それは政治かかわる人々のどこにでもある取るに足らない争いのように演じられた。しかし、採用すべきナショナリズムの形を模索している国日本で、著名な新聞論説委員と首相の外交政策シンクタンク編集者の言葉の戦いには警告以上の意味がある。それは公的人物を脅迫する右翼の活動における最新の攻撃で、言論の自由を押しつぶし市民社会を後戻りさせるよう脅かすものだ。
8月12日、古森義久−−ワシントンを本拠とする超保守産経新聞の論説委員−−は日本国際問題研究所が運営するオンラインジャーナル「コメンタリー」の編集者玉本偉(たまもとまさる)の記事を攻撃した。その記事は、対中脅威論の煽り立てや、戦死者を祀る靖国神社への中国の抗議を無視しての参拝に表れたような日本の新しい声高な“タカ派ナショナリズム”の台頭に懸念を表明するものだった。古森はそれを「反日」と決め付け、主な執筆者を「極左知識人」と攻撃した。
しかし彼はそこにとどまらない。古森は、第二次大戦の戦犯を祀る靖国神社への中国の抗議を無視しての参拝に疑問を呈した執筆者を税金を使って支持したことを謝罪するよう研究所の所長佐藤行雄に要求した。
驚いたことに、佐藤はそれに応じた。24時間以内に彼は「コメンタリー」を閉鎖し、サイトの過去の掲載記事−−「コメンタリー」が外交政策と国家アイデンティティ確立についての率直な討論の場であるとする彼自身の文章を含む−−をすべて削除した。佐藤はまた先週産経の編集部に手紙を出して許しを乞い、「コメンタリー」編集部の完全な見直しを約束した。
息を呑むような屈服だ。しかし、日本を覆いつくす政治的雰囲気を考えれば驚くほどのことでもない。最近のナショナリズムの台頭に勢いづけられ、1930年代型の軍国主義と天皇崇拝と“思想統制”への回帰を熱望する暴力的な極右活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた−−そして別の考え方をする人々を攻撃し始めた。
つい先週、そのような過激派が、かつての首相候補加藤紘一の実家を放火した。彼は今年小泉の参拝を批判していた。数年前、小林“トニー”陽太郎富士ゼロックスCEO兼会長も、小泉は靖国参拝をやめるべきだと意見を表明した後、手製爆弾の標的になった。爆弾は取り除かれたが、小林は殺しの脅迫を受け続けている。圧力は効果があった。彼が率いている大きな経済団体は小泉が中国に対してタカ派であることと、靖国を参拝することへの批判を取り下げた。小林は今ボディガードつきで移動する。
2003年、当時の外務審議官田中均は自宅で時限爆弾を発見した。彼は北朝鮮に対して弱腰だとして標的にされた。保守派東京都知事石原慎太郎は演説で、田中は「当然の報いを受けた」と言った。
自由な思想が脅迫を受けたもう一つの例は、国際的名声のある岩男寿美子慶応大学名誉教授の件だ。2月、日本人の大部分は女性の皇位継承を受け入れる用意があると示唆する記事の発表後、右翼の活動家が彼女を脅迫した。彼女は記事を撤回し、今は姿を隠していると伝えられる。
このような過激派は憂うべき過去の記憶を呼び覚ます。1932年5月、日本の犬養毅首相は、満州における中国主権を承認し、議会制民主主義を頑強に擁護する彼の立場に反対する右翼活動家のグループに暗殺された。第二次大戦後右翼狂信者は影に潜んだが、日本の国家アイデンティティや戦争責任や天皇制に関する敏感な問題について禁忌に触れるような率直過ぎる発言をした人には時折脅迫してきた。
今日の右翼による脅迫で警戒すべき重要な点は、それが効果を表していること、メディアにおいて呼応する動きがあることだ。産経の古森は最近の活動をしでかした者たちに直接の関係はない。しかし古森は自分の言葉が彼らを刺激し、彼らが討論を押さえつけることを助けることで、彼らの行動が今度は自分の発言に恐怖に裏打ちされた力を与えていることに気づいていないわけではない。さらに悪いのは、日本の現首相も来月の総裁選で後を継ぐことになりそうな安倍晋三も、日本の指導的な立場にいる穏健派の言論の自由を圧殺しようとする試みをなんら非難していないことだ。
さらに多くの脅迫の事例がある。過去数日、私は何十人もの日本の一流の学者、ジャーナリスト、官僚と話しをした。彼らの多くはあれやこれやの出来事を公にしないでくれと私に頼んだ。右翼からの暴力や嫌がらせがあるからだ。ある一流政治評論家は私に書いた。「右翼が私の書いたものを読んでさらなる嫌がらせをしようと待ち構えているのを知っている。こんな者たちのために時間や労力を浪費したくない。」
日本はナショナリズムを必要としている。しかしそれは健全なナショナリズムだ。この国の名士たちの意見表明を抑えつけるようなタカ派の金切り声のナショナリズムではない。

毛沢東は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすと想像したわけでもない。日本の帝国政府は善意から中国を侵略したのではないし
毛が飢饉を報告した地方指導者を粛清したのは善意からだったのか。
「未必の故意」という言葉を知っているだろうか。ビルの10階から群集に向けて煉瓦を投げれば、害をなそうという意図があろうとなかろうと殺人罪に問われる。そんなことをすれば死傷者が出ることがわかっていたはずだから。
実際、毛は自分の政策が数千万人の死をもたらしたことはわかっていたが、それでもそれを続けた。中国人の半分が死んでもかまわないと彼がうそぶいたというのは有名な話だ。
毛と金正日を比べるな。毛は衰退する王朝の下に生まれ‥
金正日はロシアに生まれ、全能の独裁者の息子として育った。‥
時代状況と毛の革命家としての経歴は毛の犯罪を免罪できない。
(もし時代状況が政治犯罪を免罪するなら、誰も帝国日本を非難できない。)
独裁者の息子として生まれたのは金正日の責任ではない。彼が責められるべきなのは、国民を飢えさせ、政治的反対者を投獄し拷問することによって抑圧体制を維持しているからだ。その点で二人は極めてよく似ている。
ロシア、中国キューバその他の国々は共産主義革命後、特に識字率と医療衛生面で初歩的な進歩を果たした。
日本植民地支配下の朝鮮は特に識字率と医療衛生面で大きな進歩を果たしたと言えば朝鮮人は激怒するだろう。本当の話だが。
もしカナダ人が日本と韓国の間にある二つの岩礁について朝鮮日報を引き合いに出したらどうする。
そうね、一番馬鹿なのは、そのカナダ人にこう言って反論することだ。「朝鮮人の見方を反映している朝鮮日報を引き合いに出すのは間違っている。」
大事なことは、その記事が事実に基づいているか、説得力があるかどうかだ。
誰でも−−中国人、アメリカ人、ロシア人、日本人、etc.−−は真実を求め歴史の不愉快な側面に向き合うべきだ。これは中国人にとっては、公共メディアや討論において厳しい規制があるので、アメリカ人や日本人よりも難しいことだ。
公共メディアにも討論にも規制が存在しない中国の外の世界に住む者を含む大部分の中国人にとって、歴史や現在の状況の不愉快な側面に向き合うのは非常に非常に難しいことだ。掲示板やブログの彼らのコメントを見ればそれがわかるだろう。
(2)中国共産党は腐敗した国民党政府と内戦を戦った。ちょうど近代以前の日本や他の多くの国々で権力をめぐっての内戦や戦闘があったように。内戦は他国を侵略征服することと道徳的に同じではない。だから共産党も国民党も日本帝国軍ほどの罪があるわけではない。
私は、エポックタイムズが中共を戦争犯罪者だと言ったのは、中国がチベットを侵略植民地化したことを指しているんだと思う。それ以来中共はチベット人をずっと弾圧してきた。だからエポックタイムズは中共は犯罪を犯し続けていると書いた。

Sonagi Said:
helical said:
真偽はともかく、東アジアを支配下に収めたときに帝国日本が構想していたのは、少なくとも世界に向けて宣言していたのは、いわゆる共栄圏だ。おそらく彼らは自分自身のために行動していたのだろう。しかし、それを“邪悪な意図”と決め付けることは、毛や金正日を邪悪な意図を持っていたとすることと同じだ。彼らは自分の行為が人々を苦しめることがわかっていたはずだから。
おお、なんと、helical、君はイラク駐留米軍のスポークスマンとして履歴書を提出すべきだ。歴史上いかなる国も他国の土地を住民のためになるようにと侵略、占領、植民地化したことはない。征服は常に利己的な目的のために行われる。常に。常に。常に。常に、アフリカ、アジア、アメリカ大陸のヨーロッパ植民地もそう、アメリカによるフィリピン植民地化もそう、日本の東アジア植民地化もそう。侵略と征服は朝鮮と中国の(歴史上の)協定や、日本と韓国の米軍駐留のような軍事同盟とは違う。韓国と日本の民主的に選出された政府は米軍駐留を認めることで自己利益を実現し、アメリカ政府は駐留を維持することで自己利益を実現している。
それを“邪悪な意図”と決め付けることは、毛や金正日を邪悪な意図を持っていたとすることと同じだ。彼らは自分の行為が人々を苦しめることがわかっていたはずだから。
毛と金正日を比べるな。毛は衰退する王朝の下に生まれ、自国が外国租界に分割されるのを目撃し、日本の植民者と腐敗した国民党政府と戦った。彼は北京大学図書館員としての快適な職を捨てて20年間を国府軍との戦いですごした。その間二番目の妻と多くの同志を失った。
社会主義は今はほとんど信用されなくなったが、100年前、多くの国々の人々には非常に魅力的に映った。その時代、世界のほとんどの人は明日の食い扶持を心配し、労働組合はまだなく、少数の金持ちが結託して物価を人為的に高騰させていた。ロシア、中国キューバその他の国々は共産主義革命後、特に識字率と医療衛生面で初歩的な進歩を果たした。しかし絶対権力は絶対に腐敗する。これらの政権はみな堕落した。
毛がもし50年代後半までに死ぬかやめるかしていたら偉大な政治家として崇拝されていたと言われている。彼の晩年の過ち---大躍進と文化大革命---は権力にしがみつくというエゴイスティックな欲求からきている。
金正日はロシアに生まれ、全能の独裁者の息子として育った。彼は権力を受け継ぎ、世界で最も弾圧的な政権としての評価を確立した。彼はゲリラ戦士として年月を過ごしたことはなく、新政府を樹立してもいない。
Sonagi Said:
しかし誰が言ったとしても、発言はそれ自体で評価されるべきだと思う。
いや、違う。情報源を利用するときは信頼性は非常に重要だ。
日本とアメリカに貿易摩擦があったとしよう。真実はどこにあるか? 私はアメリカ、日本そして第三国の新聞を読んでアメリカ、日本そしてもっと中立的な観点を得ようとするだろう。そうして私は自分の意見を形成する。
もしカナダ人が日本と韓国の間にある二つの岩礁について朝鮮日報を引き合いに出したらどうする。
あなたの書き込みより前に、普通の肉や海鮮を舶来料理だと偽って客をだましたレストランについての記事をエポックタイムズ[大紀元]で読んだ。調理法が不衛生なのはよくあることだ。食品産業における不衛生な慣行はCCTV[中国中央電視台]の質量報告(クオリティリポート)という番組でよく見ているので、この話を信じないわけではない。
あなたが引用した記事は社説で、純粋な意見の部分であり事実はない。もし国際的に敬意をはらわれているBBCのようなメディアがそんな見方を表したのなら尊重するが、エポックタイムズは尊重しない。
つまりPonta、情報源が社説である場合、情報源の信頼性はとてもとても重要だ。もし記事が事実と調査を引用しているならば、信頼性はやはり大事だ。状況のなかから恣意的にことを取り出して嘘をついたり事実を歪曲するメディアがなかにはあるから。エポックタイムズが書いたレストランの話が信用できるのは、共産党の代弁機関であるCCTVが同じ報道をしたからだ。
ユン チャンの本は読んでいないが、彼女の最初の本ワイルド・スワン―Wild swansは読んだ。毛についての新しい本を読もうと思う。私が読んだアメリカとイギリスのメディアが見るところによると、情報源の質にときに疑問符がつく。毛の生涯はその政治指導を称賛するのであれ批判するのであれ活発に議論する価値がある。全般的にいえば、私は毛の支持者ではないし、中国人は彼を尊敬しすぎだと思うが、彼らがそのような見方をする理由はわかる。
日本の“大東亜共栄圏”については、日本は自己利益のために行動したのではないという主張は議論する価値もない。すでに述べたように、歴史上いかなる国も慈悲深い意図から他国を征服したことはないからだ。征服は常により多くの土地と奴隷と地下資源と緩衝地帯を得るために、もしくは単に権力を伸長させるためになされてきた。
Sonagi Said:
靖国が日本と戦った外国兵士も祀っていると知って驚いた。これは立派ですばらしいことだと思う。外国人のための一画が塀で囲われていて近づけないのはよくない。もしそが外国人訪問者のために開放されれば外国の批判をかわせるだろう。ともかく、どれだけの国が外国の死者に敬意をはらっているだろうか。
ponta Said:
Sonagi
ありがとう。
いや、違う。情報源を利用するときは信頼性は非常に重要だ。
確かに。事実についての記事を引用するときは信頼性が大事だ。私が引用したのはあなたが指摘したように意見だ。それは簡単な議論だ:
(1)もし小泉純一郎首相の靖国参拝が間違っているなら、
(2)中国共産党は犯罪者で、犯罪を犯し続けている。共産党は第二次大戦中に日本軍が殺したよりも多くの中国人を殺した。その犯罪はさらに悪質だ。
(3)もし中国人が真に自分の国を愛するなら、もし中国人が自国を愛しているなら、まず共産党が犯した罪を認め、この戦犯による支配を終わらせ、中国を解放すべきだ。
あなたは情報源がエポックタイムズだから(2)は信用できないゆえにその議論は無効だ、ゆえにエポックタイムズを選ぶのはよくないと言っているようだ。
私の意見では誰が言ったとしても(2)は真実だ。ジョージFウィルもユンチャンもRummelも同意見だ。
しかしあなたは私よりも中国のことを遥かによく知っていると思う。私はもっと中国のことを勉強しなければならない。
靖国が日本と戦った外国兵士も祀っていると知って驚いた。
そして靖国は太平洋戦争の前に刑務所で死んだ者、絞首刑になったものを祀っている。神道という宗教にとって大事なのは、死者とは畏れられるべきものであり、もし鎮められなだめられなければ、この世に危険や災厄をもたらすもので、もし清められれば人々を助けるものだということだ。だから平将門のような反逆者が神道神社で祀られるのだ。そして靖国のホームページによれば靖国は古代からの信仰の上に築かれた。
歴史上いかなる国も他国の土地を住民のためになるようにと侵略、占領、植民地化したことはない。征服は常に利己的な目的のために行われる。
同意する。そして国家の指導者が殺人を名目として国を治めることはまれで、常に国民の利益を名目として治める。それでも金正日(一部の著作者によれば毛も)のような指導者は国民を飢えさせ弾圧する。それは国民を殺すのと同じくらい悪質な犯罪だ。
あなたと議論できて楽しかったです。このブログについて知っていることをもっと教えてください。お願いします。ありがとう。

そして、生前に何をなしたかよりも、死者は死者であるがゆえに崇められる。
Sonagi Said:
うーん、必ずしもそうとは言えない。靖国本殿に祀られている死者はみな天皇に仕えて死んだ人だ。知る人は少ないが、内戦において敗者の側で死んだ日本人と、日本との戦いで死んだ外国人兵士のための一画が裏手にある。この一画は何者かに破壊される恐れがあるので塀で囲われており、部外者は近づけない。
靖国が問題だとは思わないが、隣接の博物館に問題がある。
ところでponta、エポックタイムズは法輪功の一機関だ。それは中国に対する言論の武器で、客観性をはじめから放棄している。私は中国共産党の支持者ではないが、エポックタイムズを情報源にしようとは思わない。日本の占領時よりも多くの中国人が大躍進中に死んだが、毛沢東は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすと想像したわけでもない。日本の帝国政府は善意から中国を侵略したのではないし、都市を空襲すれば民間の死者が出ることはわかっていた。その上、戦争とは残酷なもので、まっとうな人間でも軍服を着れば無慈悲な殺人鬼に変貌しうる。飢饉による死と軍民の戦争犠牲者に対する責任を比較するのは不合理だ。
ponta Said:
ありがとう、Sonagi
私は神道一般について述べている。
死後魂はこの土地に永遠にとどまる。yasukuni
家族に見守られて安らかに満ち足りて死んだものは崇められる先祖になるが、誰もがこのような死に方をするのではない。カミの世話をする家族なくして死んだ者は餓鬼(中国から導入された概念)になってさまよい、災難をもたらす。非業の死を遂げた者、不幸な人生を送った者は他者への危険や災難の元になる。これらの魂を鎮めるために事がなされる。shinto
隣接の博物館に問題がある。
同意する。博物館は展示を改めてより広い視野を示す必要がある。特に、腐敗した政治状況の中で日本軍が文民統制の埒外になったこと、明治憲法がそれを許したことを述べるべきだと思う。言うまでもなく、被害者側の話にも触れる必要がある。それは神道に反しない。
エポックタイムズは法輪功の一機関だ。
知っている。しかし誰が言ったとしても、発言はそれ自体で評価されるべきだと思う。
毛沢東は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすと想像したわけでもない。
私は毛に偏見を抱いているかもしれない。私の毛に対する印象は完全にこの本 マオ―誰も知らなかった毛沢東 上から来ている。そしてRummelに同意する。
たとえば、金正日は害をなそうと意図したのではなく、自分の政策が大飢饉をもたらすとは想像しなかっただろうが、人を殺したと同じように責任を問われるべきだと思う。
helical Said:
Sonagi、
善意の定義とは厄介なものだ。
ある国が他国を悲嘆と苦痛を与えるためだけに侵略することはまれだと思う(歴史上懲罰的戦争は数限りないが)。真偽はともかく、東アジアを支配下に収めたときに帝国日本が構想していたのは、少なくとも世界に向けて宣言していたのは、いわゆる共栄圏だ。おそらく彼らは自分自身のために行動していたのだろう。しかし、それを“邪悪な意図”と決め付けることは、毛や金正日を邪悪な意図を持っていたとすることと同じだ。彼らは自分の行為が人々を苦しめることがわかっていたはずだから。
randomcow Said:
彼[ワシントンポストの記事の執筆者=訳者注]の結論には賛成できない。彼の言う“左翼イデオロギー”を正しく理解すれば、日本にも同じイデオロギーがある。しかし、被害者意識を訴えることなくそれを克服した。歴史を通じて今日まで、戦争やサッカーでの敗北に対する反応が日本と朝鮮ではまったく違うことがわかる。朝鮮が左翼イデオロギーを持っているというのは真実ではない。しかしウィルさんの骨折りに10点。
tomato Said:
randomcowに同意。韓国人は左派大統領がいなくてもやはり反日だ。右からであれ左からであれ、それが韓国のナショナリズムのようだ。金大中の前の人..金なんとか、思い出せない..[金泳三=訳者注]彼は保守派だが反日だった。(日本語は非常にうまかったが)

rayz Said:
“大東亜戦争”がなぜ始まったかといえば、ニューディールが大不況を克服できなかったときに、「ルーズベルトに残された唯一の選択肢が資源の乏しい日本に禁輸措置をとって戦争に突き進むことを余儀なくさせることだったからだ。
アメリカは日本が真珠湾を攻撃する前に景気後退から抜け出していたのでは。アメリカの禁輸措置はアメリカ経済を立ち直らせるためではなく、軍国日本がさらに中国に侵攻するのを止めるためだ。アメリカは真珠湾の前にロシアとイギリスに物資を供給していた。これによってアメリカは景気後退から立ち直った。
master beta Said:
rayz、この記事の言う禁輸は、日本のインドシナ占領への対応として始められたものだ。それに、アメリカが直面していたのは景気後退ではなく恐慌だ。りこうぶるのがうまいけどね。
(後略)
ponta Said:
遊就館の歴史観には賛成できないが、記事の筆者が書いているように、首相がその歴史観を是認しているわけではない。もし中国がその考え方を気に食わないのなら、遊就館(戦争記念館)に抗議すべきだ。私に言わせれば、問題は首相が靖国を参拝するか否かではない。首相の私人としての参拝が許されるか否かだ。ちょうど、彼がイスラム寺院、仏教寺院、マクドナルド、ポルノショップへの参拝(訪問)が許されるように。それがいけないという理由はないと思う。
私について言えば、首相がイスラム寺院、仏教寺院、マクドナルド、ポルノショップ、靖国を訪問しようがしまいが気にしない。(政教分離の原則に抵触しない限り)
将来の日本の首相がイスラム教徒であれキリスト教徒であれ仏教徒であれ、イスラム寺院に参拝してはいけないという理由はないと思う。たとえ過去においてキリスト教徒とイスラム教徒が対立する関係にあったとしても、そして一部のイスラム原理主義者が歴史と政治において急進的な考え方を持つとしても。
そして靖国の背景にある宗教である神道において、死者とは儀式を通じて今でも語り合える存在だということを認識すべきだ。そして、生前に何をなしたかよりも、死者は死者であるがゆえに崇められる。とりわけ、生前に善をなしたか悪をなしたかにかかわらず、死者はなだめられ鎮められ清められるべき存在なのだ。そして靖国は戦死者のための場所だ。
日本が侵略的な国であったことは間違いない。制御のきかない軍国主義で、多くの捕虜と民間人を虐殺した。それについては非難されるべきだ。しかしそれは中国が永遠に非難する権利があることを意味しない。中国が信教の自由を侵害できることを意味しない。日本は謝ってきた。日本が中国と友好条約を結んだときにわれわれはこの問題を解決した。
中国は歴史を政治的に利用している。
中国が共産主義国になって以来、自己に都合のよい歴史を援用してチベットを併呑し、インドの領土をぶんどり、東シナ海と南シナ海の領有権を主張し、台湾“返還”を要求してきた。yale
中国人が悟るべき時だと私は思う。
もし小泉純一郎首相の靖国参拝が間違っているなら、中国共産党は戦争犯罪者であり、今も犯罪を犯し続けている。共産党は第二次世界大戦で日本が殺したよりも多くの中国人を殺した。その犯罪はさらに悪質だ。もし中国人が自国を愛しているなら、まず共産党が犯した罪を認め、この戦犯による支配を終わらせ、中国を解放すべきだ。epoch
usinkorea Said:
南部連邦旗についての彼のコメントはよい。南部出身者以外のほとんど誰も賛成しそうにないことはわかるが、それは真実だ。南部には南部連邦旗を自分たちのレイシズムの誇るべき象徴として使う人がいる。しかし一方で、よかれ悪しかれ自分の属する土地の歴史の象徴として使う人もいる。レイシストでなくとも毎年南北戦争の再演をやる人がいる。(一部にはレイシストもいることも知っている)
結局、われわれが語っているのは、象徴とそれが表しているものについて、そしてそれらがいかに異なった人々に異なったものを表しているかについてだ。
中国人と朝鮮人は、神社を参拝することは戦犯を称賛することであり、日本の隣国に対して使われる全体主義的軍国主義の精神を再興しようとすることだと言う。そして日本人は日本の歴史全体として戦死者に敬意を表することだと言っているようだ。
私が好まないのは見せかけの偽善だ。中国と韓国の社会は激しい反日だ。彼らはそのための自分勝手な論拠として日本による将来の脅威を利用している。しかし、それでも彼らは日本との関係を通じて金を儲けようとする。日本は悪い人々のいる悪いところで、アジア人は誰も日本人を信頼すべきではないが、日本の資金はよい。
(後略)
ponta Said:
皮肉なのは、60年前に絞首刑になったA級戦犯を崇拝しているとして日本の首相を最も強烈に批判している中国と韓国が、今絞首刑にされるべき、人間の皮をかぶった悪魔金正日の最大の支援者であることだ。

過去はどこにでも存在する。しかし日本は異常なまでに過去に付きまとわれた国だ。日本以外どこででも冷戦は過去形で語られる。しかし、日本の隣近所には二つの共産主義政権--好戦的な中国と奇矯な北朝鮮--があり危険である。日本にとってベルリンの壁の崩壊はひとつの時代の終わりではなかった。第二次大戦でさえ町の真ん中にある神道神社のために政治問題として語られる。
戦争中に日本を離れる若い兵士たちはしばしばこのように言っただろう。「俺がもし帰ってこなければ靖国で会おう。」日本の250万の戦死者の魂はその神社に存在していると信じられている。1978年、14の別の魂がそこに祀られた--14人のA級戦犯の魂である。
その合祀から1984年までの間、3人の首相が20回靖国に参拝したが、中国が抗議することはなかった。しかし日本の最も重要な東アジアの隣国、中国と韓国は今、ある部分、日本の1910年から45年の軍国主義の被害者としての経験から国家のアイデンティティを形成した。そのような国家アイデンティティは相当程度まで政治的な選択だ。[斜字も原文のまま]
左翼イデオロギーにより、韓国政府は膨張主義の国家遺伝子をもつと想像されている日本に対する憤りと被害者意識を醸成する。中国の政権の選択はさらに興味深い。中国が極めて非マルクス的な方法で成長を成し遂げようとする中で、マルキシズムは破綻し、認識上の不協和音の原因になっている。そのため新たな正統性の源泉が必要になった中国政権は、それを日本帝国主義への抵抗の記憶に求めた。
実際には、中国の抗戦のほとんどは毛沢東の敵である蒋介石によってなされた。そして毛は、北京には彼のために設けられた一種の非宗教的な聖堂があるのだが、日本の野蛮な占領者よりも数百万多い中国人を殺した。
日本の小泉純一郎首相は定期的に神社を参拝することを公約し、実際にそうした。最近の参拝は第二次大戦の終戦記念日である先週の火曜日だ。ナショナリストの安倍晋三は来月退く小泉の後任になることがほぼ確実であるが、小泉の政策に近いものを継承するつもりがあるようだ。中国は日本の首相がなすことに指図するべきではないという小泉の論拠の少なくとも一つを支持して。
これはネルソン提督の火かき棒の原則だ。トラファルガーの前夜、部下と話しているとき火かき棒を手にとってネルソンは言った。「私がこれをどこに置こうともどうでもよい、ボナパルト[ナポレオン]がそこに置けと言いさえしなければ。その場合、私はほかのところに置かなければならない。」
靖国に隣接した博物館は言う。“大東亜戦争”がなぜ始まったかといえば、ニューディールが大不況を克服できなかったときに、「ルーズベルトに残された唯一の選択肢が資源の乏しい日本に禁輸措置をとって戦争に突き進むことを余儀なくさせることだったからだ。アメリカが戦争を始めるや、アメリカ経済は完全に回復した。」その説は不名誉なほど卑劣で--しかもどこかで聞いたことがある話だ。もう何年も、少数だが声高なアメリカ人の一団--狂信的な反ルーズベルト派--が同じようなことを言っていた。しかし小泉も安倍も参拝の際にその博物館を訪れていない。
安倍が靖国参拝をやめれば有益だ。彼は、1989年に亡くなった裕仁天皇が戦犯合祀に強く反対していたために参拝をやめたという先月知られるようになった事実を引くこともできる。中国が小泉の参拝に激怒すると決めたため、日中首脳会談はこの5年間なかった。2005年、中国では敵意に満ちた反日暴動があり、日本の国連常任理事国入りに反対するために4千4百万の中国人がインターネットで署名した。両国の関係は、毛が中国と日本の人民はともに日本軍国主義の被害者だと宣言した1972年以来最悪になった。
ことがいかに悪化しているかといえば、中国の潜水艦と軍用機による日本領海と領空への絶え間ない侵入について語る日本の高官が、不用意にも、中国の政権は戦前の日本のように軍を完全には統制していないと驚くべきことをほのめかしたほどだ。しかし外交以外の関係は盛んだ。中国はアメリカについで2番目に人気がある日本人の旅行先だ。1日1万人が両国を行き来している。そして2004年には、1945年以来初めて日本の対中貿易がアメリカよりも大きくなった。
アメリカ人は靖国論争に当惑すべきではない。アメリカには南部連邦旗[南北戦争時の=訳者注]の掲揚をめぐる比較的些細だがそれでもとげのある論争があるため、アメリカ人には国家の記憶の政治学がいかに論争を呼ぶものであるかがわかる。そして戦死者がそのために死ぬことになった大義を必ずしも崇めることなしに戦死者を祀ることの問題を理解している。

日本には深刻な地政学的問題がある。−そしてそれはますますアメリカの問題にもなってきている。
基本的には、日本の軍国主義の過去について中国と朝鮮にまだ残っている疑念と不満を日本が除去できていないところに問題がある。戦後のドイツが歴史問題を何とか鎮静化させたのに対し日本はできていない。その結果、降伏と、長く平和的な国際社会への復帰の61年後になっても、日本はまだ孤立しており、勃興する中国の影の下急速に変貌するアジアの中で指導力を発揮できないでいる。
日本の歴史問題の最も見えやすい現われは、日本の首相が東京の真ん中にある靖国神社--祀られている戦死者のうちに14人の戦犯の名前が記載されている神道の追悼施設--に参拝するたびに毎年巻き起こる論争だ。これらの参拝は、中国と朝鮮で日本の戦争と帝国の侵略の記憶を呼び起こし、大衆の抗議と公式の非難を惹起し、日本を防御的立場に追いやってアジアでの日本の影響力と人気を減少させるための格好の道具を提供している。
この問題は火曜日--太平洋戦争の終戦記念日--に再び衆目にさらされた。予想されたように小泉純一郎首相が靖国神社に参拝し、それが日本のテレビで中継されたのである。
ことを複雑にしているのは、アメリカが日本に大国としての“正常化”をするようにと働きかけていることだ。実際、何人かのワシントンの戦略家は、アメリカにとっての“東洋のイギリス”としての日本を構想している。それはアメリカの世界展開に際して肩を並べて立つことのできる正常化され軍事能力のある同盟国だ。これは、2000年10月、民主共和両党からなる安全保障の専門家グループから出された非常に影響力のあるアーミテージ報告(リチャード アーミテージ前国務次官にちなんで命名された)が描く構想で、日本の安全保障に関心のある両党の思索家の中で支配的な考え方だ。
問題は“正常化”と“歴史問題での和解”が二律背反の関係にあることだ。正常化するには憲法を改正せねばならず、新しい種類の軍事能力を獲得せねばならず、武力行使に対する長年の平和主義的制約を打破しなければならない。歴史問題で和解しようとすれば、象徴的な謝罪のポーズをとらねばならず、抑制と平和的意図の言質を再確認しなければならない。これは厄介なことだ。それには確かに東京がまだ示していないような賢明で想像力に富んだ思考法が必要とされることだろう。そしてアメリカは東アジアと日米同盟への見方を再考する必要がある。
日本が自ら追い込んだ地政学的窮地には大いなる皮肉がある。
皮肉とは日本が実際に戦後自らの独自性を固める上で非常な成功をおさめたことだ。日本は強いられたものを潔く受け入れて、“平和憲法”を称え、国連の後援の下で国際平和と安全保障に貢献する“文民”大国として自らを位置づけた。国連に資金を拠出し、人権を保障する国際活動を援助し、惜しみないODAの供出者になった。しかし、より広い世界が日本--とその独特な文民スタイルの大国としての役割--を称賛し尊敬しているのに、隣国は違う。
小泉の首相としての任期は来月の総裁選で終わる。そしてそれは日本とアメリカが政策を見直す契機となる。
日本は首相の靖国参拝をやめるために名分の立つ方法をみつける必要がある。そして神社を運営する神道の職員に14人の名前をはずすよう静かに促す必要がある。しかしそれ以上に、次期首相は歴史問題での和解を彼の任期における業績にするべきだ。日本がアジアで指導力を発揮できるかどうかはそこにかかっている。象徴の政治学を和解のための戦略にしなければならない。そして日本を“正常化”するための手がかりにしなければならない。
ドイツを手本にするべきだ。ドイツは正常化したが、それはヨーロッパ統合と、近隣諸国との制度化された協力への関与を強化することによってなされた。この、二つのものを同時に追求する手法--正常化プラス地域統合と秩序構築--は近隣諸国を安心させ、ドイツの指導者としての立場を強化した。
正常化するに際して、EUのように近隣諸国と結合し安心させるような地域機構が日本にはない。その意味で、日本の歩む道はドイツよりも不安定で複雑だ。日本にできることは、東アジア安全保障共同体の青写真を示して、地域外交を通じた和解を進めることだ。もし日本の次期首相が靖国参拝をやめることを宣言し、中韓の指導者を東京に招いてサミットを開いたら画期的な業績になるだろう。
日本は協調的な東アジア新秩序の枠組みを決めるに際して指導的役割を果たすべきだ。それは成長を続ける中国の役割を含むが、同時に日米が中心的な役割を果たす。もう一方の道が今やっていることで、すなわち、正常化し、敵対し、ますます孤立していくことだ。
アメリカもまた日米同盟への見方を再考する必要がある。アーミテージ報告の、日本をイギリス式の同盟パートナーにするという考え方は答えにならない。なぜなら、それは地域の敵愾心をあおることになるからだ。ワシントンは日本にドイツが歩んだ道を追求するよう促すべきだ。それは地域の安全保障協力への関与を増進する方向での“正常化”につながる。東アジアに欠けているのはもちろん、平和的な地域秩序のへの関与を強化するための--日本だけでなく中国と朝鮮も利用できる--地域機構だ。アメリカはそのような地域秩序の土台を築くために日本とともに行動するべきだ。
今日中東が燃え上がっているが、東アジアはくすぶっている。東京とワシントンは今後の数ヶ月を熱を冷まし、なべに新しい具を加えることに費やすべきだ。

要点 日本の自動販売機では少女がはいたと称するパンティを売っている。
状況 真実
出所 少女がはいたとされる使用済み下着が日本の自動販売機で売られている。
現在の値段は分からないが、1993年には50米ドル相当で売られていた。
そのようなことは1993年以降なくなったと読んだことがあるし、この記事の元になった記事(2001年に書かれた)もそのように伝えている。
しかしそれ以後も日本に住む多くの読者が、販売機はなくなっていないばかりか自分でも見たことがあると書いてきている。
日本は繁栄するブルセラ産業の本場であって、シミつきパンティの売買はほんの一部に過ぎない。
「ブルセラ」または「ブラセラ」はその国の女子校生に対する男の執心を表す言葉だ。
「ブル」は「ブルマー」の英語化された日本語(ジャプリッシュ)だ。「セラ」は「セイラー」の略で、水兵服を意味する。中学高校の女子の制服に多く見られるスタイルだ。
日本には数百とは行かないまでも数十のブルセラ専門誌があって、制服を着た少女がスカートをまくり上げてパンティを見せている写真を載せている。
普通そのような写真では少女の顔は隠されているが、中にはそうでないものもある。
女性を人間としてよりは性的玩具とみなす長い歴史と文化を持つ日本では、少女のような幼さと純真無垢はセクシーであると考えられている。
汚れを知らない少女性へのこのような執念のために、いい年こいた三十路の女が異性の関心をつなぎとめようとして、少女じみたクスクス笑いをしたり、、テディベアを抱きしめたりするような悲しい光景が生じるのである。
西洋社会も女性の若さに重きをおくとは言えるものの、日本では未熟さや性的に無垢であると思わせることよりも、少女のような外見のほうに執着がある。
西洋では魅力的だと思われるきれいな26歳は日本では皆からどうしょうもない年増だと見られる。
西洋の社会では成熟した態度を身につけた堅固で若々しい体が求められる。−−われわれは女性が若くあってほしいとは思うが、若い振りをしてほしいとは思わない。
西洋では十代の少女の性的魅力は、どれだけ年上のように見られるか振る舞えるかにかかっている。だから子供っぽく見えないように少しでも女らしく見えるようにと、化粧や大きく胸の開いたドレスや装身具などに気を使う。
日本では理想は正反対だ。昇る太陽の国ではセクシーとはつまるところ子供っぽいしぐさと服装であることがそれを物語っている。
それは時には高校の制服を思わせるような服装をすることにつながる。イブニングドレスを着ているときでさえ、母親の服を着て歩き回っているところを見つかった幼稚園児のように見えるように努める。
同様に、子供っぽくふくれて口をとがらせたり癇癪を起こしたりすることは性的魅力だと認められる。なぜなら、そのような仕草はからかわれた女子校生のような印象を与えるから。
ロリコン(「ロリータコンプレックス」を意味するジャプリッシュ)に支配された性文化においてブラセラフェティシズムは強固に根付く。
少女に対する欲望を性向として持つ人は、十代の少女のわいせつな写真を見たり少女が身につけたものに触れることに興味のはけ口を見出す。
金のためにブルセラ物を提供する少女は、朝学校へ行く途中にブルセラショップに立ち寄って店が用意した新しいパンティをはき、放課後同じ店でそれを脱いでじぶんのものにはき替える。
少女はまた、自分のはき古した下着をその人のために脱ぐことでも利益を得る。一般的に言って、物が使い古されているほど高値で取引される。
ブルセラ物を扱う店ではまた少女が着た制服も販売している。
少女がはいたとして売られているものがすべて本当にそうだという保証はない。そんな些細なことは詮索されない。ボディチェックされることはない。
しかし、使用済み下着の少なくともいくらかは十代の少女から来ていることは確かだ。だからこの「日本の女子校生の下着」物語は作り話などではない。
日本には西洋社会から見れば異常だと見えるものを販売機で売る伝統がある。いかにも自販機で売っていそうなもののほかにも、ポルノ雑誌、使い捨てカメラ、新品のパンスト、星占いなど多くのものが当たり前のように自販機で売られている。
そのような販売機の利点は便利であることがひとつだが、プライバシーの心配もまたマニアにとっては重要な点だ。店でコンドームを買えばレジで精算して店員に袋に入れてもらわなければならないが、自販機なら恥ずかしい思いをすることもない。
同様に、「ピンクビデオ」(西洋でいうところの「ブルームービー」)を誰にも見られずに購入できれば、顔を赤らめるような経験をせずに済む。
そんなわけで、「女子校生パンティ」販売機を待ち望む市場があった。そのようなものを手に入れようとする人は、自分の欲望を満たすためにブルセラショップに突入するという勇気を持たないのであるから。
このような機械による販売は、千葉市(千葉県)のポルノ雑誌やアダルトビデオ販売機があることで知られる地区で1993年に出現した。
ほとんど即座に抗議の声が上がったが、それらを撤去させるには問題があった。他の種類のものを扱うには免許が必要とされが、シミ付下着を規制するための法律はなかったのである。そんなものが取引される可能性を誰も予測できなかったので。
それらに立ち向かうために適用されうる特別の法令がなかったという意味で、これらの販売機は法律の枠外に存在した。
解決策は奇妙に聞こえるほど独創的だった。
骨董品や中古品を扱う業者は自治体から許可を受けなければならないという法律である古物営業法を適用することによって販売機は排除されたのである。
1993年、3人の経営者がこの法令に基づく許可を得ずに使用済みパンティを販売したかどで告発された。
これでこの日からこのような販売機は姿を消したはずだが、この記事の最初で触れたように、数多くの読者が販売機はまだあると書いてきている。
バーバラ“私にあなたのお尻を売って”ミケルソン

優雅な女性になりたければ、いくら苦しくとも悲劇の主人公を気取るな。
我々がまだ生きているなら、さりげなくさらりと生きろ!
涙では何も解決できない。パソコンの前で彼女のために心を痛めるよりも、
街へ出て自分の麗しい気持ちのためにきれいな服でも買ったほうがよほどいい。
自分の気持ちに正直になれ、自分を消耗させるほど人を愛するな。
これを見てひとこと言わずにはいられない。
伝統的な日本女性の多くはこんな風だ。耐え忍ぶ能力のあることまるで忍者神鬼のようだ。私が一人異郷で子供を育てるのは容易ではないと感じているのに[この人は日本に住む中国人女性なんでしょう=訳者注]、彼女たちは二人三人と育てている。
日本の男性が朝早くから夜遅くまで働き、妻を助ける余裕がなく、祖父母も子育てを手伝う習慣がなく、ほとんど女性一人の手にかかっていることを考えれば、本当に敬服する。
昨日駅で一人の女性を見た。150センチくらいしかない小柄で、背中に大きな荷物を背負い、左手に小さな子供を抱き、右手に大きな袋を提げ、その上4歳くらいの女の子を連れている。その子はまだ満足に歩けず、母親の手を引いてむずかっている。
彼女の夫はといえば、身長180センチくらい、子供も荷物も自分には関係ないとばかり、ひとり手ぶらで歩いている。見ている私はあきれ返ってしまう。

昨日、中央三台〔中央電視台第三チャンネル=訳者注〕の「芸術人生」を見た。テーマは≪排球女将≫“小鹿純子”荒木由美子の人生。彼女の輝かしい笑顔はかつてブラウン管の前の無数の視聴者を揺り動かした。愛する心と自信と信念に満ち、しかも美しい女性だ。
1960年生まれ。25年前、まだ芸能学校を卒業していない荒木由美子は自身の最初で最後のテレビドラマ≪排球女将≫に出演し、無数の若者を元気づけ励ますアイドルになった。スポットライトの中を歩いていた彼女が、意外にも、結婚をひとつの夢とし、ほかのスターのように芸能界に執着せず、ひとつのテレビドラマに出演しただけで結婚した。
結婚後まもなく姑が精神に異常をきたした。一人っ子の夫のために、小鹿純子は人の行うべき道として対処することを選んだ。姑はこの20年間ほとんど毎日彼女の誠心誠意の世話を受けていながら、彼女に冷たく当たる“精神に異常をきたした人”だった。実のところ彼女がなぜそうしたのか、おそらく本当の答えを誰も知らない。
この物質文明万能の時代に、金銭ではなく名を至上のものとできる人がどのくらいいるだろう? このような社会において、感動というのは我々にとって大変贅沢なものになってしまった! 我々が感動できるものはことのほか少ない。彼女は20年の麗しい青春を一人の痴呆老人のために“空費”した。ある人から見れば価値のないことかもしれない。しかし、少なくとも、今にも忘れ去られようとしている美しいものを我々に思い起こさせてくれた。愛の大空を愛で支えた。真にもって実に感動的だ。

日本の次期首相にとっては国民としての誇りが鍵
東京の政治評論家によれば、右翼ナショナリストが日本の次期首相になることが確実だ。彼は強烈な愛国心をもってキャシー フリーマンが直面する葛藤のことを考える。
生まれながらの統治者、政界のサラブレッドである安倍晋三は、フリーマンがオリンピックでの勝利の後オーストラリアとアボリジニの両方の旗を持ってトラックを一周したことが「すべてのオーストラリア人の注意を引いた」ことについて考えたという。
「ナショナリズムはさまざまに翻訳されるが、あえてそれを民族主義と訳せば、キャシー フリーマンは二つの旗を持って走ることで、自分の中のナショナリズムの精神を固めようとしたのだと思う。」と安倍さん(ahbay〔アーベイ〕と発音する。)は今月発売された新しい著書「美しい国へ」で書いた。
〔ahbayと発音すると注釈が入っているのは、男子の名エイブラハムの愛称のAbe(エイブ)と混同されるのを避けるためでしょう。〕
安倍さんの事務所によれば、オーストラリア外相アレクサンダー ダウナーは火曜日に安倍さんと会う。
ダウナー外相はこの次期首相の政治姿勢を見極め、ハワード政権の重要課題である日豪自由貿易協定への支持を打診する最初の人になる。
安倍さんの心の中には、彼の国の歴史的敵対者である中国への対抗軸として、オーストラリア、アメリカ、インド、日本からなる戦略的な「民主主義国連合」という彼独自の考え方がある。
自民党の派閥の領袖と、見たところすべての政治評論家によれば、安倍さん(51歳)が9月の党大会で、世界第二の経済大国にしてオーストラリアの最大貿易相手国のリーダーになる。
このポリティカルコレクトネスに席巻された世界において、安倍さんはそれをほとんど気に留めていないように見える。添谷芳秀慶応大学政治学教授によれば、日本の戦争に対する彼の見方は、日本は間違っていなかったというものだ。
安倍さんは、先の戦争は、対米戦争でさえも、間違っていなかったと考えていると添谷教授は言う。
「そして、彼の東京戦犯裁判(連合国が開いた日本の戦犯を訴追した法廷)に対する考え方は、政治目的のためにはっきりと明言はしないものの、よく知られています。」
「このような態度は、実は、日本の成功が大きく依存している戦後国際体制の基盤中の基盤であるサンフランシスコ講和条約を否定するものです。彼の歴史観には、少なくとも理論上は、アメリカと国際社会をほとんど丸ごと敵に回す要素があります。」
今政府主席スポークスマンである安倍さんは東京大使館の記録によればオーストラリアを公式訪問したことはないが、中国を孤立させることにつながる世界的連合を心に描いている。
「安倍さんは民主主義国のネットワークを形成することを呼びかけています。」と染谷博士は言う。「標的は明らかに中国です。彼はその側面をはっきりとはいいませんが。」
(後略)
田中宇の国際ニュース解説
トーマス・ドネリーが「アメリカ、イギリス、日本、インドという世界の4大国で新たな同盟を組み、中国の台頭を抑制し、中東のテロや核拡散を防止し、世界に民主主義を拡大し、それらを実現する際には軍事力を使って良いという4つの方針を共有すべきだ」とする「4大国同盟」と題する論文を発表した。
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