日本の評判

世界は日本をどう見ているか。 英語と中国語のメディアから日本に関する記事をとりあげ、考えます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

反捕鯨の尻馬に乗る人々

ソウルの日本大使館前で行われた韓国「環境運動連合」による日本の捕鯨に反対するパフォーマンスです。

反捕鯨パフォーマンス



こういうのを見ると、思い出すのはやはりこれですねえ。

厳選!韓国情報
ソウルで行われた抗議デモの中で、生きた豚を四方から引き裂いて虐殺するパフォーマンスが行われる
より (いつもお世話になります。)

自分の頭の蝿を追えって感じですね。


japwhaling.jpg彼らは日本を攻撃するために反捕鯨を利用しているだけじゃないかとも思えるんですが、その意味でもっとひどいのがこれ。

日本に対する憎悪を煽り立てるような合成画像を掲げたこの英語のサイトの表紙には、「日本の恥 日本の捕鯨」「信じられないほどの残虐さ」などの言葉が並んでいます。
しかし、中身の方は、ウィキペディアやシーシェパードなど、ほかの組織のサイトへのリンクだけで自前のコンテンツが何もありません。
そして下のほうには、ナンキンだの731部隊だの日中戦争関係のサイトへのリンクが並んでいます。
それも、「記念抗日受難同胞連合会」などの中国語のサイトや、中共の息がかかっていることで有名なAPTSJW(抗日戦争史実維護会)などのサイトです。

やはりここの管理人は鯨への愛よりも日本人への憎悪が勝る中国人のようです。


では、あちらの一般の人は捕鯨に対してどう思っているのか?
BBCが「捕鯨は許されるべきか」というアンケートをとっているのですが、意外な結果が出ています。
(設問がいささか傲慢なような気もしますが。)

イエスが66.91%で、ノーが33.08%。

反捕鯨の先頭に立っているのが米英豪などの英語圏の国で、BBCの読者もやはりイギリスを中心とした英語圏が多いと思うので、イエスとノーが逆の結果が出ると思いましたが。捕鯨に強硬に反対しているのは一部の跳ね上がり者だけだということなんでしょうかねえ。
(インド人あたりが大量に投票しているのかもしれませんが、インド人がみな捕鯨賛成派だとも限らないだろうし。)

もっとも、たけときさんのところで紹介されていたようなCMがあるところを見ると、オーストラリアには反捕鯨派の人がかなりの数いることも事実のようです。

ブログランキングに参加しています。

banner_04.gif


スポンサーサイト

テーマ:なんて事だ?? - ジャンル:政治・経済

  1. 2007/06/15(金) 08:30:13|
  2. 捕鯨問題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

鯨とインディアン

AFP通信日本語版ニュースです。


豪環境相、商業捕鯨めぐる日本政府の対応は「子どもじみたかんしゃく」

【6月3日 AFP】オーストラリア政府が3日、商業捕鯨の一時禁止(モラトリアム)を支持する内容の決議を採択して前週閉幕した国際捕鯨委員会(IWC)の決定に対する日本政府の対応が「子どもじみたかんしゃく」のようだとして非難した。

 米・アラスカ(Alaska)州で開催されたIWCの総会について、マルコム・ターンブル(Malcolm Turnbull)環境相は「日本にとって非常に好ましくない結果に終わった」と語る。

 同総会で日本政府は、20年にわたり継続している商業捕鯨の一時禁止(モラトリアム)の撤廃を訴えたが、これがかなわず、現在77か国が加盟しているIWCからの脱退や新機関設立を警告していた。

 オーストラリア放送協会(Australian Broadcasting Corporation、ABC)の取材に対し、ターンブル環境相は「『子どもじみたかんしゃく』は最終的に日本政府に良い結果をもたらさないだろう。日本政府は落ち着いてIWCでの失敗を振り返り、自身に対して『国際社会の意見を無視できるか』と問いかけるべき」と述べた。

 同環境相はまた、捕鯨をめぐる日本政府との交渉の在り方について、次のように語る。「日本にとって捕鯨は、国家主義的な問題だ。そのため、この問題をめぐる日本政府との交渉は友好的かつ率直で、建設的に行わなければならない。脅迫すれば、日本政府は自身の意見に固執してしまう」

「日本政府の対応を『子どもじみたかんしゃく』と呼ぶことは『建設的な交渉』からは程遠い」との指摘を受けたターンブル環境相は、この見解を否定。「日本政府を非難しているわけではない。母親というのは、子供がかんしゃくを起こせばそれがかんしゃくだと認識するものだ。会議の終了時に立ち上がり『脱退する』と警告するのは、どう考えてもかんしゃくだ」と述べた。

 オーストラリアは、商業捕鯨再開反対国の代表格で、日本の調査捕鯨についても厳しく非難している。調査捕鯨では毎年大量のクジラが捕獲されており、今年は、南極海からオーストラリア沿岸を通過して熱帯太平洋上の繁殖地に移動するザトウクジラ50頭を捕獲することが計画されている。だが、観光客をボートで連れ出し、東海岸沖でザトウクジラの見学をさせる「ホエールウォッチング」が巨大産業となっているオーストラリア国内では、同計画に対する非難が噴出している。(c)AFP


豪環境相、日本の調査捕鯨を非難

【5月29日 AFP】オーストラリア(Australia)政府は29日、日本が南極海で実施を予定している調査捕鯨を「不必要な挑発行為」だとして非難した。日本はザトウクジラ50頭を捕獲する調査捕鯨を計画中だ。

 繁殖のために南洋(Southern Ocean)から温暖なオーストラリア沿岸を目指して移動するザトウクジラは、拡大する同国のホエールウォッチング産業にとって最も重要な存在だ。マルコム・ターンブル(Malcolm Turnbull)環境相は「ザトウクジラをめぐる問題が、オーストラリア国内での日本に対する印象に影響するということを日本は理解すべき」と語る。

 同環境相は、国際捕鯨委員会(International Whaling Commission、IWC)の年次総会が開催されている米アラスカ(Alaska)州でオーストラリア放送協会(ABC)ラジオの取材に応じ、「日本の調査捕鯨計画は、オーストラリア国民が日本に対して抱いている友情を損なうものだ」と述べた。


ターンブル環境相は自分の馬鹿な発言が日本人のオーストラリアに対する感情に影響する可能性があるということは理解できていないようです。それとも、日本にとってオーストラリア国内の対日感情は重要だが、その逆はないと言いたいのでしょうか。

捕鯨反対論者の主な論点は、昔は鯨が絶滅の危機に瀕しているということだったのですが、最近は、少なくともニュースなどでは、そのような主張をあまり見かけなくなりました。かわりに彼らが叫ぶのは、「愛らしい」「心優しい」「崇高な生物」などという、およそ客観的な根拠とはかけ離れた極めて情緒的な主張です。

関連記事:慰安婦批判と反捕鯨のつながり

そして、人々の感情に訴えかける手段として彼らが多用するのがこのような写真です。

動物の屠殺を写真にとれば、大なり小なり残酷に見えるものでしょうから、ニュースでこのような写真を掲載すること自体が意図的なものを感じます。もっとも、屠殺場面の残酷さを見世物にする闘牛を見ても興奮以外の何も感じないらしいのですから、彼らの判断の基準がどこにあるのかわからなくなるのですが。


magurozankoku.jpgフテキセツなブログでこんな写真を見ました。

中国の掲示板に掲載されたもので、血に染まった海でマグロか何かの魚を殺している西洋人が写っています。「ガイジンもこのように残忍だとは思いもよらなかった。」「魚がもし言葉がしゃべれたら、きっと呪いの言葉を吐いただろう。」などと中国人が書いています。

しかし、捕鯨反対をヒステリックに訴える欧米豪の「環境保護」運動家がこのような写真を見ても心を動かされることはないでしょう。彼らがマグロ漁禁止のために行動することはありません。

なぜか、それはマグロは鯨のような「愛らしい」「心優しい」「崇高な生物」ではないからです。

欧米人が、「殺してもいい生き物」「殺してはいけない生き物」という自分たちにしか通用しない主観的な基準を設けて異民族に強要するのはこれが初めてではありません。

アメリカやオーストラリアでは、イギリス系を中心とする移民とその子孫が先住民を虐殺しましたが、その理由とされたのが、「キリスト教徒でない」「文明人でない」など、彼らが自らの価値観に基づいて設けた基準です。しかし、その基準も先住民の土地を奪い取るための口実でしかありませんでした。「文明人」であっても彼らの排除の対象であることから逃れることはできなかったのですから。彼らの行動の真の動因は排他的な利害意識に他ならなかったのです。

関連サイト:
オーストラリアのアボリジニー文化
インディアンと呼ばれた人びとの苦難・抵抗・希望より引用
そして名前だけが残った―チェロキー・インディアン 涙の旅路


鎖国日本に開国を求めたペリーの目的が捕鯨船の基地の獲得だったように、小説「白鯨」で描かれたように、アメリカ人はかつて鯨を乱獲していました。オーストラリアでもつい25年前まで捕鯨が行われていたそうです。

では、彼らはなぜ鯨を獲ることを止めたのか。鯨が「愛らしい」生き物だからではありません。石油の普及で鯨油の必要がなくなったからです。
真の理由が自らの利害でしかないものを、あたかも人類すべてが尊重すべき普遍的な価値であるかのごとく装い、他人に押し付けるのが彼らのいつものやり方です。

それでも、調査捕鯨までも妨害する「環境保護」運動家たちを動かしているのは、少なくとも主観的には「鯨への愛」なんだろうと思っていたのですが、どうやらそれだけではなかったようで、やはり利害が絡んでいたようです。

『東海岸沖でザトウクジラの見学をさせる「ホエールウォッチング」が巨大産業となっているオーストラリア国内では、同計画に対する非難が噴出している。』


最後に付け加えておくと、IWC総会に参加した日本の官僚が、「捕鯨は日本の伝統文化だ」と主張しているようですが、これはやめた方がいいでしょう。人食い人種にとって人食いは伝統文化です。しかし伝統だろうが文化だろうが悪いことは悪いのです。その種の論理にもならないただの言い訳が、捕鯨反対派に付け入る隙を与えているのです。実際、アメリカ人の批判を読んだことがありますが、その種の言い訳をする日本の官僚への嫌悪こそが、彼を反捕鯨に駆り立てているという印象さえ受けました。

やはり日本は「捕鯨を禁止すべき合理的な理由などどこにもない」、この一点でおし通すべきだと思います。

それは時代が移り、社会の価値観が変わっても変化のしようがないことなのです。アメリカの主流社会において、インディアンや黒人を人間扱いすべきではないというかつての常識が、(少なくともタテマエとしては)人間扱いすべきだという常識に取って代わられたのとは事情がまったく異なります。人間と鯨の間にある線引きは科学的に証明されうる絶対的なものであって、時代につれて変化するものではないのです。

鯨を食べてはいけないという主張が合理的な根拠を持つのは、人類がみなベジタリアンになったときだけです。彼らの価値観の押し付けに洗脳されてはなりません。


ブログランキングに参加しています。

banner_04.gif


テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

  1. 2007/06/13(水) 09:55:24|
  2. 捕鯨問題
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:3

慰安婦批判と反捕鯨のつながり

前回のオオニシ記者の記事と同じ、4月1日付けのニューヨークタイムズの「日本の捕鯨への妄執」と題する社説です。
彼らが日本の捕鯨を攻撃するときの典型的な論法なのでいまさらの感はありますが。


人間は他の人間の動物種の産業的屠殺を批判するに際しては慎重であるべきだ。それは道徳的根拠を見つけるのが難しい。

世界中で一致した意見として小さくとも救いになる点があった: 鯨だ。非常に長い時間がかかったが、この素晴らしい愛想のよい哺乳類は、少なくとも絶滅させるべきではないということで世界の大部分が意見の一致を見た。
世界の大部分、しかし全部ではない。少数のはぐれ者の国が商業的、あるいは真偽の疑わしい科学的鯨狩りを続けている。特に日本だが、あらゆる正当な理由が消滅してからも長く自分の捕鯨のやり方に執着している。

日本の当局者は伝統と科学の問題だとして屠殺を正当化する。しかし、ノリミツ・オオニシがニューヨークタイムズで説明したところによると、鯨肉の日常的な消費が国民的な習慣になったのは戦後の食糧不足の時代だけだ。そのときはアメリカ占領当局が安価な蛋白源として奨励した。日本の鯨への欲求は1960年代に急落し、二度と回復しなかったとオウニシ記者は伝えた。

死んだ鯨にだけ行われうると日本が主張する調査については、その後解体されて肉として販売されるのであるが、世界中の学者がいんちきだとして退けている。

それでも、すべての海洋資源を利用しつくす権利を維持するという主張にナショナリズムが強固に結びついたようだ。:商業捕鯨の国際的モラトリアムを終わらせようというたゆみない努力、そしてアメリカのような国の独りよがりだと多くの日本人が見るものに屈服することに対する嫌気。

捕鯨に対する嫌悪はいつの日か日本で定着するかもしれない。しかしそれは日本人の中から生じる必要があるだろう。たぶん一年のうちの今の時期にハワイへ行く多くの旅行者の中から。水面から飛び上がったり子供を生んだりする心優しいザトウクジラを見て、屠殺するなどもはや想像もできないようになったときに。


鯨を絶滅させるべきではないということで世界中で意見が一致しているとこの社説は言う。確かにそうだ。日本もその点では異論はない。
日本が主張するのは、鯨の中には着実に生息数を増やしている種類もあり、そういうものなら捕獲してもかまわないではないかということなのだ。
だから、捕鯨全面禁止を叫ぶなら、全ての鯨種が絶滅の危機に瀕していることを科学的に証明しなければならないのだが、彼らはそれをしようとしない。
かわりに彼らは「鯨は素晴らしい」「カワイイ」「心優しい」「かしこい」などという情緒的な言葉を並べてヒステリックに叫ぶ。

日本には鯨に対する需要がほとんどないというが、これは順序が逆だろう。調査目的以外の捕鯨が禁止されたので流通量が減っただけだ。
また、大手の流通業者は業務への妨害を恐れて鯨肉の扱いを避けているという。鯨肉が小規模な専門店でしか手に入らないゆえんだ。
それよりも何よりも、需要がないことは捕鯨を禁止しなければならないことの理由にはならない。需要が無ければ商業捕鯨は成り立たず、自然消滅するだけだからだ。

ただ、この社説でも触れているが、捕鯨に関する国際会議に参加する日本の官僚の中には、日本が捕鯨を続けなければならない理由として日本の伝統を挙げる人がいる。これはやめたほうがよい。
人喰いの風習を持つ部族が伝統を理由に正当化を図ろうとしても何の説得力も持たないことは明らかだ。
ゆえに、日本の主張は次の2点に絞るべきだ。

○ 捕鯨が悪だという人類普遍の価値観は無い。
○ ある種の鯨は管理された捕鯨を行えば絶滅のおそれが無い。


ヒンズー教では牛は聖なる動物とされている。ヒンズー教徒にとって牛を屠殺するなどは考えられもしないことだろう。それでも彼らはヒンズー教徒以外に牛を殺すなと訴えはしない。
アメリカ人は想像してみるがよい。将来インドが他を圧倒するような政治力と経済力、情報発信力を持つようになり、それを利用して世界の囲い込みを図り、アメリカを道徳的に断罪しだしたときのことを。


それにしてもなぜニューヨークタイムズは今唐突にこんな社説を掲げたのだろう。考えるヒントになるものがある。


反捕鯨で「富と名誉」を得る人々

捕鯨禁止の起点はベトナム戦争

 1970 年代初め、アメリカはベトナム戦争という泥沼に入り込み、抜きさしならぬ状況に陥りつつあった。枯れ葉剤の大量投下と環境への壊滅的影響、反戦運動の盛り上がりと麻薬禍の拡散、脱走兵の続出等々、反米、反体制、反戦気運を何としても方向転換させる戦略を考え出す必要があった。その結果、ホワイトハウスに特別戦略諮問機関が設置され、英知を絞った末の作戦として自然保護が全面に打ち出されることとなった。そして、その象徴として鯨に照準が定められたのである。


文中の「ベトナム戦争」を「イラク戦争」に置き換えれば今の状況にぴたりと当てはまるのではなかろうか。
NYタイムズは国内的にはともかく、国外での反米気分を苦々しく思っていることは確かだろう。

最近の慰安婦問題非難決議にしても、このことが関係しているのかもしれない。

banner_04.gif


テーマ:アメリカ合衆国 - ジャンル:政治・経済

  1. 2007/04/05(木) 18:30:50|
  2. 捕鯨問題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。