日本のファシズム
「日本のファシズム」という一般的な用語は、日本のナショナリスト思想、その理念的基礎と政治における履行の概略を述べるときに使われてきた。もうひとつこの用語が使われる可能性があるのは、日本の右翼(極右)思想一般だ。それはまた、大和朝廷時代から明治時代までの日本の古い政体と昭和ナショナリズムとの継続性の主張とも関連付けられる。−−江戸時代の国内の平和が封建時代と近代化の時代を分かつのではあるが。
ファシズムという言葉を日本との関連において使用することについては議論がある。これはひとつには、日本のファシズムは真の意味での政治的運動ではなく、日本の政治エリートが使った保守的な、ファシズムに類似した理念だったからだ。
日本のナショナリズムの基礎
実際、日本のナショナリズムはヨーロッパのファシズムと極めて異なっているが、それでも部分的には、その展開は類似性があると見られている。その要素はアジア的ファシズムまたは日本的ファシズム(Japanese Fascism)のラベルで論じられてきた。
ヤマト帝国は、唯一の強力な指導者(天皇)に率いられる国家としての概念だ。封建時代には武士とサムライを含む戦士階級が単一の総司令部的機構である幕府として組織され、それが国家の政治権力として機能した。この時代においては、それが基本的な社会組織、権力構造、法の土台をなした。それは三つの段階に分けられる。
鎌倉時代(1185-1333)
室町時代(1338-1573)
徳川時代 (1603-1867)
明治維新、すなわち日本帝国誕生の後、結果は上に述べたと同じに見えるが、また違った状況で展開した。
今度は、国家を拡張し、均一の国民教育と宗教をあたえる力を持ち、人民に国家の歴史に対して誇りを持たせる力を持つ指導者がいた。これは天照大神を中心とする天皇崇拝に発展した。
北一輝や中野正剛らのイデオローグの貢献が右翼組織とナショナリスト社会と結合したとき、日本版の中央集権国家に至る。
日本人は古代の思想と慣行の復活に刺激された。
サムライ封建主義、文化、慣行、神話の回顧的な要素は、アジア大陸を支配する日本の神聖な使命という国家的信念のために貢献した。
軍国主義
政治権力を維持しようという軍事指導者の欲望は、領土拡張という国家目標とともに、日本の軍事力の拡張とその政策に反対する者たちへの弾圧という結果をもたらした。
(後略)
このページは糞だ
このページはウィキペディアの水準にほんのわずかも合わない。太平洋戦争で最高潮に達するある種の日本の集団の思想の展開と歴史を述べる場所なら想像もできるが、このページは糞だ。この点で、全部を削除して「日本のナショナリズム」に入れ替えるべきだろう。正直言って、ページ全体から反日ヒステリーのにおいがふんぷんして来る。
−−カール
言葉を穏やかにできないか? (後略)
−−チャールズ・マシューズ
この記事は間違っていると思う。強くそう思う。糞というのは私の気持ちを伝えるには弱すぎると思う。どちらにせよ、言葉を変えるつもりはない。
このページはゴミだ。何とでも呼べばよいが、間違いが正されない限り、このページは削除されるのが適当だ。
「ファシズム」という言葉を1930年代のヨーロッパの軍事政権以外に使うのは、はじめから一方的な偏見だ。日本の歴史全体を事実上「ファシズム」として分類するのは基本的に不必要に扇動的だ。
太平洋戦争期の日本軍国主義の根をもっと早期に始まる動きに求めるのは良いが、日本全体に中傷的なレッテルを貼り付けるのはウィキペディアのやり方ではない。
このページのコンセプトは別にしても、文法と文字の使い方がひどいので文章が読むに耐えない。
−−カール
これは削除依頼が出されている。あなたには意見表明の権利がある。「攻撃的雰囲気」についてのコメントを読めば、なぜ私が懸念しているかわかるだろう。あなたが適当だと思っている言葉を使わなくとも意見は述べられる。私はあのようなページの内容を弁護しているのではない。
−−チャールズ・マシューズ
わかった。言いすぎだったようだ。
だけどあなたが何を言いたいのかよくわからない。あれはネイティブスピーカーが読んでわかるように編集される必要がある。
(後略)
−−カール
ファシズムはどこにある?
(本文記事を引用して、)
ハー? ネイティブスピーカーでない者がここにかかわっていることがわかる。英語教師としての私の最良のアドバイスは文章をもっと短くすることだ。

ファシストは人類共通の敵であり、日本の右翼は本質的には民族主義などではなく、当時のファシズムの毒が現代まで残っているに過ぎない。欧米は日本から空間的に遠く離れているため、加えて日本経済の奇跡と日本の指導者が何かにつけて叫ぶ民主国家の看板に惑わされて、歴史上日本軍国主義が根本から清算されてこなかったという事実を見落としてきた。狼は毛並みを梳かして整えても犬にはならない。欧米はいま目を覚ますべきだ。日本の右翼は以前は歴史問題で中国を挑発し、現在アメリカをからかい始めた。次は全世界を愚弄するだろう。
(中略)
アメリカは、現に日本との政治上の同盟国ではあるが、人類普遍の価値観に関しては基本的な良識をなくしたわけではない。そして、中米間には意見の不一致や衝突があるにしても、新ファシスト等の人類の敵に反対することにおいては根本的に一致する。

慰安婦問題をめぐる安倍晋三首相の言い逃れが、当然のことながら近隣諸国の神経を逆なでしている。
だが、アジア諸国側にまったく欠点がないとはいえない。中国や北朝鮮、韓国、台湾の政府も自国の歴史的汚点をごまかしている。
もちろん、日本と近隣諸国が患う「歴史の健忘症」には大きな違いがある。中国、北朝鮮、韓国、台湾は過去のいやな出来事を隠そうとする罪を犯しているかもしれない。だが、中国がチベットに、国民党が台湾に、北朝鮮が韓国に与えた苦痛は、国境が争点になっていたとはいえ、主に国内問題といえる。これに対して、日本は次々と他国を侵略し、人々を苦しめた占領者である。
日本は第二次大戦で無条件降伏し、侵略戦争の責任を公式に認めた。日本政府は自らの歴史に特別な責任を負っているのだ。その責任を誠実に果たさない限り、アジアにおいて歴史を政治問題化する動きは終わらない。

日本の教科書は修正された歴史を反映する
日本が日本の第二次大戦の歴史の見直しを進めていく中でのまた新たな徴候で、先週金曜日、新しい学校教科書は沖縄における主要な惨劇において皇軍に責任があるとはもはや認めないと政府は発表した。
戦争末期の数ヶ月、沖縄がまさにアメリカ軍の前に陥落せんとするとき、皇軍が民間人に集団自殺を命じたというくだりを削除するよう文科省が出版社に命じた。
この決定は、公立学校で使われる教科書の文科省による例年の検定として発表された。文科省はまた、ほかの扱いの微妙な問題も政府の主張に沿って書き変えるように命じた。検定は政治からの干渉に束縛されないとされているのであるが。
「検定制度は適切に運用されていると思います。」と安倍首相は言った。彼は戦時の日本の行為について教科書での扱いを弱めるよう長年活動してきた。
文科省はこれまで沖縄戦についての記述に異議を唱えてこなかったので、この決定は驚きだったが、それは戦時中に軍が女性たちを強制的に性奴隷にしたことを最近安倍氏が否定したことに続くものだ。
中国や韓国、それにほかのアジア諸国は毎年の教科書検定の結果を注意深く見守っている。だから、沖縄戦と性奴隷における軍の責任を―それは長らく歴史的事実として認められてきたのだが―また新たに否定することで、日本政府が現在の軍の役割を高めようとしているまさにそのときに軍国主義の過去を糊塗しようとしているという疑念がアジアにおいて深まることになりそうだ。
就任後まもなく、安倍さんは防衛庁を省に昇格させた。最優先の目標はアメリカによって課された、日本が攻撃能力を備えた一人前の軍隊を持つことを禁じた平和主義憲法を改定することだと彼は言ってきた。
沖縄戦で20万人のアメリカ人と日本人が死んだ。戦争中で最も烈しい戦いのひとつだった。それは日本国土での民間人を巻き込んだ唯一の戦闘だったが、沖縄はただの日本の一部分ではなかった。
日本が、今日まで独自の文化を保持している王国沖縄を公式に併合したのは19世紀末期になってからのことだ。第二次大戦中、多くの沖縄人がまだ異なった方言を話していたとき、日本軍は地元民を残忍に扱った。沖縄県戦争記念館は戦争の歴史について、沖縄をアメリカと日本との戦いに巻き込まれたと説明している。日本を西洋列強からの解放者として説明する靖国神社戦争記念館とはまったく相反する観点だ。
1945年の戦闘において、市民の四分の一が殺された戦闘において、日本軍は沖縄の防衛と安全に対する無関心を示した。日本兵はアメリカ軍に対する盾として民間人を利用し、勝ち誇ったアメリカ人は殺戮と強姦の乱暴狼藉に及ぶだろうと説いた。アメリカ軍の勝利が差し迫り、狂信的な日本兵に迫られて、民間人は集団自殺した。
「日本軍に自殺を強制された人々がいた。」とある古い教科書は述べていた。しかし文科省が命じる改定では「集団自殺に追い込まれた人々もいた」となる。
ほかの変更も同じようなものだ。当たり障りのない言葉への変更、題目の消滅、それと日本軍の責任の消去との組み合わせ。政策変更の説明として文科省は、「日本軍が集団自殺を強制または命令したことははっきりしていない。」と述べた。
安倍氏の性奴隷に関する否定もそうだが、文科省の新しい立場は、強制があったという圧倒的な証拠、とりわけ犠牲者や生存者自らの証言を過小評価しているように見える。
「日本軍に自殺を指示されたと証言している沖縄人は多い。」と沖縄の二大紙の一つ琉球新報は怒りの社説で書く。
※この部分、琉球新報の実際の社説では「日本兵から自決を指導されたと証言している住民は多い。」となっています。=訳者注
「自爆するために日本兵から手榴弾を渡されたと証言している人もいる。」
※おなじく、社説では「日本軍から手りゅう弾を渡されたという住民の証言もある。」
社説は、この変更は「政府の見解にあわせた」政治に影響された決定だと述べた。
安倍氏は1997年に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の設立に助力した後、国粋主義者が戦後の日本人の誇りを奪った自虐史観と呼ぶものを拒絶する活動を長く率いてきた。
安倍氏の断固とした味方である元首相中曽根康弘は最近、自分が1978年に書いたことを否定した。
彼は「23歳で三千人の総指揮官」と題されたインドネシアでの帝国海軍経験についての回想録で、部下の中には「地元の女性に襲い掛かったり、賭博に興じる者もいた」と書いている。
「私は部下たちのために慰安所を設置してやった」と中曽根氏は軍事売春窟の遠まわし表現を用いて書く。
しかし、一週間前の外人記者との会見では、今は88歳の中曽根氏ははっきりと否定した。実際は、部下たちが囲碁や将棋などのゲームをするための「娯楽センター」を設置したのだと。
韓国外相宋旻淳は土曜日の麻生太郎日本外相との会見で安倍氏の最近の性奴隷についての発言を批判した。
「歴史認識の問題は韓日関係の前進を困難にしている」と宋氏は述べた。
麻生氏は、日本が過去の性奴隷に関する責任を認めた1993年の談話を継承すると述べたが、しかし軍が女性たち(その多くは朝鮮人)を強制的に性奴隷にしたことを安倍氏が否定したことについては何も述べなかった。
アメリカによるハワイ王国の併合 --------------------
1881年、ハワイ王国のカラカウア王は、アメリカによって独立を脅かされているのを訴えるために日本を訪れ、明治天皇に二つの申し入れをした。
1)欧米諸国の侵略に対して、アジアの国々は連合同盟して当たらなければならない。
日本は、その盟主になるべきである。
2)王の姪カイウラニ姫の聟(むこ)として、海軍兵学校在学中の皇族、山階宮定麿王をお迎えしたい。
日本の力でハワイの独立を守ってもらいたい、と。
ハワイには明治初年より日本人移民が多く住み、ハワイ王国と日本は移民に関する条約を結び、正式の外交関係が成立していた。
しかし、明治天皇は日本とアメリカの国力の差を考え、摩擦をおもんばかって、丁重に申し入れをお断りした。
時に明治14年である。
それから12年後、1893年、王の妹リリウォカラニ貞応の御代、
アメリカは自国民の生命財産保護を名目に、海兵隊をハワイに上陸せしめ、翌日、王政を廃止し、女王を退位させた。
ハワイに入植し、少数派であった白人のアメリカ人たちが謀ったクーデターだった。
閔妃暗殺の僅か2年前のことであった。
日本政府は、その時、厳重な抗議をしたとの記録が残っている。
このクーデターの首謀者はアメリカに併合を求めたが、
当時のアメリカ大統領は植民地拡大に反対の民主党出身者であり、
併合は認めなかった。
しかし、アメリカはその後も強引に併合政策を進め、大統領が共和党になってからの1897年、ハワイ併合条約が調印され、1900年、ハワイはついにアメリカの属州となった。
植民地となったのである。
その後、ここにアメリカの大軍事基地が築かれ、太平洋艦隊の根拠地として発展したことはよく知られている。
それがパールハーバーである。
そして、イギリスのシンガポール、ソ連のウラジオストックと呼応して、三大軍港が日本を三方から牽制するように取り囲む体制が次第に整っていくのである。
(ちなみに、ハワイがアメリカの正式の州に昇格したのは第二次大戦後の1959年である。
真珠湾攻撃の時点で、ハワイは、まだアメリカの植民地であり、日本はアメリカの領土を攻撃したのではない。)

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