは、その記事が事実に基づいているか、説得力があるかどうかだ。

誰でも--中国人、アメリカ人、ロシア人、日本人、etc.--は真実を求め歴史の不愉快な側面に向き合うべきだ。これは中国人にとっては、公共メディアや討論において厳しい規制があるので、アメリカ人や日本人よりも難しいことだ。

公共メディアにも討論にも規制が存在しない中国の外の世界に住む者を含む大部分の中国人にとって、歴史や現在の状況の不愉快な側面に向き合うのは非常に非常に難しいことだ。掲示板やブログの彼らのコメントを見ればそれがわかるだろう。

(2)中国共産党は腐敗した国民党政府と内戦を戦った。ちょうど近代以前の日本や他の多くの国々で権力をめぐっての内戦や戦闘があったように。内戦は他国を侵略征服することと道徳的に同じではない。だから共産党も国民党も日本帝国軍ほどの罪があるわけではない。

私は、エポックタイムズが中共を戦争犯罪者だと言ったのは、中国がチベットを侵略植民地化したことを指しているんだと思う。それ以来中共はチベット人をずっと弾圧してきた。だからエポックタイムズは中共は犯罪を犯し続けていると書いた。


あのスレッドでは最後のコメントから三日たってるし、まともな返事があるかどうかはわかりません。
返事があれば報告します。

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  1. 2006/08/27(日) 03:12:07|
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反中新聞「大紀元」は信用できないか?

というわけで、毛沢東の意図と日本軍の意図 の続きです。


Sonagi Said:
helical said:
真偽はともかく、東アジアを支配下に収めたときに帝国日本が構想していたのは、少なくとも世界に向けて宣言していたのは、いわゆる共栄圏だ。おそらく彼らは自分自身のために行動していたのだろう。しかし、それを“邪悪な意図”と決め付けることは、毛や金正日を邪悪な意図を持っていたとすることと同じだ。彼らは自分の行為が人々を苦しめることがわかっていたはずだから。

おお、なんと、helical、君はイラク駐留米軍のスポークスマンとして履歴書を提出すべきだ。歴史上いかなる国も他国の土地を住民のためになるようにと侵略、占領、植民地化したことはない。征服は常に利己的な目的のために行われる。常に。常に。常に。常に、アフリカ、アジア、アメリカ大陸のヨーロッパ植民地もそう、アメリカによるフィリピン植民地化もそう、日本の東アジア植民地化もそう。侵略と征服は朝鮮と中国の(歴史上の)協定や、日本と韓国の米軍駐留のような軍事同盟とは違う。韓国と日本の民主的に選出された政府は米軍駐留を認めることで自己利益を実現し、アメリカ政府は駐留を維持することで自己利益を実現している。

それを“邪悪な意図”と決め付けることは、毛や金正日を邪悪な意図を持っていたとすることと同じだ。彼らは自分の行為が人々を苦しめることがわかっていたはずだから。

毛と金正日を比べるな。毛は衰退する王朝の下に生まれ、自国が外国租界に分割されるのを目撃し、日本の植民者と腐敗した国民党政府と戦った。彼は北京大学図書館員としての快適な職を捨てて20年間を国府軍との戦いですごした。その間二番目の妻と多くの同志を失った。

社会主義は今はほとんど信用されなくなったが、100年前、多くの国々の人々には非常に魅力的に映った。その時代、世界のほとんどの人は明日の食い扶持を心配し、労働組合はまだなく、少数の金持ちが結託して物価を人為的に高騰させていた。ロシア、中国キューバその他の国々は共産主義革命後、特に識字率と医療衛生面で初歩的な進歩を果たした。しかし絶対権力は絶対に腐敗する。これらの政権はみな堕落した。

毛がもし50年代後半までに死ぬかやめるかしていたら偉大な政治家として崇拝されていたと言われている。彼の晩年の過ち---大躍進と文化大革命---は権力にしがみつくというエゴイスティックな欲求からきている。

金正日はロシアに生まれ、全能の独裁者の息子として育った。彼は権力を受け継ぎ、世界で最も弾圧的な政権としての評価を確立した。彼はゲリラ戦士として年月を過ごしたことはなく、新政府を樹立してもいない。

Sonagi Said:
しかし誰が言ったとしても、発言はそれ自体で評価されるべきだと思う。

いや、違う。情報源を利用するときは信頼性は非常に重要だ。

日本とアメリカに貿易摩擦があったとしよう。真実はどこにあるか? 私はアメリカ、日本そして第三国の新聞を読んでアメリカ、日本そしてもっと中立的な観点を得ようとするだろう。そうして私は自分の意見を形成する。

もしカナダ人が日本と韓国の間にある二つの岩礁について朝鮮日報を引き合いに出したらどうする。

あなたの書き込みより前に、普通の肉や海鮮を舶来料理だと偽って客をだましたレストランについての記事をエポックタイムズ[大紀元]で読んだ。調理法が不衛生なのはよくあることだ。食品産業における不衛生な慣行はCCTV[中国中央電視台]の質量報告(クオリティリポート)という番組でよく見ているので、この話を信じないわけではない。

あなたが引用した記事は社説で、純粋な意見の部分であり事実はない。もし国際的に敬意をはらわれているBBCのようなメディアがそんな見方を表したのなら尊重するが、エポックタイムズは尊重しない。

つまりPonta、情報源が社説である場合、情報源の信頼性はとてもとても重要だ。もし記事が事実と調査を引用しているならば、信頼性はやはり大事だ。状況のなかから恣意的にことを取り出して嘘をついたり事実を歪曲するメディアがなかにはあるから。エポックタイムズが書いたレストランの話が信用できるのは、共産党の代弁機関であるCCTVが同じ報道をしたからだ。

ユン チャンの本は読んでいないが、彼女の最初の本ワイルド・スワン―Wild swansは読んだ。毛についての新しい本を読もうと思う。私が読んだアメリカとイギリスのメディアが見るところによると、情報源の質にときに疑問符がつく。毛の生涯はその政治指導を称賛するのであれ批判するのであれ活発に議論する価値がある。全般的にいえば、私は毛の支持者ではないし、中国人は彼を尊敬しすぎだと思うが、彼らがそのような見方をする理由はわかる。

日本の“大東亜共栄圏”については、日本は自己利益のために行動したのではないという主張は議論する価値もない。すでに述べたように、歴史上いかなる国も慈悲深い意図から他国を征服したことはないからだ。征服は常により多くの土地と奴隷と地下資源と緩衝地帯を得るために、もしくは単に権力を伸長させるためになされてきた。

Sonagi Said:
靖国が日本と戦った外国兵士も祀っていると知って驚いた。これは立派ですばらしいことだと思う。外国人のための一画が塀で囲われていて近づけないのはよくない。もしそが外国人訪問者のために開放されれば外国の批判をかわせるだろう。ともかく、どれだけの国が外国の死者に敬意をはらっているだろうか。

ponta Said:
Sonagi
ありがとう。

いや、違う。情報源を利用するときは信頼性は非常に重要だ。

確かに。事実についての記事を引用するときは信頼性が大事だ。私が引用したのはあなたが指摘したように意見だ。それは簡単な議論だ:
(1)もし小泉純一郎首相の靖国参拝が間違っているなら、
(2)中国共産党は犯罪者で、犯罪を犯し続けている。共産党は第二次大戦中に日本軍が殺したよりも多くの中国人を殺した。その犯罪はさらに悪質だ。
(3)もし中国人が真に自分の国を愛するなら、もし中国人が自国を愛しているなら、まず共産党が犯した罪を認め、この戦犯による支配を終わらせ、中国を解放すべきだ。

あなたは情報源がエポックタイムズだから(2)は信用できないゆえにその議論は無効だ、ゆえにエポックタイムズを選ぶのはよくないと言っているようだ。

私の意見では誰が言ったとしても(2)は真実だ。ジョージFウィルもユンチャンもRummelも同意見だ。

しかしあなたは私よりも中国のことを遥かによく知っていると思う。私はもっと中国のことを勉強しなければならない。

靖国が日本と戦った外国兵士も祀っていると知って驚いた。

そして靖国は太平洋戦争の前に刑務所で死んだ者、絞首刑になったものを祀っている。神道という宗教にとって大事なのは、死者とは畏れられるべきものであり、もし鎮められなだめられなければ、この世に危険や災厄をもたらすもので、もし清められれば人々を助けるものだということだ。だから平将門のような反逆者が神道神社で祀られるのだ。そして靖国のホームページによれば靖国は古代からの信仰の上に築かれた。

歴史上いかなる国も他国の土地を住民のためになるようにと侵略、占領、植民地化したことはない。征服は常に利己的な目的のために行われる。

同意する。そして国家の指導者が殺人を名目として国を治めることはまれで、常に国民の利益を名目として治める。それでも金正日(一部の著作者によれば毛も)のような指導者は国民を飢えさせ弾圧する。それは国民を殺すのと同じくらい悪質な犯罪だ。

あなたと議論できて楽しかったです。このブログについて知っていることをもっと教えてください。お願いします。ありがとう。


いやあ、人格者ですねえ、pontaさん。反論すべきところはきっちり反論していながら相手を思いやる心も忘れない。ある意味で典型的な日本人です。

Sonagiさんは中国人の線が濃厚ですね。CCTVを見ていることもそうですが、議論の進め方が中国人らしい。それになんだかんだを言い訳をしながら毛沢東を守りぬこうとするところがいかにもです。今の世界でそんな無謀なことを試みるのは中国人と一部の日本人くらいでしょうから。

私もSonagiさんに反論してみようか知らん。pontaさんのようにはとても行きませんが。


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テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/08/25(金) 23:51:45|
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毛沢東の意図と日本軍の意図

靖国神社と南部連邦旗 からの続きです。


そして、生前に何をなしたかよりも、死者は死者であるがゆえに崇められる。
Sonagi Said:
うーん、必ずしもそうとは言えない。靖国本殿に祀られている死者はみな天皇に仕えて死んだ人だ。知る人は少ないが、内戦において敗者の側で死んだ日本人と、日本との戦いで死んだ外国人兵士のための一画が裏手にある。この一画は何者かに破壊される恐れがあるので塀で囲われており、部外者は近づけない。

靖国が問題だとは思わないが、隣接の博物館に問題がある。

ところでponta、エポックタイムズは法輪功の一機関だ。それは中国に対する言論の武器で、客観性をはじめから放棄している。私は中国共産党の支持者ではないが、エポックタイムズを情報源にしようとは思わない。日本の占領時よりも多くの中国人が大躍進中に死んだが、毛沢東は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすと想像したわけでもない。日本の帝国政府は善意から中国を侵略したのではないし、都市を空襲すれば民間の死者が出ることはわかっていた。その上、戦争とは残酷なもので、まっとうな人間でも軍服を着れば無慈悲な殺人鬼に変貌しうる。飢饉による死と軍民の戦争犠牲者に対する責任を比較するのは不合理だ。

ponta Said:
ありがとう、Sonagi
私は神道一般について述べている。

死後魂はこの土地に永遠にとどまる。yasukuni

家族に見守られて安らかに満ち足りて死んだものは崇められる先祖になるが、誰もがこのような死に方をするのではない。カミの世話をする家族なくして死んだ者は餓鬼(中国から導入された概念)になってさまよい、災難をもたらす。非業の死を遂げた者、不幸な人生を送った者は他者への危険や災難の元になる。これらの魂を鎮めるために事がなされる。shinto

隣接の博物館に問題がある。

同意する。博物館は展示を改めてより広い視野を示す必要がある。特に、腐敗した政治状況の中で日本軍が文民統制の埒外になったこと、明治憲法がそれを許したことを述べるべきだと思う。言うまでもなく、被害者側の話にも触れる必要がある。それは神道に反しない。

エポックタイムズは法輪功の一機関だ。

知っている。しかし誰が言ったとしても、発言はそれ自体で評価されるべきだと思う。

毛沢東は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすと想像したわけでもない。

私は毛に偏見を抱いているかもしれない。私の毛に対する印象は完全にこの本 マオ―誰も知らなかった毛沢東 上から来ている。そしてRummelに同意する。

たとえば、金正日は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすとは想像しなかっただろうが、人を殺したと同じように責任を問われるべきだと思う。

helical Said:
Sonagi、
善意の定義とは厄介なものだ。
ある国が他国を悲嘆と苦痛を与えるためだけに侵略することはまれだと思う(歴史上懲罰的戦争は数限りないが)。真偽はともかく、東アジアを支配下に収めたときに帝国日本が構想していたのは、少なくとも世界に向けて宣言していたのは、いわゆる共栄圏だ。おそらく彼らは自分自身のために行動していたのだろう。しかし、それを“邪悪な意図”と決め付けることは、毛や金正日を邪悪な意図を持っていたとすることと同じだ。彼らは自分の行為が人々を苦しめることがわかっていたはずだから。

randomcow Said:
彼[ワシントンポストの記事の執筆者=訳者注]の結論には賛成できない。彼の言う“左翼イデオロギー”を正しく理解すれば、日本にも同じイデオロギーがある。しかし、被害者意識を訴えることなくそれを克服した。歴史を通じて今日まで、戦争やサッカーでの敗北に対する反応が日本と朝鮮ではまったく違うことがわかる。朝鮮が左翼イデオロギーを持っているというのは真実ではない。しかしウィルさんの骨折りに10点。

tomato Said:
randomcowに同意。韓国人は左派大統領がいなくてもやはり反日だ。右からであれ左からであれ、それが韓国のナショナリズムのようだ。金大中の前の人..金なんとか、思い出せない..[金泳三=訳者注]彼は保守派だが反日だった。(日本語は非常にうまかったが)


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  1. 2006/08/24(木) 13:02:40|
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靖国神社と南部連邦旗

この記事は「日本の歴史問題」への反論か?の続きです。

ワシントンポストのウェブページは当該記事に言及したブログへのリンクを載せています。当然この「日本の評判」もあります。
そこで見つけたブログのコメント欄から紹介しましょう。
最初の方は悪意と皮肉の応酬で笑わせてくれますが、中ほどからは靖国神社と南部連邦旗のことなど、なかなか興味深い議論が展開されています。日本人らしき人もコメントを寄せています。
斜体字はコメント投稿者による引用です)



rayz Said:
“大東亜戦争”がなぜ始まったかといえば、ニューディールが大不況を克服できなかったときに、「ルーズベルトに残された唯一の選択肢が資源の乏しい日本に禁輸措置をとって戦争に突き進むことを余儀なくさせることだったからだ。

アメリカは日本が真珠湾を攻撃する前に景気後退から抜け出していたのでは。アメリカの禁輸措置はアメリカ経済を立ち直らせるためではなく、軍国日本がさらに中国に侵攻するのを止めるためだ。アメリカは真珠湾の前にロシアとイギリスに物資を供給していた。これによってアメリカは景気後退から立ち直った。

master beta Said:
rayz、この記事の言う禁輸は、日本のインドシナ占領への対応として始められたものだ。それに、アメリカが直面していたのは景気後退ではなく恐慌だ。りこうぶるのがうまいけどね。
(後略)

ponta Said:
遊就館の歴史観には賛成できないが、記事の筆者が書いているように、首相がその歴史観を是認しているわけではない。もし中国がその考え方を気に食わないのなら、遊就館(戦争記念館)に抗議すべきだ。私に言わせれば、問題は首相が靖国を参拝するか否かではない。首相の私人としての参拝が許されるか否かだ。ちょうど、彼がイスラム寺院、仏教寺院、マクドナルド、ポルノショップへの参拝(訪問)が許されるように。それがいけないという理由はないと思う。
私について言えば、首相がイスラム寺院、仏教寺院、マクドナルド、ポルノショップ、靖国を訪問しようがしまいが気にしない。(政教分離の原則に抵触しない限り)

将来の日本の首相がイスラム教徒であれキリスト教徒であれ仏教徒であれ、イスラム寺院に参拝してはいけないという理由はないと思う。たとえ過去においてキリスト教徒とイスラム教徒が対立する関係にあったとしても、そして一部のイスラム原理主義者が歴史と政治において急進的な考え方を持つとしても。

そして靖国の背景にある宗教である神道において、死者とは儀式を通じて今でも語り合える存在だということを認識すべきだ。そして、生前に何をなしたかよりも、死者は死者であるがゆえに崇められる。とりわけ、生前に善をなしたか悪をなしたかにかかわらず、死者はなだめられ鎮められ清められるべき存在なのだ。そして靖国は戦死者のための場所だ。

日本が侵略的な国であったことは間違いない。制御のきかない軍国主義で、多くの捕虜と民間人を虐殺した。それについては非難されるべきだ。しかしそれは中国が永遠に非難する権利があることを意味しない。中国が信教の自由を侵害できることを意味しない。日本は謝ってきた。日本が中国と友好条約を結んだときにわれわれはこの問題を解決した。

中国は歴史を政治的に利用している。

中国が共産主義国になって以来、自己に都合のよい歴史を援用してチベットを併呑し、インドの領土をぶんどり、東シナ海と南シナ海の領有権を主張し、台湾“返還”を要求してきた。yale 

中国人が悟るべき時だと私は思う。

もし小泉純一郎首相の靖国参拝が間違っているなら、中国共産党は戦争犯罪者であり、今も犯罪を犯し続けている。共産党は第二次世界大戦で日本が殺したよりも多くの中国人を殺した。その犯罪はさらに悪質だ。もし中国人が自国を愛しているなら、まず共産党が犯した罪を認め、この戦犯による支配を終わらせ、中国を解放すべきだ。epoch

usinkorea Said:
南部連邦旗についての彼のコメントはよい。南部出身者以外のほとんど誰も賛成しそうにないことはわかるが、それは真実だ。南部には南部連邦旗を自分たちのレイシズムの誇るべき象徴として使う人がいる。しかし一方で、よかれ悪しかれ自分の属する土地の歴史の象徴として使う人もいる。レイシストでなくとも毎年南北戦争の再演をやる人がいる。(一部にはレイシストもいることも知っている)

結局、われわれが語っているのは、象徴とそれが表しているものについて、そしてそれらがいかに異なった人々に異なったものを表しているかについてだ。

中国人と朝鮮人は、神社を参拝することは戦犯を称賛することであり、日本の隣国に対して使われる全体主義的軍国主義の精神を再興しようとすることだと言う。そして日本人は日本の歴史全体として戦死者に敬意を表することだと言っているようだ。

私が好まないのは見せかけの偽善だ。中国と韓国の社会は激しい反日だ。彼らはそのための自分勝手な論拠として日本による将来の脅威を利用している。しかし、それでも彼らは日本との関係を通じて金を儲けようとする。日本は悪い人々のいる悪いところで、アジア人は誰も日本人を信頼すべきではないが、日本の資金はよい。
(後略)

ponta Said:
皮肉なのは、60年前に絞首刑になったA級戦犯を崇拝しているとして日本の首相を最も強烈に批判している中国と韓国が、今絞首刑にされるべき、人間の皮をかぶった悪魔金正日の最大の支援者であることだ。


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テーマ:特定アジア - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/08/23(水) 01:32:28|
  2. 日本外交
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「日本の歴史問題」への反論か?

前回、「日本の歴史問題」を書いたアイケンベリーは無邪気で世間知らずだと言いましたが、それは彼が小泉さんの靖国参拝にばかりこだわって、中国の政治的意図については何も問題にしていないからです。
ドイツを見習って近隣諸国を安心させてEUのような組織を作れといっても、中国のような膨張主義的独裁国家を相手にしては土台無理な話です。日本とドイツでは周りの環境が違うんです。
安倍晋三の中国孤立化連合は是か非かもあわせて読んで下さい。)

「日本の歴史問題」を掲載した同じワシントンポストが、20日付で「日本の死者の安らかならざる眠り」という記事を載せました。
これは、中国を好戦的な共産主義政権と呼んでいるように、一部私の気持ちを代弁してくれるような記事です。(全面的に賛成できるわけではありませんが)
そして「日本の歴史問題」に対して反論するような形になっています。


過去はどこにでも存在する。しかし日本は異常なまでに過去に付きまとわれた国だ。日本以外どこででも冷戦は過去形で語られる。しかし、日本の隣近所には二つの共産主義政権--好戦的な中国と奇矯な北朝鮮--があり危険である。日本にとってベルリンの壁の崩壊はひとつの時代の終わりではなかった。第二次大戦でさえ町の真ん中にある神道神社のために政治問題として語られる。

戦争中に日本を離れる若い兵士たちはしばしばこのように言っただろう。「俺がもし帰ってこなければ靖国で会おう。」日本の250万の戦死者の魂はその神社に存在していると信じられている。1978年、14の別の魂がそこに祀られた--14人のA級戦犯の魂である。

その合祀から1984年までの間、3人の首相が20回靖国に参拝したが、中国が抗議することはなかった。しかし日本の最も重要な東アジアの隣国、中国と韓国は今、ある部分、日本の1910年から45年の軍国主義の被害者としての経験から国家のアイデンティティを形成した。そのような国家アイデンティティは相当程度まで政治的な選択だ。[斜字も原文のまま]

左翼イデオロギーにより、韓国政府は膨張主義の国家遺伝子をもつと想像されている日本に対する憤りと被害者意識を醸成する。中国の政権の選択はさらに興味深い。中国が極めて非マルクス的な方法で成長を成し遂げようとする中で、マルキシズムは破綻し、認識上の不協和音の原因になっている。そのため新たな正統性の源泉が必要になった中国政権は、それを日本帝国主義への抵抗の記憶に求めた。

実際には、中国の抗戦のほとんどは毛沢東の敵である蒋介石によってなされた。そして毛は、北京には彼のために設けられた一種の非宗教的な聖堂があるのだが、日本の野蛮な占領者よりも数百万多い中国人を殺した。

日本の小泉純一郎首相は定期的に神社を参拝することを公約し、実際にそうした。最近の参拝は第二次大戦の終戦記念日である先週の火曜日だ。ナショナリストの安倍晋三は来月退く小泉の後任になることがほぼ確実であるが、小泉の政策に近いものを継承するつもりがあるようだ。中国は日本の首相がなすことに指図するべきではないという小泉の論拠の少なくとも一つを支持して。

これはネルソン提督の火かき棒の原則だ。トラファルガーの前夜、部下と話しているとき火かき棒を手にとってネルソンは言った。「私がこれをどこに置こうともどうでもよい、ボナパルト[ナポレオン]がそこに置けと言いさえしなければ。その場合、私はほかのところに置かなければならない。」

靖国に隣接した博物館は言う。“大東亜戦争”がなぜ始まったかといえば、ニューディールが大不況を克服できなかったときに、「ルーズベルトに残された唯一の選択肢が資源の乏しい日本に禁輸措置をとって戦争に突き進むことを余儀なくさせることだったからだ。アメリカが戦争を始めるや、アメリカ経済は完全に回復した。」その説は不名誉なほど卑劣で--しかもどこかで聞いたことがある話だ。もう何年も、少数だが声高なアメリカ人の一団--狂信的な反ルーズベルト派--が同じようなことを言っていた。しかし小泉も安倍も参拝の際にその博物館を訪れていない。

安倍が靖国参拝をやめれば有益だ。彼は、1989年に亡くなった裕仁天皇が戦犯合祀に強く反対していたために参拝をやめたという先月知られるようになった事実を引くこともできる。中国が小泉の参拝に激怒すると決めたため、日中首脳会談はこの5年間なかった。2005年、中国では敵意に満ちた反日暴動があり、日本の国連常任理事国入りに反対するために4千4百万の中国人がインターネットで署名した。両国の関係は、毛が中国と日本の人民はともに日本軍国主義の被害者だと宣言した1972年以来最悪になった。

ことがいかに悪化しているかといえば、中国の潜水艦と軍用機による日本領海と領空への絶え間ない侵入について語る日本の高官が、不用意にも、中国の政権は戦前の日本のように軍を完全には統制していないと驚くべきことをほのめかしたほどだ。しかし外交以外の関係は盛んだ。中国はアメリカについで2番目に人気がある日本人の旅行先だ。1日1万人が両国を行き来している。そして2004年には、1945年以来初めて日本の対中貿易がアメリカよりも大きくなった。

アメリカ人は靖国論争に当惑すべきではない。アメリカには南部連邦旗[南北戦争時の=訳者注]の掲揚をめぐる比較的些細だがそれでもとげのある論争があるため、アメリカ人には国家の記憶の政治学がいかに論争を呼ぶものであるかがわかる。そして戦死者がそのために死ぬことになった大義を必ずしも崇めることなしに戦死者を祀ることの問題を理解している。


最後の段落、現代アメリカに残る「南北問題」については、最近麻生外相が言っていたことが参考になります。
南部出身のライス国務長官に会ったとき、南部では南北戦争について学校でどう教えていますかと聞いたら、あれは北部の侵略だと教えているという答えだったということです。
立場が違えば歴史についての見方も違っているもので、論争が起こるのも当たり前だということですね。

その次の文ですが、読んでわかるように訳せたか自信がないので補足しておきます。
これは、戦死者を祀るのはいいが、戦争の推進力となった当時の思想まで称賛するのはやめろといいたいんだと思います。


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  1. 2006/08/20(日) 23:53:46|
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日本の歴史問題--ワシントンポスト

G ジョン アイケンベリーという人が日本の歴史問題と題してワシントンポストに書いています。こういう人のことを英語でナイーブというんでしょうね。


日本には深刻な地政学的問題がある。-そしてそれはますますアメリカの問題にもなってきている。

基本的には、日本の軍国主義の過去について中国と朝鮮にまだ残っている疑念と不満を日本が除去できていないところに問題がある。戦後のドイツが歴史問題を何とか鎮静化させたのに対し日本はできていない。その結果、降伏と、長く平和的な国際社会への復帰の61年後になっても、日本はまだ孤立しており、勃興する中国の影の下急速に変貌するアジアの中で指導力を発揮できないでいる。

日本の歴史問題の最も見えやすい現われは、日本の首相が東京の真ん中にある靖国神社--祀られている戦死者のうちに14人の戦犯の名前が記載されている神道の追悼施設--に参拝するたびに毎年巻き起こる論争だ。これらの参拝は、中国と朝鮮で日本の戦争と帝国の侵略の記憶を呼び起こし、大衆の抗議と公式の非難を惹起し、日本を防御的立場に追いやってアジアでの日本の影響力と人気を減少させるための格好の道具を提供している。

この問題は火曜日--太平洋戦争の終戦記念日--に再び衆目にさらされた。予想されたように小泉純一郎首相が靖国神社に参拝し、それが日本のテレビで中継されたのである。

ことを複雑にしているのは、アメリカが日本に大国としての“正常化”をするようにと働きかけていることだ。実際、何人かのワシントンの戦略家は、アメリカにとっての“東洋のイギリス”としての日本を構想している。それはアメリカの世界展開に際して肩を並べて立つことのできる正常化され軍事能力のある同盟国だ。これは、2000年10月、民主共和両党からなる安全保障の専門家グループから出された非常に影響力のあるアーミテージ報告(リチャード アーミテージ前国務次官にちなんで命名された)が描く構想で、日本の安全保障に関心のある両党の思索家の中で支配的な考え方だ。

問題は“正常化”と“歴史問題での和解”が二律背反の関係にあることだ。正常化するには憲法を改正せねばならず、新しい種類の軍事能力を獲得せねばならず、武力行使に対する長年の平和主義的制約を打破しなければならない。歴史問題で和解しようとすれば、象徴的な謝罪のポーズをとらねばならず、抑制と平和的意図の言質を再確認しなければならない。これは厄介なことだ。それには確かに東京がまだ示していないような賢明で想像力に富んだ思考法が必要とされることだろう。そしてアメリカは東アジアと日米同盟への見方を再考する必要がある。

日本が自ら追い込んだ地政学的窮地には大いなる皮肉がある。

皮肉とは日本が実際に戦後自らの独自性を固める上で非常な成功をおさめたことだ。日本は強いられたものを潔く受け入れて、“平和憲法”を称え、国連の後援の下で国際平和と安全保障に貢献する“文民”大国として自らを位置づけた。国連に資金を拠出し、人権を保障する国際活動を援助し、惜しみないODAの供出者になった。しかし、より広い世界が日本--とその独特な文民スタイルの大国としての役割--を称賛し尊敬しているのに、隣国は違う。

小泉の首相としての任期は来月の総裁選で終わる。そしてそれは日本とアメリカが政策を見直す契機となる。

日本は首相の靖国参拝をやめるために名分の立つ方法をみつける必要がある。そして神社を運営する神道の職員に14人の名前をはずすよう静かに促す必要がある。しかしそれ以上に、次期首相は歴史問題での和解を彼の任期における業績にするべきだ。日本がアジアで指導力を発揮できるかどうかはそこにかかっている。象徴の政治学を和解のための戦略にしなければならない。そして日本を“正常化”するための手がかりにしなければならない。

ドイツを手本にするべきだ。ドイツは正常化したが、それはヨーロッパ統合と、近隣諸国との制度化された協力への関与を強化することによってなされた。この、二つのものを同時に追求する手法--正常化プラス地域統合と秩序構築--は近隣諸国を安心させ、ドイツの指導者としての立場を強化した。

正常化するに際して、EUのように近隣諸国と結合し安心させるような地域機構が日本にはない。その意味で、日本の歩む道はドイツよりも不安定で複雑だ。日本にできることは、東アジア安全保障共同体の青写真を示して、地域外交を通じた和解を進めることだ。もし日本の次期首相が靖国参拝をやめることを宣言し、中韓の指導者を東京に招いてサミットを開いたら画期的な業績になるだろう。

日本は協調的な東アジア新秩序の枠組みを決めるに際して指導的役割を果たすべきだ。それは成長を続ける中国の役割を含むが、同時に日米が中心的な役割を果たす。もう一方の道が今やっていることで、すなわち、正常化し、敵対し、ますます孤立していくことだ。

アメリカもまた日米同盟への見方を再考する必要がある。アーミテージ報告の、日本をイギリス式の同盟パートナーにするという考え方は答えにならない。なぜなら、それは地域の敵愾心をあおることになるからだ。ワシントンは日本にドイツが歩んだ道を追求するよう促すべきだ。それは地域の安全保障協力への関与を増進する方向での“正常化”につながる。東アジアに欠けているのはもちろん、平和的な地域秩序のへの関与を強化するための--日本だけでなく中国と朝鮮も利用できる--地域機構だ。アメリカはそのような地域秩序の土台を築くために日本とともに行動するべきだ。

今日中東が燃え上がっているが、東アジアはくすぶっている。東京とワシントンは今後の数ヶ月を熱を冷まし、なべに新しい具を加えることに費やすべきだ。


「ナイーブ」を手元の英和辞典で調べてみると、

1.単純な、世間知らずの、だまされやすい
2.<行為・話が>無邪気な、純真な
3.幼稚な、素人の

つまりそういうことです。


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  1. 2006/08/20(日) 05:49:47|
  2. 日本外交
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シミ付パンティ販売機

The Love Machine と題したあちらの記事です。

読者の皆さんは抱腹絶倒したり、何を言ってやがると憤慨したり、フムフムなるほどと納得したり、大忙しになりそうですから覚悟して読んでくださいね。


要点 日本の自動販売機では少女がはいたと称するパンティを売っている。

状況 真実
 
出所 少女がはいたとされる使用済み下着が日本の自動販売機で売られている。
   現在の値段は分からないが、1993年には50米ドル相当で売られていた。

そのようなことは1993年以降なくなったと読んだことがあるし、この記事の元になった記事(2001年に書かれた)もそのように伝えている。
しかしそれ以後も日本に住む多くの読者が、販売機はなくなっていないばかりか自分でも見たことがあると書いてきている。

日本は繁栄するブルセラ産業の本場であって、シミつきパンティの売買はほんの一部に過ぎない。
「ブルセラ」または「ブラセラ」はその国の女子校生に対する男の執心を表す言葉だ。
「ブル」は「ブルマー」の英語化された日本語(ジャプリッシュ)だ。「セラ」は「セイラー」の略で、水兵服を意味する。中学高校の女子の制服に多く見られるスタイルだ。
日本には数百とは行かないまでも数十のブルセラ専門誌があって、制服を着た少女がスカートをまくり上げてパンティを見せている写真を載せている。
普通そのような写真では少女の顔は隠されているが、中にはそうでないものもある。

女性を人間としてよりは性的玩具とみなす長い歴史と文化を持つ日本では、少女のような幼さと純真無垢はセクシーであると考えられている。
汚れを知らない少女性へのこのような執念のために、いい年こいた三十路の女が異性の関心をつなぎとめようとして、少女じみたクスクス笑いをしたり、、テディベアを抱きしめたりするような悲しい光景が生じるのである。
西洋社会も女性の若さに重きをおくとは言えるものの、日本では未熟さや性的に無垢であると思わせることよりも、少女のような外見のほうに執着がある。
西洋では魅力的だと思われるきれいな26歳は日本では皆からどうしょうもない年増だと見られる。

西洋の社会では成熟した態度を身につけた堅固で若々しい体が求められる。--われわれは女性が若くあってほしいとは思うが、若い振りをしてほしいとは思わない。
西洋では十代の少女の性的魅力は、どれだけ年上のように見られるか振る舞えるかにかかっている。だから子供っぽく見えないように少しでも女らしく見えるようにと、化粧や大きく胸の開いたドレスや装身具などに気を使う。
日本では理想は正反対だ。昇る太陽の国ではセクシーとはつまるところ子供っぽいしぐさと服装であることがそれを物語っている。
それは時には高校の制服を思わせるような服装をすることにつながる。イブニングドレスを着ているときでさえ、母親の服を着て歩き回っているところを見つかった幼稚園児のように見えるように努める。
同様に、子供っぽくふくれて口をとがらせたり癇癪を起こしたりすることは性的魅力だと認められる。なぜなら、そのような仕草はからかわれた女子校生のような印象を与えるから。

ロリコン(「ロリータコンプレックス」を意味するジャプリッシュ)に支配された性文化においてブラセラフェティシズムは強固に根付く。
少女に対する欲望を性向として持つ人は、十代の少女のわいせつな写真を見たり少女が身につけたものに触れることに興味のはけ口を見出す。

金のためにブルセラ物を提供する少女は、朝学校へ行く途中にブルセラショップに立ち寄って店が用意した新しいパンティをはき、放課後同じ店でそれを脱いでじぶんのものにはき替える。
少女はまた、自分のはき古した下着をその人のために脱ぐことでも利益を得る。一般的に言って、物が使い古されているほど高値で取引される。
ブルセラ物を扱う店ではまた少女が着た制服も販売している。

少女がはいたとして売られているものがすべて本当にそうだという保証はない。そんな些細なことは詮索されない。ボディチェックされることはない。
しかし、使用済み下着の少なくともいくらかは十代の少女から来ていることは確かだ。だからこの「日本の女子校生の下着」物語は作り話などではない。

日本には西洋社会から見れば異常だと見えるものを販売機で売る伝統がある。いかにも自販機で売っていそうなもののほかにも、ポルノ雑誌、使い捨てカメラ、新品のパンスト、星占いなど多くのものが当たり前のように自販機で売られている。

そのような販売機の利点は便利であることがひとつだが、プライバシーの心配もまたマニアにとっては重要な点だ。店でコンドームを買えばレジで精算して店員に袋に入れてもらわなければならないが、自販機なら恥ずかしい思いをすることもない。
同様に、「ピンクビデオ」(西洋でいうところの「ブルームービー」)を誰にも見られずに購入できれば、顔を赤らめるような経験をせずに済む。

そんなわけで、「女子校生パンティ」販売機を待ち望む市場があった。そのようなものを手に入れようとする人は、自分の欲望を満たすためにブルセラショップに突入するという勇気を持たないのであるから。
このような機械による販売は、千葉市(千葉県)のポルノ雑誌やアダルトビデオ販売機があることで知られる地区で1993年に出現した。
ほとんど即座に抗議の声が上がったが、それらを撤去させるには問題があった。他の種類のものを扱うには免許が必要とされが、シミ付下着を規制するための法律はなかったのである。そんなものが取引される可能性を誰も予測できなかったので。
それらに立ち向かうために適用されうる特別の法令がなかったという意味で、これらの販売機は法律の枠外に存在した。

解決策は奇妙に聞こえるほど独創的だった。
骨董品や中古品を扱う業者は自治体から許可を受けなければならないという法律である古物営業法を適用することによって販売機は排除されたのである。
1993年、3人の経営者がこの法令に基づく許可を得ずに使用済みパンティを販売したかどで告発された。
これでこの日からこのような販売機は姿を消したはずだが、この記事の最初で触れたように、数多くの読者が販売機はまだあると書いてきている。

バーバラ“私にあなたのお尻を売って”ミケルソン


ウーム、ミケルソンさんは、
すべての日本女性はナンチャッテ女子高生である
と喝破したんですね。 


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  1. 2006/08/17(木) 19:14:43|
  2. 日本社会
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中国人の思い込み

これは 荒木由美子が中国に(1)(2)対日世論の軌道修正を図る中国 の続きです。

いくら政府が音頭を取っても、そこはやはり中国のこと、日本人が持ち上げられることに反発する人にはこと欠きません。それとも、あんまり白々しい礼讃文に辟易したのかな、皮肉っぽい詩を書いている人がいます。
前掲の天一論壇から。


優雅な女性になりたければ、いくら苦しくとも悲劇の主人公を気取るな。
我々がまだ生きているなら、さりげなくさらりと生きろ!
涙では何も解決できない。パソコンの前で彼女のために心を痛めるよりも、
街へ出て自分の麗しい気持ちのためにきれいな服でも買ったほうがよほどいい。
自分の気持ちに正直になれ、自分を消耗させるほど人を愛するな。


スレ主の浪漫的心酸氏ももう一度書きます。
「年齢を重ねるほどに美しくなる女性は心の持ち方が良いに違いない。」
年の割りにきれいな人だという驚嘆の声は今回の荒木由美子の訪問先の上海でもあったと中国のニュースサイトは伝えています。

ほかの書き込みは、

「25年前私の家にはテレビがなかったウーウーウーウー」

「まじめに見れば、この女性は偉大だと思う。私にも彼女と同じような夢がある」

「当時の三口百恵[原文のまま]もそう。私は彼女の熱狂的ファンだった。」

「≪排球女将≫なんて知らないよ。」

「あなたはまだ小さい。知らなくて当たり前、無理もない。」

「現代女性が学ぶべき鏡だ!」

「≪排球女将≫の主題歌を聴けば熱き血潮がたぎる。」

最も考えさせられるのは如風如雨という人の一文です。


これを見てひとこと言わずにはいられない。
伝統的な日本女性の多くはこんな風だ。耐え忍ぶ能力のあることまるで忍者神鬼のようだ。私が一人異郷で子供を育てるのは容易ではないと感じているのに[この人は日本に住む中国人女性なんでしょう=訳者注]、彼女たちは二人三人と育てている。
日本の男性が朝早くから夜遅くまで働き、妻を助ける余裕がなく、祖父母も子育てを手伝う習慣がなく、ほとんど女性一人の手にかかっていることを考えれば、本当に敬服する。

昨日駅で一人の女性を見た。150センチくらいしかない小柄で、背中に大きな荷物を背負い、左手に小さな子供を抱き、右手に大きな袋を提げ、その上4歳くらいの女の子を連れている。その子はまだ満足に歩けず、母親の手を引いてむずかっている。
彼女の夫はといえば、身長180センチくらい、子供も荷物も自分には関係ないとばかり、ひとり手ぶらで歩いている。見ている私はあきれ返ってしまう。


仕事中毒の日本男性の多くが家庭を顧みない傾向があるのは確かに問題です。が、彼女が駅で見たような光景はそうしょっちゅう見られるものではありません。特殊な例はどこの国にでもあります。こんなめったにないような例外的な夫婦を取り上げて、あたかも普通の日本人であるかのような書き方で無知な中国人をだますのはいただけません。
これに限らず、どうも中国人の間には耐え忍ぶ古風な日本女性というステレオタイプが蔓延しているように見受けられます。
案の定、自分の中のイメージを再確認できて満足した中国人が書いています。
「以前の中国もこんな風だった。」


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  1. 2006/08/16(水) 23:07:39|
  2. 中国
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反日世論の軌道修正を図る中国

これは 荒木由美子が中国のテレビに(1)(2) の続きです。

番組はその後、中国の本物のバレーボール選手、中国語版吹き替えの声優の出演があって、荒木由美子の実生活の話になっています。
中国の掲示板でそれを取り上げた人がいました。「天一論壇」の浪漫的心酸という人です。


昨日、中央三台〔中央電視台第三チャンネル=訳者注〕の「芸術人生」を見た。テーマは≪排球女将≫“小鹿純子”荒木由美子の人生。彼女の輝かしい笑顔はかつてブラウン管の前の無数の視聴者を揺り動かした。愛する心と自信と信念に満ち、しかも美しい女性だ。

1960年生まれ。25年前、まだ芸能学校を卒業していない荒木由美子は自身の最初で最後のテレビドラマ≪排球女将≫に出演し、無数の若者を元気づけ励ますアイドルになった。スポットライトの中を歩いていた彼女が、意外にも、結婚をひとつの夢とし、ほかのスターのように芸能界に執着せず、ひとつのテレビドラマに出演しただけで結婚した。

結婚後まもなく姑が精神に異常をきたした。一人っ子の夫のために、小鹿純子は人の行うべき道として対処することを選んだ。姑はこの20年間ほとんど毎日彼女の誠心誠意の世話を受けていながら、彼女に冷たく当たる“精神に異常をきたした人”だった。実のところ彼女がなぜそうしたのか、おそらく本当の答えを誰も知らない。

この物質文明万能の時代に、金銭ではなく名を至上のものとできる人がどのくらいいるだろう? このような社会において、感動というのは我々にとって大変贅沢なものになってしまった! 我々が感動できるものはことのほか少ない。彼女は20年の麗しい青春を一人の痴呆老人のために“空費”した。ある人から見れば価値のないことかもしれない。しかし、少なくとも、今にも忘れ去られようとしている美しいものを我々に思い起こさせてくれた。愛の大空を愛で支えた。真にもって実に感動的だ。


子供のころから共産党宣伝の洗脳教育を受ければ、こんな歯の浮くような文章が書けるようになるんでしょうか。
「きのう~~を見た」とまるで個人的な感想のように書き始めながら、次第に芸能人を紹介する雑誌記事のようになり、道徳の教科書のようになり、最後はまるで政治的な煽動文です。読んだことはないんですが、「雷鋒同志に学ぼう」と盛んに宣伝された、殉職した兵士の雷鋒を称える文もこんな調子だったんじゃないかと思います。
なぜ掲示板にこんな不自然な書き込みをする人がいるんでしょうか。

私は、これは政府の意図に沿った方向に世論を誘導するために、一般人を装った一種の“サクラ”が書いた文章ではないかと疑っています。中国にはネットにおける思想統制のために三万人の監視要員がいると言われていますが、彼らが同時にサクラをしての役割も果たしているんじゃないかと。
まあそれは無理に同意してもらおうとは思いませんが、国営テレビ局である中国中央電視台が「芸術人生--小鹿純子」のような番組を放送した意味については考えてみる価値があるでしょう。
中国の国営メディアはすべて共産党の宣伝機関です。日本のテレビ局のように、視聴率かせぎのために視聴者の好みだけを考慮して番組作りをすることは中国ではありえません。そこには必ず何らかの共産党政府の政治的意図が潜んでいます。
それでは、この番組、このサクラ投稿に仕組まれた政治的意図とは何でしょうか。

中国でも間近に迫った高齢化社会に備えることが一つですが、それよりも大きいのは対日世論の修正だと思います。
ご存知のように、中国は近年、改革開放政策の進展にともなう政権基盤の弱体化を補うため、露骨な反日宣伝を繰り広げてきました。今やその効果がきき過ぎて、頻発する反日暴動など各方面で弊害のほうが目立ってきました。

たとえば、高速鉄道の技術導入問題を考えてみましょう。その際に最も重視されるべきは技術の適否と価格であり、それ以外の政治的な要素を介在させれば、中国には不向きのより劣った技術を高価格で購入することになりかねず、結局損害をこうむるのは中国政府です。
しかし、今の中国は反日感情の高まりにより、日本の技術を導入できる状況にはありません。それだけ政策の選択肢が狭められているわけです。

また、中国内で暴発する反日感情に呼応して日本でも高まった嫌中感情は容易にはおさまらないでしょう。これは中国の外交・経済等に永続的に不利な作用を及ぼします。
経済を例にとってみましょう。
日本は世界第二の経済であるわけですが、それは海外の輸出者にとって世界第二の市場になりうることを示しています。
現在、中国から日本への輸出は、100円ショップの商品や衣料など、労働集約型の軽工業品が中心です。カメラやパソコンなどの輸出品も、ほとんどが日本をはじめとする外国企業が開発販売しているのであり、中国は低賃金労働力を提供しているだけです。
うまみのある部分はすべて外国企業に持っていかれ、中国は儲からない構造になっているんです。
これから中国が産業を高度化し、利潤を極大化しようとするならば、技術を高めねばならないのはもちろんですが、それに加えて自らのブランドで自らが販売することが欠かせません。トヨタやソニーなど日本の輸出企業はみなそうしてきました。
ところが、日本ではただでさえ安かろう悪かろうのイメージが定着しているのに、その上嫌中感情が蔓延しているとあっては中国ブランドの製品が売れるはずがありません。

このように行過ぎた反日の弊害を悟った共産党が画策しているのが国内対日感情の軌道修正だというわけです。
といっても、悪辣な日本軍国主義を倒した英雄的な中国共産党という看板を下ろすわけではありません。攻撃の対象を日本軍国主義と一部の政治家に限定して、一般日本人を切り離そうということです。
そこで目をつけたのが20年前に中国人を熱狂させた「燃えろアタック」であり、日本人すべてが鬼畜なのではなく、血も涙もある人間だという当たり前のことを国民の間に再確認させようとしているのだと思います。


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  1. 2006/08/14(月) 23:56:56|
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荒木由美子が中国のテレビに(2)

これは荒木由美子が中国のテレビに(1)のつづきです。

それでは6分28秒のところから。

司会者:「このテレビドラマが中国で放送された当時は、街から人がいなくなるような感じだったんですが〔みなが家のテレビにかじりつくので=訳者注〕、今日は我々のところに、このドラマから少なからぬ影響を受けた方々に来ていただいています。話を聞きたいですか。」

荒木:「そうですねえ。」

女性:「私は張桐といいます。重慶テレビ局の『記録重慶』という番組の司会をやってます。私がこの道に進んだのは、ある意味で、小鹿純子が私の人生を変えたと言わねばなりません。
というのは、なんと言いましょうか、小鹿純子が放送されていた当時、つまり『排球女将』が放送されていた当時、私はちょうど高校一年になった時で、両親は私にこのドラマをあまり見させてくれませんでした。
私は放送学院のアナウンス科の試験を受けようと決めました。合格した後テレビ局に入りました。
当時は、テレビ局に入ったら『排球女将』を好きなだけ見られるという幼稚な考えがありました。今日はこの夢がかないました。すごくすごく感激しています。」

司会者:「日本語の歌を歌うのがお上手だそうですね。」

張桐:「小鹿純子の三つの挿入歌をすべて歌えます。」

荒木:「わあすごい。」

張桐、歌を歌う。

荒木:「すごーい」

張桐:「ありがとうございます。」

荒木:「あーすごーい」


別の女性:「私は南京から来た視聴者です。あなたがテレビで演じた小鹿純子は、母親を失い、母親を探すという健気な役柄でした。私もあなたと同じで、母を亡くしました。私が今日千里の道をはるばるやってきたのは、母に代わってあなたに会うためです。」
と懸命に涙をこらえる。荒木ももらい泣きしそうになる。

女性:「1994年、『排球女将』または『青春の火焔』は私たちの教育放送で放送されていました。そのとき私はすでに母子家庭の子供でした。母が一人で私を育てていました。容易なことではありません。母が私を遺して逝ってしまった今、劇中の母親を想う気持ちが身をもってわかります。だから、とにかく、身近な人を亡くしたとしても、人生の中で大きな困難に直面したとしても、あなたが荒木由美子であれ小鹿純子であれ、強くあってほしいと思います。ありがとうございました。」

二人、歩み寄り握手して抱き合う。

女性:「ドラマの中で、いつも試合のときは、ラーピーと跳跳があなたを励ましていました。あなたはいつも勝ちました。現実生活のなかで、わたしはこの小精霊をあなたのために持って来ました。困難にぶち当たったとき、くじけそうなときはかれらのことを思い出してください、私たち中国の視聴者のことを思い出してください。私たちはみなあなたが好きです。永遠にあなたを支持します。」

ラーピーと跳跳とは、画面をご覧になればわかると思いますが、ウサギにつけられた名前でしょう。ラーピーは英語のラビットからきていると思われます。

この番組が始めて放送されたのは去年の12月で、私が見たのはひと月ほど前の海外向けの放送です。
この時期に中国が国営放送でこんな番組を放送した意図については考えるところもあるんですが、それはまた次の機会に。

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  1. 2006/08/12(土) 01:43:24|
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荒木由美子が中国のテレビに(1)

このあいだ久しぶりにCCTV(中国中央電視台)をつけたら、荒木由美子がトークショウに出演していて、日本語でしゃべっているので驚きました。

昔彼女の出演した日本のスポ根バレーボールドラマが中国では「排球女将」として放送されて大人気だったようです。

「排球女将」といっても呑み屋のオカミではありません、バレーボールの名選手というぐらいの意味です、という話はこちらへ。

というわけで、誰か番組の録画をYoutubeにあげていないかと見てみたところ、やっぱりありました。ご覧ください。

「芸術人生」という番組の「小鹿純子 青春無悔」です。
小鹿純子というのはそのドラマ「燃えろアタック」での荒木由美子の役名です。

以下は番組のところどころを演劇の台本風にまとめてみました。
ビデオを見ながらお読みください。

中国人の司会者が日本なら言わないようなことを言っているのでなかなか興味深いですよ。


司会者が荒木由美子を迎えて観衆に向かって。
「私の印象では、小鹿純子はかなり大きな人です。排球女将というのは非常に背が高いに違いありません。こんなぐあい。」
と、手のひらを頭の上にかざす。

荒木は笑いながら司会者に向かって身を乗り出しながら両手の人差し指を彼の顔の前で動かす。
司会者も笑いながら身をのけぞらせる。

司会者:「身長はどのくらいあるか教えてもらえますか。」

荒木立ち上がってお辞儀をしながら、「153センチです。」

司会者:「私はよく考えたんですが、これを撮っているとき、周りのたくさんの脇役はあなたの身長に合わせて選ばれたんじゃないかと。」

荒木、目をむいて立ち上がって司会者の肩に両手を乗せる。
「間違いないです。」

司会者:「このテレビドラマを撮っているときネットを低くしましたか。どのくらい低くしましたか。
2メートル40センチを1メートル40センチに。まさか。あるいは1メートル80センチ。」

司会者手を胸の辺りに上げながら:
「これでも低すぎるでしょう。低すぎます。
考えたんですが、ネットを低くした後、ネットの長さも縮めなければならないんじゃないかと。」

司会者:観客に向かって「そうしてみれば、われわれが見ていた排球女将は、実は、小型排球女将だったんです。」

司会者:「あなたは以前にバレーボールをやったことがありますか。」

荒木:「バスケットボールやってたんです。」

司会者:「それはなおさら想像できません。なぜバスケットボールをやったんですか。」

荒木:「小さかったから。」

司会者:「体の大きな選手の下で動き回って迂回できますね。」


このあともこのドラマのファンだったと涙ぐみながら語る女性が出て来たりするのですが、それは(2)で。

なるほど!と思った方、ふ~ん そう?と思った方も
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  1. 2006/08/09(水) 18:50:56|
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香港でカーチャイと呼ばれる日本人

「カーチャイ」は漢字では「o架仔」と書きます。
(「 o架」は口へんに架のつもりです。)

第二次大戦中に香港を占領した日本の軍人のしゃべる日本語の中の「か」または「が」が、香港人には特に耳障りに聞こえたそうで、カーカー言うやつというくらいの意味です。
「仔」は文字通り子供、年少の者という意味で、「魚仔」は小魚、「細イ老仔」は弟を意味します。

「仔」はまた男の名前の一部に付けて愛称になることもあります。たとえば、香港の人気歌手兼俳優の 劉徳華 (アンディ ラウ・タクワー)は「華仔」(ワーチャイ)と呼ばれています。

カーチャイは今では特に馬鹿にするつもりがなくても、ほとんど当たり前のように使われています。(というか、馬鹿にする呼び方を当たり前のように使うのが香港人、と言ったほうが正確かな。)

私が香港の街頭で警官の職務質問を受けたときも、その警官は私がカーチャイという言葉を知らないと思ったんでしょうか、トランシーバーでカーチャイがどうのとどこかに報告していました。
さすがに面と向かって言われたことはありませんが。

「操行0分」という映画では、日本のアイドルに熱を上げて自室の壁にポスターをべたべた貼っている少年が、仲間からカーチャイとあだ名をつけられていました。

ちなみに西洋人のことは「鬼イ老」(クヮイロウ)といいます。幽霊みたいに見えたんでしょうね。
こちらも蔑称としての意味は薄れていて、あの「鬼イ老はいい人だ」といった使い方もするようです。

「イ老」は大人の男を意味しますから、このあたりに香港人の西洋人観、日本人観が表れているかもしれません。

「仔」と「イ老」はどちらも男のことです。若い女なら「妹」(ムイ)、若くない女なら「婆」(ポー)をつけます。すなわち、「o架妹・o架婆・鬼妹・鬼婆」です。
「鬼婆」といっても「オニババア」ではありません。

昔は九龍の裏通りを歩いていると、よく「鬼妹」とだけ書かれた黄色い看板を見かけたものです。
中国人が黄色という色に持つ印象は、日本語で「ピンク映画」というときのピンク、英語で「ブルーフィルム」というときのブルーと同じようなものです。風俗店一斉取締りは「掃黄」といいます。

思わず笑ってしまったのは「中日混血児」と書かれた黄色い看板を見つけたとき。どうやって確かめるんだ!

余計なことを付け加えると、中国では「鶏」(カイ)が娼婦を指すことがあります。
街娼は「野鶏」(イェーカイ)、スチュワーデスは「飛鶏」(フェイカイ)です。(失礼。)


ここで、ウソのような本当のホントの話をひとつ。

香港の町を歩いているとき、後ろで、
「ハイドーモウ、カァーチャイ」
と言って、ケケケケと笑う声が聞こえました。振り向いてみると中学生の男の子の二人組です。
私を意識していたのではなさそうです。

「ハイドーモウ」は日本語の挨拶言葉に似ていますが、実は広東語には別の意味があるんです。
「ハイ」は漢字では〔門+西〕だったかな。女性のア○○のことです。
「ドーモウ」は漢字では「多毛」、つまり「ハイドーモウ」は○○○に毛が多いという意味になります。
これで中学生がケケケと笑ったわけがお分かりでしょう。

同じ「ハイ」でも声調が違うと、北京語の「是」と同じ働きをする言葉になります。
その場合の「ハイ」は「係」と書きます。
英語のyes兼be動詞って感じですね。日本語では「はい」に近いです。

これは偶然の一致ではありません。
明治初期に香港を訪れた政府要人が、これは便利な言葉だと言って取り入れたんだそうです。それまでは「さようでござる」とか言っていたんでしょうね。長すぎて言いにくいし「さよう」だけでは目上の人に使いにくいし。

ここで問題なのは、日本人が「はい」というときの高低アクセントは、広東語では「係」よりも「門+西」の方に近いらしいということなんです。
(え?そんなこと気にしなきゃぜんぜん問題ないだろって?)


※ 「o架仔」を片仮名にするとき「ガージャイ」と書く人が多いですが、私には「カーチャイ」と聞こえるのでそう書きました。


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  1. 2006/08/09(水) 00:15:02|
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安倍晋三の中国孤立化連合は是か非か

オーストラリアの新聞が安倍官房長官について書いています。

執筆者のデボラ キャメロンという人は安倍さんがよほど気に入らないらしく、随所に皮肉をちりばめています。
※〔〕で囲ったところは訳者(私)の注釈です。
 


 日本の次期首相にとっては国民としての誇りが鍵

東京の政治評論家によれば、右翼ナショナリストが日本の次期首相になることが確実だ。彼は強烈な愛国心をもってキャシー フリーマンが直面する葛藤のことを考える。
生まれながらの統治者、政界のサラブレッドである安倍晋三は、フリーマンがオリンピックでの勝利の後オーストラリアとアボリジニの両方の旗を持ってトラックを一周したことが「すべてのオーストラリア人の注意を引いた」ことについて考えたという。

「ナショナリズムはさまざまに翻訳されるが、あえてそれを民族主義と訳せば、キャシー フリーマンは二つの旗を持って走ることで、自分の中のナショナリズムの精神を固めようとしたのだと思う。」と安倍さん(ahbay〔アーベイ〕と発音する。)は今月発売された新しい著書「美しい国へ」で書いた。
〔ahbayと発音すると注釈が入っているのは、男子の名エイブラハムの愛称のAbe(エイブ)と混同されるのを避けるためでしょう。〕

安倍さんの事務所によれば、オーストラリア外相アレクサンダー ダウナーは火曜日に安倍さんと会う。

ダウナー外相はこの次期首相の政治姿勢を見極め、ハワード政権の重要課題である日豪自由貿易協定への支持を打診する最初の人になる。

安倍さんの心の中には、彼の国の歴史的敵対者である中国への対抗軸として、オーストラリア、アメリカ、インド、日本からなる戦略的な「民主主義国連合」という彼独自の考え方がある。

自民党の派閥の領袖と、見たところすべての政治評論家によれば、安倍さん(51歳)が9月の党大会で、世界第二の経済大国にしてオーストラリアの最大貿易相手国のリーダーになる。

このポリティカルコレクトネスに席巻された世界において、安倍さんはそれをほとんど気に留めていないように見える。添谷芳秀慶応大学政治学教授によれば、日本の戦争に対する彼の見方は、日本は間違っていなかったというものだ。

安倍さんは、先の戦争は、対米戦争でさえも、間違っていなかったと考えていると添谷教授は言う。

「そして、彼の東京戦犯裁判(連合国が開いた日本の戦犯を訴追した法廷)に対する考え方は、政治目的のためにはっきりと明言はしないものの、よく知られています。」

「このような態度は、実は、日本の成功が大きく依存している戦後国際体制の基盤中の基盤であるサンフランシスコ講和条約を否定するものです。彼の歴史観には、少なくとも理論上は、アメリカと国際社会をほとんど丸ごと敵に回す要素があります。」

今政府主席スポークスマンである安倍さんは東京大使館の記録によればオーストラリアを公式訪問したことはないが、中国を孤立させることにつながる世界的連合を心に描いている。

「安倍さんは民主主義国のネットワークを形成することを呼びかけています。」と染谷博士は言う。「標的は明らかに中国です。彼はその側面をはっきりとはいいませんが。」

(後略)


あちらの新聞にありがちなことで、客観報道を装って自分の感情を押し付ける、日本の学者の口を借りて自分の意見を言う。どうせならオピニオンのページに掲載すればいいと思うんですが。

キャメロンさんは安倍さんの唱える「民主主義連合」が気に食わないらしいです。
安倍さんは日本の宿敵である中国を孤立させるための国際包囲網を作りたいようだが、中国は日本の敵ではあってもオーストラリアの敵ではないのだから、そんなものにオーストラリアを巻き込まないでくれと言いたいようです。
東京裁判を否定することで国際社会を敵に回して孤立しているのはあんたの方だろうと暗に匂わせています。

しかし、中国を孤立させることは本当に日本だけの、または安倍さんだけの勝手な願望なんでしょうか。

違います。
中国は今でも「少なくとも理論上は」孤立しているし、現実にもそうなるように国際社会は努めるべきです。

今、オーストラリアを含む欧米諸国は、ミャンマーに対して、アウンサンスーチーを始めとする政治犯を釈放し、選挙で示された民意を尊重するようにと圧力をかけています。
軍事政権がそれを履行する意志がないとみるや、厳格な経済制裁を課し、政治的にも孤立化を図っています。そして、アセアン諸国を、村八分の仕方に身が入っていないと責めたてています。

ミャンマーと中国のどこが違うんでしょうか。  
ほとんどどこ違いません。
どちらも同じような独裁国であり、人権弾圧国です。

異なるところといえば、ミャンマーが取るに足らない小国であるのに対し、中国のほうは人口13億を擁する大国であり、巨大な市場と豊富で低廉な労働力を利用した生産基地としての魅力が無視できないというところでしょう。

13億人の巨大市場に目がくらんだ欲の皮の突っ張った政治家はどこにでもいますが、中でもみっともないのはフランスのシラクと前ドイツ首相のシュレーダーあたりでしょうか。イギリスのブレアも同類です。
彼らはミャンマーを非難した舌の根も乾かないうちに中国へ飛んで、もみ手をしながら飛行機や地下鉄や新幹線などを売り込みます。
この間は武器まで売ろうとして日米の猛反対にあいました。


ブッシュは北朝鮮やミャンマーを暴虐専制政治の前哨基地と断じましたが、なぜ前哨基地なんでしょうか。
これには言外の意味があるんです。すなわち、

中国は暴虐専制政治の大本営 だということです。

キャメロンさんも日本の人畜無害な「右翼政治家」を目の敵にして、膨張主義的な独裁政権に肩入れしていたんでは、二重基準を操る偽善者のそしりを免れませんね。

日本の首相が東京裁判をどう評価しようと日本が今後軍国主義の道を歩む可能性はゼロです。
記者はこの後で「従軍慰安婦」についても触れていますが、それが事実であろうがなかろうが、日本の政治家がそれを否定しようがすまいが、それは今現実に起こっている事態ではなく、今の体制が続く限り今後も起こる可能性はありません。

対して、中国政府は今現実に苛酷な人権弾圧により何億もの人を苦しめているのです。
日本や台湾に数百数千の核弾頭ミサイルを向けて脅しをかけているのです。
台湾への武力侵攻の際にアメリカが介入すれば、ロスアンゼルスを核攻撃すると現役軍人がほのめかしたこともあります。何の譴責も処分もされなかったところを見ると、それが政権中枢の意思なんでしょう。

オーストラリアも無縁ではいられないんですがね。



※ 安倍さんの民主主義国連合構想ですが、これで思い出しました。
田中宇というのは陰謀論大好きのちょっと胡散臭い人ですが。

田中宇の国際ニュース解説

トーマス・ドネリーが「アメリカ、イギリス、日本、インドという世界の4大国で新たな同盟を組み、中国の台頭を抑制し、中東のテロや核拡散を防止し、世界に民主主義を拡大し、それらを実現する際には軍事力を使って良いという4つの方針を共有すべきだ」とする「4大国同盟」と題する論文を発表した。




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